期限付きの側室なのに皇太子殿下が離してくれません!

林檎

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第一章 契約の側室編

秘密の小箱

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リリアーヌは、はっと息を呑んで目を覚ました。
胸がどくどくと波打ち、額には冷たい汗が滲んでいる。

「……夢……?」

掠れた声で呟く。
銀髪の令嬢、暗い牢獄、フードを被った謎の男、霧で覆われた森、そして、キリアンという騎士の最後の涙…。
鮮明すぎるほど生々しいその光景は、夢というには現実味がありすぎた。

(あの夢は一体……?ただの悪夢というよりも、むしろ……。)

夢というよりも、まるで自分が誰かの記憶を覗き込んだのではないかーーそう錯覚してしまうほど奇妙な感覚があった。

(そういえば、あの赤い騎士は……、)

リリアーヌは夢の中の記憶から、銀髪の令嬢を断罪した時、皇太子側の側近の中にあのキリアンと呼ばれた騎士がいたことを思い出した。ということは、彼は殿下の側近…?
しかし不思議なことにリリアーヌはキリアンの顔は覚えていたが、悪夢から目を覚ました時、あのフードの男の顔を思い出すことができなかった。ただ、背筋を走る寒気だけが残っていた。

ふと、耳元から低い声が響く。

「目が覚めましたかな?」

声の主は、白衣に身を包んだ王宮医の老人だった。リリアーヌは、自分がなぜここで眠っていたのか一瞬ぼんやりとしたが、すぐに昨夜の出来事がフラッシュバックするように蘇った。

「はッ!そうだ、私は……!」

リリアーヌは勢いよく寝台から飛び起こうとしたが、突然下腹部に鋭い痛みが走り、その場に蹲んでしまった。

「まだ起き上がらない方がよろしいでしょう。」

王宮医が、静かな声で注意する。

「殿下からの伝言です。どうか、ゆっくり休みなさいとのこと。無理して動けば、さらに体を壊しますぞ。」

王宮医は伝言を伝え、処置を済ませると、静かにその場を立ち去った。

(私ったら……、夜伽の務めを果たすばかりか、途中で気絶してしまうなんて……!)

「はあ……。」

静かな寝室に、リリアーヌの溜息だけが響いた。
自分の無力さと、これからの生活の不安が胸を締め付ける中、彼女はただ、王宮医の言葉に従い、しばらくの間は安静に過ごすしかなかった。





その夜。
寝台に横たわっても、下腹部の痛みで眠れず、リリアーヌは小さく呻いた。

「ううっ‥‥、痛い‥‥。」

王宮医の薬もあまり効かず、全身に力が入らない。

「も、もう耐えられない‥‥。」

ふらふらと棚に向かい、小箱をそっと開ける。
中には、男爵家からこっそり持ってきた軟膏と、乾燥ハーブの小袋が入っていた。
あの家に置いていたら捨てられてしまうだろうし、それなら持って来た方がいいと思ったからだ。

リリアーヌは軟膏を指に取り、そっと陰部に塗る。
すると、痛みが少し和らぎ、歩くことができるようになった。
夜中に足音を立てないよう気をつけながら、こっそり厨房に向かい、お湯を沸かしてハーブティーを淹れる。

薔薇の花びらとレモンバーム、レモンバーベナ、スペアミント、アップルピースをブレンドした香り豊かなハーブティーだ。
一口啜ると、ハーブの香りと温かさが体にじんわりと広がる。

「美味しい‥‥。」

(これを持ってきて良かった。そういえば、シスター・マリナは元気かな?)

リリアーヌは寂しさと懐かしさに涙ぐんだ。
リリアーヌはハーブティーを見つめる。

(このハーブティーとあの軟膏を作ったのは…、シスター・マリナと出会ったあの日がきっかけだったんだよね。)


――それは、リリアーヌが教会の掃除を手伝っていた雨の日。

「リリアーヌ。悪いわね。あなたも忙しいのに、手伝ってもらってしまって。」

「いえいえ!シスター・クラリッサ。私、掃除好きなのでお手伝いできて、嬉しいです!」

「ありがとう。本当に助かるわ。何しろ、ここは人手が足りなくて‥‥。司祭様がぎっくり腰になるわ、最近、風邪が流行って、寝込むシスターも増えてしまって‥‥、」

「司祭様とシスターたちの具合、悪いんですか?心配です。シスター・クラリッサ!私に何かできることあったら、何でも言ってください!あ、そうだ。私、お見舞いのクッキー持ってきたんです。シスター・クラリッサも一緒にどうですか?」

「リリアーヌ‥‥。」

リリアーヌの健気な優しさにシスターが感動してると……、扉が叩く音がした。

「誰かしら?」

「私、みてきます!」

リリアーヌはタッタッと駆け足で扉を開ける。
外は雨だし、風邪を引いたら大変だ。

「待って!リリアーヌ、まずは相手の名前を、」

シスターの静止より早く、扉を開けたリリアーヌ。
すると、全身ずぶ濡れで血だらけの女が扉から倒れ込んできた。

「だ、大丈夫ですか?」

リリアーヌが駆け寄り、女性に声をかける。

「っ、た、助けて‥‥ください‥‥。」

ひどく衰弱したその女性の顔には痣と火傷の跡があり、服の隙間から覗く肌にもおびただしい傷跡があった。
それに、異様に痩せ細っていた。女性を抱き起こしたリリアーヌはその細さと熱い体温に驚いた。
きゃああ!と周りにいたシスター達が悲鳴を上げる。

「シスタークラリッサ!こ、この人、すごい熱です!そ、それにひどい怪我を、」

「すぐに手当てを!あなた達、何をボーとしてるの!この女性を運ぶの手伝いなさい!」

シスタークラリッサの指示で他のシスター達が慌てて動いた。
女性は寝室に運ばれ、そこでリリアーヌは必死で介抱した。
医師を呼んだが、助かるのは難しいと言われた。
栄養失調と体力がないので回復が難しいと。

「そんな!」

まだ若いのに‥‥!この人は生きようとしてる。
リリアーヌはこの傷つきながらも懸命に生きようとしてる人を助けたいと思った。
リリアーヌは必死に看病して、癒しの女神と医術の神に祈り、食が細く、何日も食べていないだろう彼女のために食べやすい料理を作った。

痛みに震える身体に、リリアーヌはハーブを調合した軟膏を塗り、体力をつけるためにお茶を煎れて口に含ませた。
すると、女性は少しずつ回復した。
医師はその回復力に驚いていた。わずか一週間で劇的な変化を見せたのだから。

「信じられない...。これほどの重傷で栄養失調の患者が、こんな短期間で回復するなど...。」

医師は首を振りながら言った。

「通常、このような状態の患者の回復には一年以上、場合によっては数年かかるものです。それが一週間で歩けるまでに...。まさに奇跡としか言いようがない。」

神様が祈りを聞き届けてくださったんだ!
リリアーヌは深く感謝した。
これは後から知ったのだが、女性が回復の兆しを見せ始めた頃、騎士団の人が教会に来たらしい。
なんと、あの女性は街を騒がせていた「連続婦女行方不明事件」の被害者であることが判明した。
騎士団の調べによると、被害者は十五人にのぼり、彼女はその最後の生存者だった。

事件は複数人による組織的な犯行で、長らく迷宮入りしかけていた。
だが、彼女の証言が決定打となり、ついに犯人たちは捕らえられた。

「……殺される直前に、必死で逃げ出してきたのです。」

彼女の証言と騎士団の報告を聞いたシスターたちは、ただ言葉を失った。
身寄りのなかった彼女は、やがて教会に残ることを選び、修道女となった。
その名を「シスター・マリナ」と改め、リリアーヌを妹のように、時に娘のように溺愛するようになった。

(あの時の残り……。シスターマリナのために作ったものが、今は私を助けてくれるなんて。)

そして三日後。
軟膏とハーブティーのおかげで、痛みは嘘のように和らぎ、身体はすっかり軽くなっていた。
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