冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第四章 覚醒編

ペンダントに込めた願い

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眠るルーファスの寝顔を見つめながら、そっと額に手を当てる。
熱い…。まだまだ熱は下がりそうにない。

「ルーファス様…。」

あの時…、死ぬのが怖いと言ったルーファスの姿が目に焼き付いて離れない。
私だって…、ルーファス様に死んでほしくない。
気付けば涙が頬を伝っていた。嗚咽交じりの泣き声が漏れないように思わず手で口元を覆った。
ルーファス様を失うなんて耐えられない…!
もう、私は…、これ以上、大切な人を失いたくない。
お願いです…!神様…!これ以上、私から何も奪わないで!
ルーファス様を私から取り上げないでください!
ルーファスの手を握り、リスティーナは涙を流しながら、祈った。

『ティナ。このペンダントは生涯でたった一度だけどんな願いも叶えることができるの。だから、大事に使いなさい。』

不意にリスティーナの脳裏に母の言葉が甦った。
リスティーナはペンダントを手に取り、それをじっと見つめた。

「お母様…。」

母の言葉を思い出す。願いを叶える魔法のペンダントだと言っていた母の言葉を…。
だけど…、母を救うようにペンダントにお願いしても、それは叶わなかった。
このペンダントは願いを叶える力はない。ただの古いペンダントだ。
それは五年前の母の死で思い知った。
でも…、リスティーナはペンダントをギュッと握りしめる。
このままルーファス様が死んでしまうのをただ見ているだけなんて嫌…!
何もせずにこのままただ見ているだけなら、僅かな可能性に賭けたい!
リスティーナはペンダントを左手に握り締め、右手はルーファスの手を握った。
方法はお母様から教えてもらったから、大丈夫…。
スウッと息を吸い、リスティーナは願いを口にした。

「どうか…!ルーファス様を助けて…!」

心からそう願った。ペンダントに願い事をする時は、ペンダントを握り締め、願い事を唱えるだけ。
でも、それが叶うとは限らない。それでも…、リスティーナは最後の可能性に賭けた。
お願い…!もう私から、何も奪わないで!
リスティーナが願いを口にすると、ペンダントから熱を感じた。
ペンダントに目を向ければ、黄水晶の石が光ったように見えた。が、すぐにその光は消えてしまった。

「…?見間違いかな?」

リスティーナは思わず首を傾げる。
今、確かに光ったような気がしたのに…。
光の反射でそう見えただけかもしれない。
特に疑問に思う事もなく、リスティーナはそう結論付けた。



あれから、ルーファスは三日間も目を覚まさずに眠っていた。
その間、食事も水分も摂れていないので脱水予防のために点滴で栄養を補給するしかなかった。
悪夢に魘されているのか寝汗を大量に掻いているルーファスの身体をリスティーナはタオルで拭いたり、氷枕を変えたりして、寝ずの看病を続けた。

ルーファス様…。ちゃんと目を覚ましてくれるよね?
リスティーナは彼の傍にいる間、ルーファスを失うかもしれない恐怖と不安で一杯だった。
このまま眠ったまま…、なんてことにはならないよね?
そんな思いで看病を続けた。
時々、眠気が襲い、ウトウトと首を上下に揺らしてしまったこともあったが強い眠気を堪えてルーファスの看病を続けた。
そんな中、ルーファスが目を覚ましたのは三日後のことだった。

「ん…。」

「ルーファス様!」

意識が戻ったルーファスにリスティーナは思わず涙を浮かべた。
良かった…!

「目が覚めたんですね…!」

「リスティーナ…。泣いて…?」

ルーファスはリスティーナが泣いているのを見て、細い手を伸ばし、涙を拭った。

「俺は…、どれくらい眠っていたんだ?」

「ルーファス様は、あれから三日間も目を覚まさなかったんですよ。」

「三日も…?そんなに寝ていたのか…。」

そう話すルーファスの声は枯れていた。
水分が足りていないせいか咳き込むルーファスを見て、リスティーナはグラスに水を注いでルーファスの所に持って行った。

「お水です。ルーファス様。飲めますか?」

「…すまない…。」

ルーファスの背中を支え、彼の口元にグラスを運んだ。
ゴクゴクと水を飲むルーファスを見て、リスティーナはホッと安心する。
良かった…。ちゃんと飲んでくれている。

「気分はどうですか?」

「…ああ。大丈夫だ。」

「良かったです。でも、熱がまだあるので無理はしないでくださいね。」

水を飲んで一息ついたルーファスにもう少し横になって安静にしている様に促す。

「ルーファス様。何かして欲しい事はありますか?」

「して欲しい事か…。そうだな…。今はまだ無理だが…、歩けるようになったら…、君と庭を散歩してみたいな。」

「ッ、はい!行きましょう!私も…、ルーファス様と一緒に庭の花を見たいです。」

「もし、奇跡が起きて…、俺の呪いが解けたら…、君としたいことがたくさんあるんだ。一緒に街へ行ったり、遠乗りに出かけたり、旅行にも行ってみたい。君にたくさんの世界を見せてあげたい。」

「はい!私も一緒に行きたいです!ルーファス様のしたい事は全部しましょう。行きたい所も全部行きましょうね。」

私も連れて行ってください、と泣き笑いのような表情で言うリスティーナにルーファスは優しい目で見つめた。

「ああ。約束だ…。」

ルーファスはそう言って、リスティーナの指に自分の指を絡めて、約束してくれた。
大丈夫…。きっと、大丈夫…。ルーファス様は死んだりしない。
リスティーナは泣きそうになるのを堪え、必死に心の中でそう言い聞かせた。




「ルーファス様。お腹は空いていませんか?スープを持ってきたのですが食べられそうですか?」

「君が作ったのか?」

「はい。」

ルーファスは一瞬、迷うような素振りを見せたが、チラッとリスティーナの手にあるスープを見て、

「…ああ。貰おうか。」

そう言って、頷いた。
リスティーナはルーファスの上体を起こし、机をセッティングして、ベッドの上でも食べられるように準備した。

「急に胃の中に固形物を入れてしまうと、胃に負担をかけてしまうと思いますのでまずはスープからどうぞ。」

リスティーナはそう言って、ルーファスの前にスープを置き、蓋を取った。

「じゃがいものポタージュスープです。熱いので気を付けてくださいね。」

「ああ。ありがとう。」

ルーファスはスプーンを手に取って、スープを飲もうとするが、スプーンを上手く握れずに落としてしまった。

「ルーファス様!大丈夫ですか?」

リスティーナはすぐに床に落ちたスプーンを拾い、新しいスプーンを用意した。

「すまない。手元が狂って…、」

ルーファスの手は小刻みに震えていた。もしかして、手に痺れが?

「ルーファス様。良かったら、私にお手伝いさせてください。」

そう言って、スプーンを手に取り、スープを掬う。

「ちょっと待っててくださいね。今、冷ましますから。」

フー、と息を吹きかけてスープを冷まし、それをルーファスの口元に持って行く。

「さあ、どうぞ。」

リスティーナに促され、ルーファスは数秒、迷うような素振りを見せたが自分の使い物にならない手を見て、やがて、観念したように口を開いてスープを飲んだ。

「…?」

「ルーファス様?」

ルーファスはスープを飲み込むと、どこか困惑した表情を浮かべた。
そんなルーファスにリスティーナは心配そうに声を掛けた。

「あの…、もしかして、お口に合いませんでしたか?」

「いや…。そうじゃない。ただ…、味が…、」

ルーファスはどこか言い淀むように、

「味がしないんだ。」

「え、もしかして、味が薄すぎました?ごめんなさい!あまり濃い味付けは食べられないかもしれないと思って、薄味にしてしまって…、」

「違う。君の味付けが悪いんじゃない。そうではなく…、味覚が感じられないんだ。」

「味覚が…?で、でも、今までそんな事…、」

「ああ。初めての事だ。…それに…、匂いも感じられなくなっている。」

ルーファスはスン、と鼻を嗅いだと思ったら、呆然と呟いた。

「香りがしない…。」

ルーファスはリスティーナに向き直ると、

「リスティーナ。君は…、今、何か香水はつけているのか?」

「いえ。最近は香水は使っていなくて…、」

ルーファスの看病をしはじめてからリスティーナは香水はつけていない。
ただでさえ具合の悪いルーファスが香水の香りで気分が悪くなってしまうかもしれないと思ったからだ。

「おかしい…。やっぱり、香りがしない。」

「もしかして、味覚障害と嗅覚障害が…?」

「きっと、一時的なものだろう。時間が経てば元に戻るだろうから心配するな。」

「そ、そうだといいのですけど…。」

「そういえば、食事がまだ途中だったな。冷める前に食べないとな。」

そうだった。まだ食事の途中だった。
リスティーナはルーファスの口元にスープを運ぶ動作を繰り返し、ルーファスの食事を手伝った。

「すまない…。君にこんな事をさせて…。」

「気にしないでください。私が好きでやっている事ですから。」

少しでも彼の役に立てるのなら嬉しい。
そんなリスティーナを見て、ルーファスが何か言おうと口を開いたその時、

「うっ…!」

ルーファスは顔を顰めると、口元を抑えた。

「ルーファス様!」

気持ち悪そうに顔を青褪めるルーファスを見て、リスティーナは慌てて吐物用の大きな器を取り出した。

「こちらに戻して下さい!ルーファス様。」

ルーファスの目の前に器をサッと差し出した。
ルーファスは器の中に堪えきれずに嘔吐してしまう。
食べた物を全部戻してしまい、胃液までも吐いてしまった。
吐瀉物と胃液の匂いが室内に充満する。

「大丈夫ですか?ルーファス様。」

リスティーナはルーファスの背中を摩り、心配そうに声を掛ける。
何度か吐くのを繰り返し、ルーファスはハア…、と息を整えた。

「悪い…。汚いものを見せたな。」

「そんな事、気にしないでください。」

ルーファスが落ち着いたのを見て、リスティーナは薬草で香りをつけた水をグラスに注ぎ、うがい用の受け皿と水が入ったグラスをルーファスの口元に差し出した。

「ルーファス様。落ち着いたようなら、これで口をゆすいでください。」

薬草入りの水で口をゆすいでもらい、口の中をすっきりさせる。
口の中を水でゆずいだおかげかルーファスは気分が幾らか和らいだ様子だ。
そのまま寝台に横になるように促す。
窓を開けて換気をし、吐物を片付けたリスティーナは水で濡らした布をルーファスの額にのせた。

「大丈夫ですか?ルーファス様。」

「ああ。今は…、何ともない。大丈夫だ。」

ルーファス様…。また窶れてる。そんなルーファスの姿を見ているのは正直、とても辛い。
でも、一番辛いのはルーファス様だ。
リスティーナは泣きそうになるのをグッと唇を噛み締めて堪えた。
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