冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第四章 覚醒編

謎の老婆

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ジェレミアの姿が見えなくなると、リスティーナは彼女から貰った木彫りの人形に視線を落とした。
お守り…。嬉しいな。何だかとても心強い。
アリスティア女神様を彫るという事はジェレミア様はアリスティア女神様を信仰しているのかもしれない。その事についてももっと話してみたかったな。
女神様を信じることができなくなった私と違って、ジェレミア様は信心深いのね。
凄いな…。私も…、いつか女神様を信じることができる日が来るのかな?

リスティーナは木彫りの人形を見つめながら、ぼんやりと考えた。
分からない。今でも私の心の中には迷いがある。
でも、ルーファス様は焦る必要はないと言ってくれた。決めるのは私の自由だとも…。
胸の前で人形をギュッと抱き締め、俯いた。
そろそろ私も…、向き合わないといけないのかもしれない。そんな風に考え事をしていると…、

「リスティーナ様?どうしたんですか?そんな所にいて。もしかして、具合でも悪いんですか?」

話しかけられた声に振り向けば荷物を手にしたルカがいた。

「あ…、ルカ。」

そうだった。元々、私はルカを捜していたんだ。

「大丈夫。少し考え事をしていただけだから…。あの、それより、ルカ。実はあなたにお願いがあって…、」

リスティーナは本来の目的を思い出し、氷枕とクッションを用意して欲しいとお願いした。

「氷枕とクッションですね!分かりました。この荷物を積んだらすぐに用意します。僕が持っていきますのでリスティーナ様は馬車で待っていてください。」

「ええ。ありがとう。手間を掛けさせてごめんなさい。」

「いいんですよ。それ位、お安い御用です。」

立ち去っていくルカを見送り、リスティーナは馬車に戻った。

「ルーファス様。遅くなってごめんなさい。」

「ッ、ああ…。リスティーナか…。」

ルーファスは肩肘をついて、身体を凭れ掛かるようにして座っていた。
座っているのも辛そうだ。

「大丈夫ですか?良ければ、少し横になってください。私の膝枕で申し訳ないんですが…、」

もう少ししたらクッションが届くからそれまでは私の膝でルーファス様を休ませてあげよう。
そう考えたリスティーナはルーファスの頭を自分の膝に乗せて少しでも休めるようにと促した。

「……。」

「ルーファス様?」

「膝枕なんてしてもらったのは初めてだ…。」

ルーファスの言葉にリスティーナは目を瞠った。
そうか…。ルーファス様は呪いのせいで今まで他人と触れ合うような行為をしてこなかったから…。

「じゃあ、私がルーファス様の膝枕の初めての相手ですね。」

リスティーナがそう微笑んで言うと、ルーファスも柔らかい表情を浮かべ、フッと笑った。

「そうだな。」

馬車の中は穏やかな空気が流れた。会話はないが、その空間はとても心地よい。
ルカがすぐに氷枕とクッションを持ってきてくれたのでリスティーナはクッションを膝の上に置こうとしたが、当のルーファスがクッションを拒否してしまった。
結局、クッションは使わず、リスティーナの膝枕でルーファスを休ませ、そのまま予定通り療養地に向けて出発した。



馬車で揺られる中、ルーファスはふと、何かを思い出したようにリスティーナに問いかける。

「そういえば、さっき馬車の外で話し声が聞こえたが…、誰か来ていたのか?」

「あ…。実はさっき…、」

リスティーナは正直にさっきの出来事を簡単に説明した。
そして、ジェレミアがくれたお守りの木彫りの人形をルーファスに見せた。

「それで、ジェレミア様がお守りにと、木彫りの人形をくれたんです。これは、アリスティア女神様だそうで…。それに、この人形はジェレミア様が作った物なんですって。すごく上手ですよね。」

「あの、皇女が木彫りを?…確かによくできている。良かったな。確かアリスティア女神は君が神話の中で一番好きな神だっただろ。」

「はい。今度、またジェレミア様に会える日があれば是非、お礼をしたいと思います。」

「…あの皇女とは随分、仲良くなったんだな。」

「会ったのは昨日が初めてなんですけど…、でも、すごく親切で優しい方だなって思います。
それに、皇女殿下はすごい努力家なんです。女性の身で剣術も嗜んでいるそうで…。」

「そうか。…あの皇女には昨日、俺も助けられたし、借りができてしまったな。あのハリトの身内だからその妹であるあの皇女も碌でもない女かと思っていたが…。」

「ジェレミア様はハリト殿下とは正反対でとても優しい人ですよ。それに、ルーファス様を噂で判断しない貴重な人なんです。」

「そうだったな。」

ルーファスには昨夜、ジェレミアが助けてくれたことは伝えてあるのでルーファスもその事実は既に知っていた。

「いつか、あの皇女には借りを返さないといけないな。君を助けてくれたことも含めて。」

「はい。ジェレミア様は多分、そういう見返りは求めない方だと思いますけど…、いつかお返しができたらなと思います。」

馬車で移動している間、そんな風にリスティーナはルーファスと会話を交わしていた。
最初は問題なく馬車で移動していたが途中から、ルーファスが馬車に酔ってしまったので一旦、休憩を挟むことにした。

リスティーナは外の空気を吸いに馬車を下りた。
辺りを見渡すと、街は活気づいていて、たくさんの人が行き交っている。
メイネシアとはまた違った雰囲気の街並みにリスティーナは思わず目を奪われる。
あ…、あそこに井戸がある。ルーファス様に持って行ってあげよう。
そう思って、リスティーナは井戸の所まで行き、水を汲もうとした。
その時…、

「どけよ!婆!そんな所に突っ立ってんじゃねえ!」

男の怒声とドン!と突き飛ばす音がしたかと思ったら、誰かが地面に倒れる音が聞こえた。
反射的に振り返ると、みすぼらしい身なりをした老婆が地面に倒れていた。
老婆を突き飛ばした男は汚物を見るような目で老婆を睨みつけ、

「きったねえ婆だな!浮浪者が街をうろつくんじゃねえよ!」

罵声を浴びせて、男は老婆を助ける事もなく、そのまま立ち去っていく。
老婆は立ち上がろうとするが、力がないのか立ち上がれずにいる。

「ねえ、誰か助けてあげたら?可哀想じゃない。」

「嫌よ!だって、あの人浮浪者でしょ?触って変な病気でも移されたら…、」

「何で浮浪者がこんな所にいるんだ。」

「臭い…。」

周囲の人間は誰も助けようとしない。
リスティーナは思わず老婆に駆け寄った。

「あの…!大丈夫ですか?おばあさん。」

リスティーナは老婆が立てるように手を差し出した。

「立てますか?」

「ああ…。すまないねえ。お嬢さん。足に力が入らなくて…、」

そう言って、弱弱しく笑う老婆の姿にリスティーナはさっきの男に怒りを覚えた。
…ひどい。足腰の弱い年老いたおばあさんを転ばせておいて、謝りもしないなんて。

「おばあさん、私に掴まってください。」

そう言って、リスティーナは老婆を助け起こし、立ち上がるのを手伝った。

「歩けますか?あっちにベンチがありますから、そこに座りましょう。」

周囲の視線が突き刺さるが構わずに老婆に手を貸し、ベンチまで誘導した。
老婆をベンチに座らせると、井戸から水を汲み、それを持って行った。

「お水です。良かったらどうぞ。」

「ありがとう。わざわざ井戸から汲んできてくれたのかい?」

「お気になさらず。自分の分のついでですから。」

リスティーナがそう言って、微笑むと老婆も笑みを返した。
よく見れば、このおばあさん、目鼻立ちが整っている気がする。それに、どことなく気品があるような…。
老婆はコクリ、と喉を鳴らして水を飲み干した。

「冷たくて、美味しいねえ…。」

「良かったです。」

リスティーナはホッとした。良かった。喜んでもらえて。
その時、リスティーナは老婆の手が擦りむいていることに気が付いた。

「あ、おばあさん!手、怪我しています。もしかして、さっき転んだ時に…?」

「…ああ。本当だ。でも、大丈夫だよ。これ位の傷なら大したことはないから…。」

「駄目ですよ!傷口に黴菌が入ってしまっては大変です。すぐに手当てしないと…。」

そう言って、リスティーナは汲んできた水で消毒し、傷薬を塗って、自分のハンカチを引き裂いて、簡単な手当てをした。

「とりあえず、これで大丈夫だと思います。この薬は効き目が早くて、塗ったらすぐに痛みがなくなるすごい薬なんですよ。どうですか?まだ痛みますか?」

「大丈夫。もう痛くないよ。」

老婆は手当てを受けた傷にそっと触れ、リスティーナに笑い返した。

「いい薬なんだね。だけど、この薬高いんじゃないのかい?」

「いえ。これはエルザが…、あ。私の知り合いに薬草に詳しい子がいて…。その子は薬剤師の資格はないんですけど、独学で薬草学を勉強して、自分で薬を作ることができる凄い子なんです。この薬もその子が作った物で…。」

「お嬢さんはその子の事が大好きなんだね。」

「はい!私にとっては家族のような存在です。」

エルザ…。元気かな。昔から、自分の本音を隠して、無理をしてしまう所があるから、心配だ。
メイネシアも荒れていると聞くし…。大丈夫かな?

「お嬢さんは優しい娘さんだね。それに、心が綺麗だ。」

老婆は微笑み、懐かしむように遠くを見つめる。

「昔…、お嬢さんと同じ綺麗な心を持つ少女に会ったことがあるよ。その子もお嬢さんと同じようにわたしを助けてくれたんだよ。…本当によく似ているね。」

慈しむようにこちらを見つめる慈愛に溢れた眼差し…。
それはまるで我が子を慈しむかのような優しい目をしていた。
リスティーナはそんな老婆に既視感を抱いた。

「おばあさん…?」

「お嬢さんはわたしを助けてくれた。だから、今度はわたしがお嬢さんを助ける番だ。…いいかい?よくお聞き。この先の海沿いの道を行ってはいけないよ。東の森を迂回して行きなさい。」

「え…?でも…、それだと遠回りで…、」

海沿いの道は最短距離だし、広い道なので馬車が通るにも問題ないし、安全な道だ。
天候が悪いと、海が荒れて、馬車での移動は危険な道のりになるが今日の天気は快晴で海が荒れる心配はない。宮廷占い師も今日の天気は晴れだといっていたようだし…。
それに、東の森を迂回すると遠回りになる。
遠回りだと時間がかかるし、ルーファス様の身体に負担がかかる。
わざわざ東の森を通らなくても、安全な海沿いの道を通った方がいいんじゃ…。
あれ?おばあさんはどうして、私達が海沿いの道を通る事を知っているんだろう?
私、おばあさんにそんな事、話したっけ?

「海沿いの道は危険だよ。その道を選んでしまえば…、あなたの夫、ルーファスは命を落とす。」

「ッ!?」

この人…、ルーファス様の事を知っているの?
まさか、この人…!ルーファス様の命を狙った刺客じゃ…、

「安心なさい。私は刺客じゃない。」

まるで心を読んだかのように老婆はリスティーナにそう言った。
そんな老婆にリスティーナはただ者ではない何かを感じた。

「お、おばあさんは…、何者なんですか?もしかして、占い師…?」

老婆はリスティーナの質問に答えず、優しく微笑んだ。
そっとリスティーナの頬に触れる。
リスティーナはビクッとしたが、触れた手は優しく、温かい。
この手…。お母様と同じ…。優しく包み込むような手にリスティーナは拒否することができなかった。

「信じなさい。そうすれば、道は開かれる。」

老婆の言葉にリスティーナは目を見開いた。
この、言葉…。どこかで…?
スッと老婆はリスティーナの頬から手を離した。温かいぬくもりがなくなり、リスティーナは寂しさを感じた。
あ…、と思わず声を上げ、老婆を見上げる。いつの間にか老婆は立ち上がっていた。

「私ができるのは、ここまで。後はあなたが決めなさい。リスティーナ。」

「!ど、どうして、私の名前を…、」

老婆の言葉にリスティーナは目を見開いた。
老婆は目を細めた。一瞬、老婆の目の色が変わった気がした。濁った灰色の目が桃色に変わったような…。

「あなたのこれからの道筋に幸多からんことを。…リスティーナ。」

「まっ…!」

リスティーナは思わず老婆に手を伸ばした。
が、いきなり突風が吹き、あまりにも強い風にリスティーナは思わず目を閉じてしまう。
風はすぐにおさまった。リスティーナはそっと目を開けた。
が、そこには老婆の姿がなかった。

「え!?消えた!?」

嘘…!だって、さっきまでここに…!

「おばあさん…!?」

思わずリスティーナは立ち上がり、辺りを見回した。
一体、どこに…!必死になって捜すがどこにもいない。
あのおばあさんの足では遠くには行けない筈。
立ち去ったとしても、絶対に近くにいる筈だ。それなのに、おばあさんの痕跡が一欠片も見当たらない。まるで最初からいなかったかのように…。
そんな事、有り得ない。だって、おばあさんは確かにここに…。
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