落ち武者・歴史は知らない理系リーマン、化学チートで戦国を駆ける

ディエゴ

文字の大きさ
34 / 66
包囲されたはじめての街

1590年6月8日・箱根湯本の戦い1

しおりを挟む
*同日夕刻・石垣神社*

天下人が早雲寺に陣を敷いた日、裏鬼門にあたる西南に何もないのを忌み、街道から外れた森の中に急造したのが石垣神社である。もともと森だっただけに、人気は少なく、カラスが自分達の縄張りに入り込んだ人間を警戒するように時折鳴き声を上げるのみの静かな場所である。

ここに、伊賀者の一派・藤林党が集まっていた。言うまでもなく本日夜に主が参加する夜会に備えての警備の為である。

忍びの警備とは、異変・危険を発見、これを速やかに報告することである。

報告先は頭領・半蔵であり、頭領が兵に対処を命じるか、内容によっては主の避難を優先するのである。

つまり、危険の除去は忍びの仕事ではないのだ。

異変・危険を認識する為に彼らは6日前から、この神社に浮浪者を装い潜伏、湯本界隈の日常の把握に務めてきた。まるで周囲の背景に溶け込むかのように。

この時代、浮浪者は珍しい存在ではない。特に戦が行われているとなれば尚更である。小田原は包囲戦となったが、力攻めで落とされた支城はある。

その周囲の集落に住んでいた住民などは畑地を荒らされる等で浮浪者に身をやつした者が多いのだ。

また、落ち武者狩りを狙って集まってくる野武士などもいる。

ここ、箱根湯本界隈で多いのは圧倒的に前者だ。何しろ、天下人の本陣があるのだ。そこから出る残飯は彼らにとっては御馳走となるのである。

『お頭、今日も昼間は異常ありませんでした』

『右に同じでやんす』

部下の報告を聞いて藤林は問う。

「忍びの気配はしなかったか?」

何故、こんなことを聞くのか?

それは、忍びは敵方といえど必ずしも危険とは限らないからだ。

忍びの世界とは複雑極まる常識の世界である。時と場合によっては、敵方の忍びと情報の交換すらし合うこともあるのだ。

特に今回のような、小田原圧倒的に不利の場合は風魔が今後の仕官先を考えて接触してきても不思議はなかった。

『今日まで、風魔も三つ者も全く見かけません』

20万の大軍に主家が攻められ風前の灯の筈なのに、全く接触してこないとは不思議な、と思ったその時!

音もなく突如空から襲撃を受けた。三つ者の毒矢?

と咄嗟に判断、身を屈めたが、直ぐに無駄だと知る。

部下も襲われていたからだ。無数のカラスに!

「皆、バラバラに逃げろ!一人でも生きてお頭に知らせろ。こいつぁ襲撃だ」

野生のカラスがこんなに大勢で碌に餌も持っていない人を襲うはずがない。

三つ者の毒対策に手足喉は厚めに防備していたが、さすがに顔は呼吸の為に出さざるを得ない。厳密に言えば仮面などあるのだが浮浪者が身に着けるものではないのだ。

彼らが持っている武器と言えば逃走幇助用の撒菱・苦無等であり、鳥類に有用な物は何一つない。両手で顔を防御するのが精一杯である。

だが、カラスは顔を覆えば耳を、耳を庇えば目や鼻口をと容赦ない。そして手の指を啄まれだしたのを最後に激痛と共に視界を奪われた。目を潰されたのだ。徐々に痛みすら感じなくなってきた。

「一人でも生きて半蔵様の元へ」

藤林はやがて意識を手放した。

藤林の部下4名は頭の命令通り、それぞれ別々の方向へ逃げた。が、全く無駄だった。カラス達はまるで自分だけが獲物であるかのように嘴、足の爪で攻撃を加えてきて、皆、転倒してしまった。階段から転げ落ちて失神した者もいた。

こういう騒ぎに一番敏感なのは野犬である。既にカラスの周りを遠巻きにお零れを当てにしてかなりの頭数が集まっている。

やがて、藤林党全員が絶命に至った。後は野犬が死んだ”浮浪者”を平らげてくれるだろう。

風魔のカラス使い達は、カラスの撤収を鳥笛で指示した。

今回のターゲットが忍びでなかったら、このような襲撃は実施しなかったことだろう。大声で叫ばれ人を呼ばれでもしたら、例え目標の5人を殺せたとしても、早雲寺の本陣に騒ぎを知られることになったかもしれないのだ。

だが、忍びは優秀であればあるほど、音は立てないし声も出さない。騒ぎ声を出しても、やってくるのは味方ではなく敵。忍びの仕事場とはそういう場所なのだ。

今回の襲撃も忍びの性を巧みに突いた作戦だったのである。
(史実での小田原陥落まで、あと28日)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

王国の女王即位を巡るレイラとカンナの双子王女姉妹バトル

ヒロワークス
ファンタジー
豊かな大国アピル国の国王は、自らの跡継ぎに悩んでいた。長男がおらず、2人の双子姉妹しかいないからだ。 しかも、その双子姉妹レイラとカンナは、2人とも王妃の美貌を引き継ぎ、学問にも武術にも優れている。 甲乙つけがたい実力を持つ2人に、国王は、相談してどちらが女王になるか決めるよう命じる。 2人の相談は決裂し、体を使った激しいバトルで決着を図ろうとするのだった。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

日英同盟不滅なり

竹本田重朗
歴史・時代
世界は二度目の世界大戦に突入した。ヒトラー率いるナチス・ドイツがフランス侵攻を開始する。同時にスターリン率いるコミンテルン・ソビエトは満州に侵入した。ヨーロッパから極東まで世界を炎に包まれる。悪逆非道のファシストと共産主義者に正義の鉄槌を下せ。今こそ日英同盟が島国の底力を見せつける時だ。 ※超注意書き※ 1.政治的な主張をする目的は一切ありません 2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります 3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です 4.そこら中に無茶苦茶が含まれています 5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません 以上をご理解の上でお読みください

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

処理中です...