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#8 一年C組、三ツ木真古都 その2

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 わたしのクラスでの立ち位置は余りよくない。
別に仲が悪いとか、いじめに遭っているとかではない。
元々コミュニケーション能力の乏しいわたしは、自分から話しかけるのが苦手だ。
一日クラスの誰とも言葉を交わさないまま、帰途に着くことも珍しくない。
そんなわたしが、どうしても用があって、男子に話しかけようものなら、相手の男子は決まって迷惑そうな目をわたしに向けてくる。
こんなブサイクでコミュ障な女子に関わりたくない気持ちも判る。
声をかけられるのも不愉快、と云うのが男子の正直なところなのだろう。
そんなわたしに手を出す?
そんな男子がいるなんて到底思えない。

和泉先輩は、それでもわたしが部活に行く度、親切に忠告してくれる。
「絵が好きなのは判ったけど、ウチの美術部でないといけない理由でもあるの?」
忠告通りにしないわたしへ先輩が訊いてきた。
「あ…あの…」
どうしよう…部長のこと話さないと…
「ごめん、言いづらい事だった?」
躊躇っているわたしに、先輩が気を遣ってくれた。
「い…いえ、あの…部長とは中学が一緒だったんです…だから…知っている人がいる部活がいいんです」
少し頬を紅潮させ俯くわたしに、先輩の呆れたような溜息が聞こえてくる。

判ってますよ。
わたしみたいな女の子が、好きなひとの側にいたいなんて烏滸がましいことくらい…
判っていても、傷つくものは傷つく。
わたしはそんな気持ちを我慢する為、準備室の床をゴシゴシと磨いている。
コンコン…
誰かがドアをノックする音が聞こえる。
「はい」
また和泉先輩かな?

そんな事を考えていたら、ドアから入って来たのは同じ一年の瀬戸くんだった。
今日は部活に来たんだ。
何か取りに来たのかな?
「あの…すみません…今片付け中で、何か捜し物なら言ってもらえたら代わりに取って来ますけど」
わたしは立ち止まって、汚れた手をタオルで拭いた。

気がつくと、彼がどんどんわたしに近づいてくる。
『えっ?わたし何か悪い事言ったのかな?』
わたしは困ってしまい目をそらした。
「二年の先輩に、辞めるならお前も一緒に退部を決めるよう、説得を頼まれた」
瀬戸くんが真面目な顔で話してくれる。
そうか、きっと和泉先輩から頼まれたんだ。
部活を辞める気がない事を伝えると、わたしの身を案じて言葉をかけてもくれた。
瀬戸くんていい人なんだな。
「大丈夫ですよ。わたしみたいなブサイク誰も相手にしませんから」
これで納得する筈だ。
男子はいつだって、綺麗で可愛い子がいいに決まってるんだから。
わたしなんかに、近づくのも嫌だと思ってる事くらい、身に沁みて判ってる。
それなのに…

「お前は間違ってるぞ!」
呼び止められた挙げ句、意見までされてしまった。
わたしは瀬戸くんに、自分が普段、男子からどんな扱いをされているか話した。
彼だって男の子だもん。
気持ちは少なからず同じ筈。
「わたしに対する男子の扱いなんてそんなものだよ。万が一、何かあったとしても黒歴史が一つ増えるだけだから、瀬戸くんも気にしないで」
男子がわたしなんかと関わらないようにしてるのを、嫌って程判ってる。

それでも、真面目に忠告しに来てくれた瀬戸くんが、気にする事がないように伝えた。
これでこのつまらない話も終わり。
そう思っていたのに、瀬戸くんがいきなり物凄い顔で怒り出した。
「お前は危険かも知れないと判ってて、それでも残るんだな!」
男子に無視されようが、迷惑そうな顔をされようが、大して気にはしない。
いつもの事だから。
でも、こんな風に詰め寄られたらさすがに怖い。
わたしは泣き出しそうになってしまい、
「は…初恋なのっ!あるか無いか判らない事の為に、一年間しかない思い出を作る機会を失いたくないのっ!」
思わずそう叫んでしまった。

瀬戸くんは真っ赤な顔で怒っている。
折角、忠告しに来た女の子から、こんな風に叫ばれたらやっぱり怒るよね。
「お前に何を言っても無駄だってよく判ったよ!勝手にしろ!」
彼は思い切りドアを閉め、出て行ってしまった。
「折角言ってくれたのに…ごめんなさい」
わたしは薄暗い準備室で、近くにあったタオルでゴシゴシ拭いた後、暫くタオルを顔から外せなかった。

わたしは残っていた床磨きを終えると、着替えて家に帰った。
『男の子と、あんなにたくさん話したの初めてだったな…』

彼は部活を辞めるみたいだったし、きっともう、話をすることも二度と無いんだろうな…

わたしと瀬戸くんの高校生活は、彼を怒らせることから始まりました。
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