冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第四章 覚醒編

目覚め

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「リスティーナ様!良かった!目が覚めたんですね!」

気が付いた時にはリスティーナは寝台の上に横になっていた。

「スザンヌ…。」

スザンヌが泣きながら、良かったと呟いた。

「私…、一体…。」

「覚えていらっしゃらないんですか?リスティーナ様は雨に打たれて気を失っていたんですよ。無事で本当に良かった…!」

そうだった。確か、私外に出て…、
じゃあ、あれは夢…?

「あっ…!」

そうだ!私、お母様の形見のペンダントを…!
自分のしたことにザアア、と顔が青褪める。
何て事…!私、何て事をしたんだろう!早く探さないと…!
リスティーナは慌てて起き上がると、チャリ、と首元に何かが擦れた。反射的に視線を落とす。

「えっ…?あれ…?」

「リスティーナ様。どうしました?」

リスティーナは自分の胸元にあるペンダントを見て、戸惑った。
そんなリスティーナにスザンヌがお茶を淹れながら、不思議そうにした。

「ペンダントがある…。もしかして、スザンヌが拾ってくれたの?」

「え?いえ…。リスティーナ様は倒れた時からペンダントをちゃんと首元に下げてましたよ。盗まれなくて良かったですね。」

そんな筈はない。だって、あの時、私は確かに…。
リスティーナはハッとした。もしかして、女神様がこのペンダントを私の元に返してくれたのかもしれない。
やっぱり、あれは夢じゃない。何の根拠もないが、直感的にそう思った。

「スザンヌ。ルーファス様は…?」

「殿下なら…、寝室にいますよ。ロジャーさんが葬式の準備をしている所で…、リスティーナ様!?」

リスティーナはふらつきながらも、ルーファスの所に行こうとした。そんなリスティーナをスザンヌは慌てて止めた。

「いけません!リスティーナ様!まだ起き上がっては…!」

リスティーナはスザンヌの言葉に首を横に振った。

「私…、ルーファス様の所に行かないと…。」

「で、ですが…!殿下はもうお亡くなりに…、あ!リスティーナ様!?」

スザンヌの横をすり抜けて、リスティーナはルーファスの部屋に足を運んだ。



「ルーファス様…!」

ルーファス様はまだ眠っているだけだとアリスティア様は言っていた。
リスティーナは早足で廊下を走った。
早く…!早くルーファス様の所に行かないと!

バン!とノックもせずにリスティーナはルーファスの部屋に入った。
駆けこむような勢いで部屋に入ったリスティーナはハアハア、と息が上がっていた。
寝台には顔の上に白い布をかけられたルーファスが横たわっている。
リスティーナはふらふらと寝台に近付くと、白い布を取った。
そこには、目を瞑り、息をしていないルーファスが…。

「ルーファス、様…。」

リスティーナはそっとルーファスの頬に手を当てる。
冷たい。まるで氷のよう…。リスティーナは再度、ルーファスに話しかけた。

「ルーファス様。起きて…。起きて下さい…。」

リスティーナは何度もルーファスの名を呼び、語り掛ける。返事はない。

「ね…。ルーファス様…。」

リスティーナはルーファスを揺すった。刺激を与えれば起きるのではないかと信じて…。
ピクリとも動かず、ルーファスは微動だにしない。
女神様はその時になれば何をすればいいか分かると言っていた。
でも…、分からない。
どうすれば、ルーファス様はまた目が覚めるの?
リスティーナは考えるがやはり、分からなかった。

「そうだ…。真実のキス…。」

ふと、リスティーナは母が幼い頃に読み聞かせてくれた物語を思い出した。
真実のキスで呪いを解くお話…。
もしかしたら…、リスティーナはそんな希望を抱いて、ルーファスにそっと口づけた。

「ルーファス様…?」

冷たい唇…。いつも、ルーファスと交わす口づけは熱くて、身も心も温かくなるような口づけだった。
それなのに…、今の唇はこんなにも冷たい。
リスティーナはルーファスの名を呼ぶが、ルーファスは目を覚まさない。
リスティーナはもう一度、口づけた。何度も何度も…。
室内にはリスティーナの嗚咽交じりの泣き声とチュッチュッと唇の触れ合う音が反響した。

「どうして…?」

どうして、目が覚めないの?リスティーナはボロボロと泣きながら、ルーファスに縋りついた。

「ルーファス様!お願い…!目を開けて…!ルーファス様!」

ルーファスに覆いかぶさるように抱き着き、リスティーナは泣き続けた。
アリスティア様!心の中で女神に助けを求める。
トクン、微かに小さな鼓動を感じた。ハッとして、リスティーナはルーファスを見つめる。
今…、心臓が動いた?
リスティーナの手がルーファスの手に触れる。
その瞬間、ビリッと電流のようなものが身体に走った。
突然のことにリスティーナは身体が動かない。

直後、頭の中に何かが流れ込んでくる。何…?これ?
血管と筋肉、神経、組織、細胞…。まるで身体の中に入り込んだかのような感覚…。
キーン!と耳鳴りのような音がする。うっ…!耳が痛い…!何、これ…?
体内にじわじわと何かが浸透してくる。
それは身体の組織や細胞を破壊していった。骨が砕け、体内の臓器が腐敗していく。
やがて、それは心臓に到達し、心臓までもが破壊された。
その直後、心臓からおびただしい量の液体が放たれる。それは全身に広がっていく。
物凄い速さで全身に駆け巡り、破壊された組織と細胞が再生されていく。これは一体…?
ドクン!と心臓の鼓動を感じた。

リスティーナはハッと我に返った。
今の何…?今、私が見たものは一体…?
いや!そんな事より…!さっき心臓が動いたような…!
リスティーナは慌ててルーファスの胸に手と耳を押し当てた。
ドクン、ドクンと心臓の鼓動を感じた。動いている…。間違いない。心臓が動いているんだ!
リスティーナは嬉しくて、思わず声を上げた。

「ルーファス様!」

リスティーナはルーファスの手を取って、脈を確認する。
トクン、トクンと一定のリズムで脈の拍動を感じる。
ルーファスの顔にあった黒い痣が消えていく。

「痣が…、」

手を見れば、手に刻まれていた黒い痣も消えていた。
土気色の肌が…、血色のある白い肌に変わっていく。
パサついた髪が艶のある髪へと変化した。青い唇が徐々に色を取り戻していく。
弾力の失った肌がみるみる内に張りのある弾力のある肌に変わっていく。
スウッとルーファスの吐息がした。息をした!ルーファス様が息をしている。

フッと目を開けたルーファスは…、天井を見上げ、ぼんやりと呟いた。

「…?リ、ス、ティーナ?」

「ッ、ルーファス様!」

「ッ!?」

リスティーナはルーファスに飛びつくように抱き着いた。
ワッ!と泣き出すリスティーナにルーファスは戸惑ったように暫く呆然としていたが、そっとリスティーナの背中に手を回した。

「ルーファス様…!ルーファス様!」

温かい…。ちゃんと体温を感じる。生きている。ルーファス様が生きている!
リスティーナは嬉しくて、涙が止まらなかった。

「リスティーナ…。」

ルーファスがギュッとリスティーナを抱き締め返してくれる。
信じられない…!本当にこんなことが起こるなんて…!
アリスティア様が私の願いを聞いてくれたんだ!
リスティーナは感謝と喜びで胸が一杯になった。
リスティーナは涙で滲んだ視界の中、ルーファスを見上げると、

「お帰り、なさい…。ルーファス様。」

リスティーナの言葉にルーファスは驚いたように目を瞠ったが、やがて、フッと目を細めると、

「ああ…。ただいま…。リスティーナ…。」

ルーファスはリスティーナの手を握り、コツンと額を合わせた。
ルーファスの手から温もりが伝わる。それがこんなにも幸せな気持ちになれるなんて…。
リスティーナは目を開けて、ルーファスの顔を見たいのに、涙を流したせいか視界が悪くてよく見えない。リスティーナは涙を拭こうと袖口で目元を擦ろうとした。が、その手をルーファスが止めた。

「リスティーナ。擦っては駄目だ。君の肌が傷つく。このハンカチを使うといい。」

そう言って、ルーファスは懐からハンカチを取り出すと、リスティーナの涙を拭ってくれた。
涙で滲んでいた視界が開けて、はっきりと見えるようになった。

「ありがとうございま…、」

リスティーナはルーファスに笑顔で礼を言ったが…、目の前にいるルーファスの顔を見て、目を瞠った。
涙を流したせいで視界が滲んでいたから気が付かなかった…。
黒い痣が消えたルーファスの素顔をリスティーナは初めて目の当たりにした。
痣が消えたルーファスの顔は…、息を吞む程、美しかった。
元々、ルーファス様は端正な顔立ちをしていたから、痣がなければかなりの美形なのではないかと思っていたけど…。実際に目にすると、想像していたよりもずっと綺麗…。
でも、どこかで見たことがあるような気がする。

特に一番目を惹いたのは、彼の瞳の色だ。
濁った黒い瞳は…、右目が紅玉のように鮮やかな赤に、左目は海のように深い青色へと変わっていた。
ノエルと同じオッドアイ…。人間でオッドアイをしている人を見るのは初めて…。
何て、何て綺麗なんだろう。まるで吸い込まれそう…。

「リスティーナ?」

「る、ルーファス様!め、目が…、」

「目?」

「ルーファス様の目の色が変わっているんです!あ!ちょっと待っててください!今、鏡を…!」

リスティーナは口で説明するよりも見た方がいいだろうと思い、手鏡を持ってきた。

「見て下さい。ルーファス様。瞳の色がこんなに綺麗な色になって…、」

リスティーナから手鏡を渡され、ルーファスは手鏡に映った自分の姿を覗き込んだ。
そして、目を見開いた。

「戻っている…?」

「え?あの、戻っているとはどういう…?」

「俺の目は元々、左右の色が違ったんだ。痣が出るようになってから、目の色が変わって黒い目に…、」

その時、ルーファスはハッとして、口を閉ざすと、そのまま黙り込んでしまった。

「ルーファス様…?」

「リスティーナ。君は…、……くないのか?」

ルーファスが何かを言うが、声があまりにも小さくて、聞き逃してしまった。
それに、微かだけど声が震えているような…?

「あの、すみません。ルーファス様。よく聞こえなくて…。今なんて…?」

「君は…、俺のこの目が…、気持ち悪くないのか?」

気持ち悪い?どうして、そんな事を…。その時、リスティーナは思い出した。
ルーファス様は以前にも同じことを私に聞いてきた。
オッドアイが気持ち悪くないのか、と…。もしかして、ルーファス様は…、
リスティーナはゆっくりと首を横に振ると、

「気持ち悪いだなんて…。そんな事、思いません。私は…、ルーファス様の目はとても綺麗だと思います。透き通っていて、キラキラしていて…、宝石みたいです。」

「ッ!」

リスティーナの言葉にルーファスは息を吞んだ。
やがて、何かに耐えるようにキュッと唇を噛むと、そのまま無言でリスティーナを抱き締めた。
いきなりの抱擁にリスティーナは驚く。

「る、ルーファス様?どうし…、」

その時、リスティーナはルーファスの手が震えていることに気付いた。
ルーファスはリスティーナの肩に顔を埋めた。ジワリ、と少し肩が濡れた感触がした。
もしかして、ルーファス様…。泣いている?

「……。」

リスティーナは気付かない振りをして、そのままそっとルーファスを抱き締め返した。

「大丈夫ですよ。ルーファス様。」

リスティーナはルーファスの頭にそっと手を伸ばす。

「私はルーファス様の目、好きですよ。ルビーのようにキラキラした赤も海のように透き通った青も…、どちらも私の好きな色です。」

そう言いながら、ルーファスの頭を優しく撫でた。
ルーファスはギュッとリスティーナを抱き締める腕に力を籠めた。
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