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第五章 再会編
復讐よりも国民の命
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「なあ…、リスティーナ。もし、メイネシア国が滅びたら、君はどう思う?」
「えっ…?メイネシア国が…?」
「もしもの話だ。小国とはいえ、一つの国が滅びるなんて普通はありえない。
ただ…、思ったんだ。君にとってメイネシア国は嫌な思い出しかない。あの国には思い出したくもない記憶がたくさんあるんだろう?そして、君を苦しめた連中は今ものうのうと生きている。
もし、俺が君の立場だったら、こんな国滅んでしまえばいいと呪っていたことだろう。
メイネシア国を離れた今だって、君の心の傷は消えていない筈だ。メイネシアの名前を聞くだけで本当は辛いんじゃないのか?」
「それは…、」
ドキリ、とした。
確かに、母国では何度も理不尽に傷つけられ、虐げられてきていた。
メイネシア国の名前を聞くと、それだけで過去の記憶が思い起こされ、身体が強張ってしまう。
ルーファス様の言う通り…、私は今でも過去の傷に囚われている。
あの頃の日々を思い出すだけで恐怖で身体が震える。この苦しみからは一生逃れられない気がする。
彼の言葉を否定することができず、リスティーナは言葉に詰まった。
「メイネシア国がなくなれば…、もう君がそんな思いをすることはなくなる。
あの国が滅びれば、君や君の母親を苦しめた連中にとって最高の復讐になるだろう。そうは思わないか?」
メイネシア国の生活は…、とても辛い日々ばかりだった。
王宮は冷たくて、残酷で意地悪な人達ばかり…。
鞭を打たれたり、池に突き落とされたり、魔術の特訓と言って魔法で攻撃されたり、私物を壊されたり、髪を切られたり、貴族の令息達に乱暴されそうになったりと挙げればキリがない。
あそこには忌まわしい記憶しかない。
父はお母様を無理矢理側室にして、人生を滅茶苦茶にした。その上、シャノン様とシオンの命までも奪った。リスティーナの中に父の憎しみは今でもある。
でも…、それでも…、私は…、
「私は…、メイネシア国が滅びて欲しいとは思いません。」
その言葉は意外だったのか、ルーファスは目を瞠った。
「…君はあの国にずっと虐げられてきたのだろう?それなのに、どうして…、」
「確かに、メイネシアにはいい思い出はありません。父を憎む気持ちはまだ…、私の中にあります。
でも…、それだけじゃないんです。メイネシア国には…、毎日を精一杯生きている子供達がいるんです。メイネシア国はあまり豊かな国ではありませんが…、国民達は貧しい仲でも一生懸命生きています。」
あの冷たい王宮の中で暮らしていたら、私はずっと籠の鳥で何も知らないまま育っていた。
でも、そうじゃない。リスティーナは母やエルザ達に連れられて、孤児院や教会、病院に行く機会があった。
それに、離宮は監視も緩いのでエルザ達と抜け出して、城下町に遊びに行ったりもしていた。
あの日々があったからこそ、リスティーナは外の世界を知ることができた。国民がどんな生活をしているのかを間近で見ることができたのだ。
孤児院の子供達はリスティーナを慕ってくれた。
将来の夢も語ってくれた。リスティーナはそんな子供達の夢が叶えばいいと心から思ったものだ。
国が滅びてしまえば、犠牲になるのは国民だ。弱い立場の子供達だ。
リスティーナはメイネシアでは王族の一員として認められてはいなかった。
でも、私は半分はメイネシア王家の血を継いでいる。
半分とはいえ、私は紛れもなく、メイネシア国の王女だ。
私には王族としての責務がある。
例え、王家がリスティーナを王族として認めなかったとしても…、私は私なりの矜持を通したい。
王族は民を守り、国の為にこの身を捧げる。
王族とはそういうものだと母が教えてくれた。
王族教育も受けず、最低限の教育しか受けてこなかった私が…、できる事なんてないかもしれない。
私にはエルザのように高い魔力もないし、アリアのように剣術の才能もない。
メイネシアの薔薇と謳われた異母姉のような華やかな美しさもないし、特別に頭がいい訳でもない。
私には…、誰にでもできる刺繍やお茶、ハーブや花を育てる位しかできない。
私はどこにでもいる平凡な女だ。そんな私でも…、王族として自分ができる精一杯のことを果たしたい。
私の復讐か、国民の命…。
大切なのは…、国民の命と身の安全だ。
将来の世代を担う未来のある子供達の笑顔が奪われるようなことがあってはいけない。
私の復讐という個人的な感情なんかで何の罪もない国民を巻き込むようなことをしてはいけない。
それはリスティーナの本心だった。
だから、リスティーナはそれを包み隠さず、ルーファスに伝えた。
「国が滅びたら…、犠牲になるのは国民です。国民が傷つけられてしまうのはとても悲しいです。
だから、私…、国が滅びて欲しいなんてことは思ったことはないです。」
「君はそれでいいのか?国民の為に君は我慢をしているんじゃないのか?」
「いいえ。違います。私は別に復讐をしたいとまでは望まないです。復讐をしたりすれば…、お母様が悲しみますから。それに、復讐したって、シャノン様やシオンが生き返る訳でもないし、お母様の人生が取り戻せるわけでもない。だから、私は決めたんです。お母様とシオン達の分まで精一杯生きようって。」
「リスティーナ…。」
ルーファスは暫く、言葉を失ったようにリスティーナを見つめていた。
そして、フッと目を細めると、
「君は…、凄いな。自分の感情よりも国民を優先するだなんて、王族の鑑だな。」
「え、ええ?そんな事…、」
私はそんな立派な人間じゃない。
むしろ、王族の鑑と呼ぶにふさわしいのはルーファス様だ。
ふと、リスティーナは床に落ちた硝子の破片と液体が目に入った。
「あ…、そういえば、何か落としてましたけど、大丈夫ですか?」
「…そうだった。君の為に回復薬のポーションを作ってきたんだが…、無駄にしてしまった…。」
「え、ポーション?」
あの落とした物はポーションだったんだ。
わざわざ自分の為にポーションを作ってきてくれたんだ。
ルーファスの気遣いにリスティーナはトクン、と胸が高鳴った。
「もう一度、作り直してくる。少し待っててくれ。」
「え!そんな!いいですよ!わざわざそこまでしなくても、私は大丈夫で…、」
リスティーナはそう言って、立ち上がろうと身体を動かすが、ズキン、と腰に鈍痛が走り、思わずその場に蹲ってしまう。
「~~~~!」
「無理をするな。すぐにポーションを完成させて、持ってくるから、君はゆっくり休んでいろ。」
「すみません…。」
腰が痛くて、ベッドから起き上がれないリスティーナはルーファスの言葉に甘える事にした。
以前はあそこまで立て続けに抱かれたことがなかったから、こんなにも動けなくなるとは思わなかった。
リスティーナは寝台に横になり、大人しくルーファスを待つことにした。
あ…、そうだ。そういえば、私まだエルザ達にルーファス様が呪いから解けたことを話していなかった。
リスティーナはルーファスを待っている間、エルザに連絡を取ることにした。
きっと、心配していることだろう。
リスティーナは早速、スザンヌにエルザと連絡をとるように頼んだ。
一方、メイネシア国では…、エルザはアリアと部屋で密談を交わしていた。
「アリア。例の件はどうなった?」
「問題ない。ヒューバートは簡単に説得できたし、公爵も同意してくれた。」
「へえ…。ヒューバートはともかく、あの公爵も同意するとは思わなかったわ。あそこは確か、王家とは親戚関係でしょ?よく説得できたわね。」
「公爵は、随分前から王家に対して、不信感を抱いていたからな。それでも、一応は親戚関係だから、王家側についていたけど、ヒューバートの説得で王家を見限ることにした様だ。今の王家に民はついていかないと最終的に判断してくれたようだよ。」
「よくやったわ。アリア。これもアリアがヒューバートを落としてくれたお蔭よ。」
「…別に好きで落とした訳じゃないんだが…。なあ、エルザ。束縛の激しい男と円満に婚約解消する方法は…、」
アリアが真剣な表情でエルザに相談するが、エルザはそんなアリアの訴えを華麗にスルーした。
「それより、他の四騎士はどうだった?まあ、ヒューバートはアリアの頼みなら、断らないだろうから、残りは後二人だけだけど…、」
「ちょっと待て。エルザ。今、あからさまにはぐらかしたよな?こっちは真剣に悩んでいるんだが?」
「アリア。時には諦めも肝心よ?いいじゃない。それだけ、愛されてるってことよ。あー、羨ましいなあ。私もアリアみたいに素敵な婚約者が欲しいわあ。」
「絶対、思ってないだろ。棒読みなの、バレバレなんだが?」
「そんな事ないわよ。ほら、ヒューバートって顔はいいし、四騎士の一人だし、あの名門公爵家の跡取り息子だし、結婚相手としては悪くないじゃない。おまけにアリアの言う事を何でも聞いてくれるし、アリア一筋なんて素敵じゃない。ちょっと嫉妬深くて、束縛激しくて、粘着質な変態の部分だけ目を瞑れば…、」
「ちょっと!?あれのどこがちょっとなんだ!」
アリアはクワッと噛みつくような勢いでエルザに反論した。
ヒューバートとは、アリアの婚約者だ。
当初の計画ではアリアもリスティーナに同行する予定だったが…、急遽予定を変更せざるを得ない状況になった。
というのも、ヒューバートがアリアと離れるのを嫌がり、ごねてごねて、ごねまくったからだ。
アリアがローゼハイムに行くなら、俺も一緒に行く!と言い出すヒューバートの姿を見たリスティーナが私の事は気にしなくていいから、アリアはこの国に残ってあげてと言ったからだ。
アリアはリスティーナについて行く気満々だったのに、当の本人にそう言われてしまい、メイネシア国に残る羽目になってしまったのだ。
「あ…、スザンヌから通信が入ってる!」
エルザは通信用の魔道具の手鏡が光っているのを見て、会話を中断した。
まさか、ティナ様に何か…?
エルザは応答した。
「スザンヌ?どうしたの?何かあった…、」
『あ!エルザ。良かった。繋がって。』
「てぃ、ティナ様!?」
「ちょっ!エルザ!危なっ…!」
鏡には、少し痩せているが明るい表情のリスティーナが映っていた。
エルザは動揺しすぎて、手鏡を落としそうになる。
アリアがすかさず、手鏡を受け止めた。さすが、騎士。反射神経が素早い。
『その声…。もしかして、アリア?』
「ティナ様!」
アリアは手鏡を覗き込んだ。そこには、アリアが生涯の忠誠を誓った敬愛する主人の姿が映っていた。
『アリア…!久しぶりね。元気にしていた?』
「はい!私は元気にやっております。あの…、それより、ルーファス殿下のこと、お聞きしました。その…、お悔やみ申し上げます。」
アリアはリスティーナと話せた喜びで舞い上がったが、すぐに今のリスティーナの状況を思い出した。
アリアはスザンヌからルーファス王子が亡くなったことを知らされていた。
そして、リスティーナ様はルーファス王子が亡くなったことで憔悴しているのだとも…。
アリアはリスティーナのことが心配だった。
けれど、リスティーナの表情は思ったよりも元気そうで安心した。
良かった。ヘレネ様が亡くなった時のようになっていたらどうしようかと思っていたが大丈夫そうだな。
すると、エルザがアリアから手鏡を奪い取ると、
「ティナ様!ティナ様は大丈夫なんですか!?」
『エルザ。心配してくれているのね。ありがとう。私はこの通り、元気にしているわ。アリアもいて、丁度良かった。実は二人に報告があるの。あのね…、信じられないかもしれないんだけど、実は…、』
エルザとアリアはリスティーナからルーファスが助かった事実とその経緯を聞かされた。
「ルーファス王子が生き返った!?」
リスティーナの話にエルザは驚きのあまり、叫んだ。
「ほ、本当なんですか?それは?」
アリアも驚いたのか再度、聞き返した。
『全部、本当なの。お母様の言った通りだった。あのペンダントは本当に願いを叶える魔法のペンダントだったのよ。
神様って本当にこの世にいるのね。アリスティア様が私の祈りを聞いて、ルーファス様を助けてくれたの。あれは夢だったかもしれないけど…、夢の中で私、アリスティア様に会ったの。急にこんな事言われても、信じられないかもしれないけど…、』
「…し、信じます。ティナ様の言葉を…、私は信じますわ。」
エルザは震える声でそう言った。
アリアも呆然としながらも強く頷いた。
「わ、わたしも…!わたしもです!ティナ様の言葉を疑うはずありません!」
リスティーナは二人の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
その後、リスティーナはルーファスが目覚めてからのことを話した。
痣が消えたルーファスは物凄い美形になっていたこと、ルーファスはオッドアイだったこと、ルーファスがよく食べてくれるようになったこと等々…。
が、エルザもアリアもほとんど耳に入っていなかった。
リスティーナとの会話が終わり、通信が切れると、シン…、と室内に沈黙が流れた。
「エルザ…。これって…、」
「ティナ様が…、古の契約を使ったのよ…。」
「やっぱり、そうか…。これ…、ルーファス王子は知っているのか?」
「…分からない。でも、スザンヌの話だと、ティナ様はあの王子に太陽の刺繍のハンカチをあげたらしいの。」
「!太陽の刺繍を…?」
太陽の刺繍を施した贈り物をする。これは、特別な意味が込められている。
巫女が生涯愛する男性に捧げる贈り物を示す。
亡くなったヘレネ様もリスティーナ様にそう教えていた。
巫女の象徴でもある太陽の刺繍を相手に渡すという事は、自らの秘密を明かし、心を捧げる事と同じ行為だ。
「ティナ様は…、そこまでルーファス王子を愛していたのか…。」
「……。」
エルザは無言のまま答えない。
「エルザ。どうする?」
「…まだよ。ルーファス王子がリスティーナ様を絶対に裏切らないという確証が得られるまで…。隠しておかないと。」
「そう…、だな。でも、隠し通せるのか?気付かれたら、どうする?」
「何としても、隠すのよ。最悪、バレた時は…、リスティーナ様の安全を確保する。…アリア。分かっているわね?その時、何をすればいいのか…、」
「勿論だ。」
アリアは頷いた。
腰に下げた剣の柄に手を触れる。
リスティーナ様に何かあれば、その時は…、
アリアは強い決意を込めて、剣の柄を握った。
「えっ…?メイネシア国が…?」
「もしもの話だ。小国とはいえ、一つの国が滅びるなんて普通はありえない。
ただ…、思ったんだ。君にとってメイネシア国は嫌な思い出しかない。あの国には思い出したくもない記憶がたくさんあるんだろう?そして、君を苦しめた連中は今ものうのうと生きている。
もし、俺が君の立場だったら、こんな国滅んでしまえばいいと呪っていたことだろう。
メイネシア国を離れた今だって、君の心の傷は消えていない筈だ。メイネシアの名前を聞くだけで本当は辛いんじゃないのか?」
「それは…、」
ドキリ、とした。
確かに、母国では何度も理不尽に傷つけられ、虐げられてきていた。
メイネシア国の名前を聞くと、それだけで過去の記憶が思い起こされ、身体が強張ってしまう。
ルーファス様の言う通り…、私は今でも過去の傷に囚われている。
あの頃の日々を思い出すだけで恐怖で身体が震える。この苦しみからは一生逃れられない気がする。
彼の言葉を否定することができず、リスティーナは言葉に詰まった。
「メイネシア国がなくなれば…、もう君がそんな思いをすることはなくなる。
あの国が滅びれば、君や君の母親を苦しめた連中にとって最高の復讐になるだろう。そうは思わないか?」
メイネシア国の生活は…、とても辛い日々ばかりだった。
王宮は冷たくて、残酷で意地悪な人達ばかり…。
鞭を打たれたり、池に突き落とされたり、魔術の特訓と言って魔法で攻撃されたり、私物を壊されたり、髪を切られたり、貴族の令息達に乱暴されそうになったりと挙げればキリがない。
あそこには忌まわしい記憶しかない。
父はお母様を無理矢理側室にして、人生を滅茶苦茶にした。その上、シャノン様とシオンの命までも奪った。リスティーナの中に父の憎しみは今でもある。
でも…、それでも…、私は…、
「私は…、メイネシア国が滅びて欲しいとは思いません。」
その言葉は意外だったのか、ルーファスは目を瞠った。
「…君はあの国にずっと虐げられてきたのだろう?それなのに、どうして…、」
「確かに、メイネシアにはいい思い出はありません。父を憎む気持ちはまだ…、私の中にあります。
でも…、それだけじゃないんです。メイネシア国には…、毎日を精一杯生きている子供達がいるんです。メイネシア国はあまり豊かな国ではありませんが…、国民達は貧しい仲でも一生懸命生きています。」
あの冷たい王宮の中で暮らしていたら、私はずっと籠の鳥で何も知らないまま育っていた。
でも、そうじゃない。リスティーナは母やエルザ達に連れられて、孤児院や教会、病院に行く機会があった。
それに、離宮は監視も緩いのでエルザ達と抜け出して、城下町に遊びに行ったりもしていた。
あの日々があったからこそ、リスティーナは外の世界を知ることができた。国民がどんな生活をしているのかを間近で見ることができたのだ。
孤児院の子供達はリスティーナを慕ってくれた。
将来の夢も語ってくれた。リスティーナはそんな子供達の夢が叶えばいいと心から思ったものだ。
国が滅びてしまえば、犠牲になるのは国民だ。弱い立場の子供達だ。
リスティーナはメイネシアでは王族の一員として認められてはいなかった。
でも、私は半分はメイネシア王家の血を継いでいる。
半分とはいえ、私は紛れもなく、メイネシア国の王女だ。
私には王族としての責務がある。
例え、王家がリスティーナを王族として認めなかったとしても…、私は私なりの矜持を通したい。
王族は民を守り、国の為にこの身を捧げる。
王族とはそういうものだと母が教えてくれた。
王族教育も受けず、最低限の教育しか受けてこなかった私が…、できる事なんてないかもしれない。
私にはエルザのように高い魔力もないし、アリアのように剣術の才能もない。
メイネシアの薔薇と謳われた異母姉のような華やかな美しさもないし、特別に頭がいい訳でもない。
私には…、誰にでもできる刺繍やお茶、ハーブや花を育てる位しかできない。
私はどこにでもいる平凡な女だ。そんな私でも…、王族として自分ができる精一杯のことを果たしたい。
私の復讐か、国民の命…。
大切なのは…、国民の命と身の安全だ。
将来の世代を担う未来のある子供達の笑顔が奪われるようなことがあってはいけない。
私の復讐という個人的な感情なんかで何の罪もない国民を巻き込むようなことをしてはいけない。
それはリスティーナの本心だった。
だから、リスティーナはそれを包み隠さず、ルーファスに伝えた。
「国が滅びたら…、犠牲になるのは国民です。国民が傷つけられてしまうのはとても悲しいです。
だから、私…、国が滅びて欲しいなんてことは思ったことはないです。」
「君はそれでいいのか?国民の為に君は我慢をしているんじゃないのか?」
「いいえ。違います。私は別に復讐をしたいとまでは望まないです。復讐をしたりすれば…、お母様が悲しみますから。それに、復讐したって、シャノン様やシオンが生き返る訳でもないし、お母様の人生が取り戻せるわけでもない。だから、私は決めたんです。お母様とシオン達の分まで精一杯生きようって。」
「リスティーナ…。」
ルーファスは暫く、言葉を失ったようにリスティーナを見つめていた。
そして、フッと目を細めると、
「君は…、凄いな。自分の感情よりも国民を優先するだなんて、王族の鑑だな。」
「え、ええ?そんな事…、」
私はそんな立派な人間じゃない。
むしろ、王族の鑑と呼ぶにふさわしいのはルーファス様だ。
ふと、リスティーナは床に落ちた硝子の破片と液体が目に入った。
「あ…、そういえば、何か落としてましたけど、大丈夫ですか?」
「…そうだった。君の為に回復薬のポーションを作ってきたんだが…、無駄にしてしまった…。」
「え、ポーション?」
あの落とした物はポーションだったんだ。
わざわざ自分の為にポーションを作ってきてくれたんだ。
ルーファスの気遣いにリスティーナはトクン、と胸が高鳴った。
「もう一度、作り直してくる。少し待っててくれ。」
「え!そんな!いいですよ!わざわざそこまでしなくても、私は大丈夫で…、」
リスティーナはそう言って、立ち上がろうと身体を動かすが、ズキン、と腰に鈍痛が走り、思わずその場に蹲ってしまう。
「~~~~!」
「無理をするな。すぐにポーションを完成させて、持ってくるから、君はゆっくり休んでいろ。」
「すみません…。」
腰が痛くて、ベッドから起き上がれないリスティーナはルーファスの言葉に甘える事にした。
以前はあそこまで立て続けに抱かれたことがなかったから、こんなにも動けなくなるとは思わなかった。
リスティーナは寝台に横になり、大人しくルーファスを待つことにした。
あ…、そうだ。そういえば、私まだエルザ達にルーファス様が呪いから解けたことを話していなかった。
リスティーナはルーファスを待っている間、エルザに連絡を取ることにした。
きっと、心配していることだろう。
リスティーナは早速、スザンヌにエルザと連絡をとるように頼んだ。
一方、メイネシア国では…、エルザはアリアと部屋で密談を交わしていた。
「アリア。例の件はどうなった?」
「問題ない。ヒューバートは簡単に説得できたし、公爵も同意してくれた。」
「へえ…。ヒューバートはともかく、あの公爵も同意するとは思わなかったわ。あそこは確か、王家とは親戚関係でしょ?よく説得できたわね。」
「公爵は、随分前から王家に対して、不信感を抱いていたからな。それでも、一応は親戚関係だから、王家側についていたけど、ヒューバートの説得で王家を見限ることにした様だ。今の王家に民はついていかないと最終的に判断してくれたようだよ。」
「よくやったわ。アリア。これもアリアがヒューバートを落としてくれたお蔭よ。」
「…別に好きで落とした訳じゃないんだが…。なあ、エルザ。束縛の激しい男と円満に婚約解消する方法は…、」
アリアが真剣な表情でエルザに相談するが、エルザはそんなアリアの訴えを華麗にスルーした。
「それより、他の四騎士はどうだった?まあ、ヒューバートはアリアの頼みなら、断らないだろうから、残りは後二人だけだけど…、」
「ちょっと待て。エルザ。今、あからさまにはぐらかしたよな?こっちは真剣に悩んでいるんだが?」
「アリア。時には諦めも肝心よ?いいじゃない。それだけ、愛されてるってことよ。あー、羨ましいなあ。私もアリアみたいに素敵な婚約者が欲しいわあ。」
「絶対、思ってないだろ。棒読みなの、バレバレなんだが?」
「そんな事ないわよ。ほら、ヒューバートって顔はいいし、四騎士の一人だし、あの名門公爵家の跡取り息子だし、結婚相手としては悪くないじゃない。おまけにアリアの言う事を何でも聞いてくれるし、アリア一筋なんて素敵じゃない。ちょっと嫉妬深くて、束縛激しくて、粘着質な変態の部分だけ目を瞑れば…、」
「ちょっと!?あれのどこがちょっとなんだ!」
アリアはクワッと噛みつくような勢いでエルザに反論した。
ヒューバートとは、アリアの婚約者だ。
当初の計画ではアリアもリスティーナに同行する予定だったが…、急遽予定を変更せざるを得ない状況になった。
というのも、ヒューバートがアリアと離れるのを嫌がり、ごねてごねて、ごねまくったからだ。
アリアがローゼハイムに行くなら、俺も一緒に行く!と言い出すヒューバートの姿を見たリスティーナが私の事は気にしなくていいから、アリアはこの国に残ってあげてと言ったからだ。
アリアはリスティーナについて行く気満々だったのに、当の本人にそう言われてしまい、メイネシア国に残る羽目になってしまったのだ。
「あ…、スザンヌから通信が入ってる!」
エルザは通信用の魔道具の手鏡が光っているのを見て、会話を中断した。
まさか、ティナ様に何か…?
エルザは応答した。
「スザンヌ?どうしたの?何かあった…、」
『あ!エルザ。良かった。繋がって。』
「てぃ、ティナ様!?」
「ちょっ!エルザ!危なっ…!」
鏡には、少し痩せているが明るい表情のリスティーナが映っていた。
エルザは動揺しすぎて、手鏡を落としそうになる。
アリアがすかさず、手鏡を受け止めた。さすが、騎士。反射神経が素早い。
『その声…。もしかして、アリア?』
「ティナ様!」
アリアは手鏡を覗き込んだ。そこには、アリアが生涯の忠誠を誓った敬愛する主人の姿が映っていた。
『アリア…!久しぶりね。元気にしていた?』
「はい!私は元気にやっております。あの…、それより、ルーファス殿下のこと、お聞きしました。その…、お悔やみ申し上げます。」
アリアはリスティーナと話せた喜びで舞い上がったが、すぐに今のリスティーナの状況を思い出した。
アリアはスザンヌからルーファス王子が亡くなったことを知らされていた。
そして、リスティーナ様はルーファス王子が亡くなったことで憔悴しているのだとも…。
アリアはリスティーナのことが心配だった。
けれど、リスティーナの表情は思ったよりも元気そうで安心した。
良かった。ヘレネ様が亡くなった時のようになっていたらどうしようかと思っていたが大丈夫そうだな。
すると、エルザがアリアから手鏡を奪い取ると、
「ティナ様!ティナ様は大丈夫なんですか!?」
『エルザ。心配してくれているのね。ありがとう。私はこの通り、元気にしているわ。アリアもいて、丁度良かった。実は二人に報告があるの。あのね…、信じられないかもしれないんだけど、実は…、』
エルザとアリアはリスティーナからルーファスが助かった事実とその経緯を聞かされた。
「ルーファス王子が生き返った!?」
リスティーナの話にエルザは驚きのあまり、叫んだ。
「ほ、本当なんですか?それは?」
アリアも驚いたのか再度、聞き返した。
『全部、本当なの。お母様の言った通りだった。あのペンダントは本当に願いを叶える魔法のペンダントだったのよ。
神様って本当にこの世にいるのね。アリスティア様が私の祈りを聞いて、ルーファス様を助けてくれたの。あれは夢だったかもしれないけど…、夢の中で私、アリスティア様に会ったの。急にこんな事言われても、信じられないかもしれないけど…、』
「…し、信じます。ティナ様の言葉を…、私は信じますわ。」
エルザは震える声でそう言った。
アリアも呆然としながらも強く頷いた。
「わ、わたしも…!わたしもです!ティナ様の言葉を疑うはずありません!」
リスティーナは二人の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
その後、リスティーナはルーファスが目覚めてからのことを話した。
痣が消えたルーファスは物凄い美形になっていたこと、ルーファスはオッドアイだったこと、ルーファスがよく食べてくれるようになったこと等々…。
が、エルザもアリアもほとんど耳に入っていなかった。
リスティーナとの会話が終わり、通信が切れると、シン…、と室内に沈黙が流れた。
「エルザ…。これって…、」
「ティナ様が…、古の契約を使ったのよ…。」
「やっぱり、そうか…。これ…、ルーファス王子は知っているのか?」
「…分からない。でも、スザンヌの話だと、ティナ様はあの王子に太陽の刺繍のハンカチをあげたらしいの。」
「!太陽の刺繍を…?」
太陽の刺繍を施した贈り物をする。これは、特別な意味が込められている。
巫女が生涯愛する男性に捧げる贈り物を示す。
亡くなったヘレネ様もリスティーナ様にそう教えていた。
巫女の象徴でもある太陽の刺繍を相手に渡すという事は、自らの秘密を明かし、心を捧げる事と同じ行為だ。
「ティナ様は…、そこまでルーファス王子を愛していたのか…。」
「……。」
エルザは無言のまま答えない。
「エルザ。どうする?」
「…まだよ。ルーファス王子がリスティーナ様を絶対に裏切らないという確証が得られるまで…。隠しておかないと。」
「そう…、だな。でも、隠し通せるのか?気付かれたら、どうする?」
「何としても、隠すのよ。最悪、バレた時は…、リスティーナ様の安全を確保する。…アリア。分かっているわね?その時、何をすればいいのか…、」
「勿論だ。」
アリアは頷いた。
腰に下げた剣の柄に手を触れる。
リスティーナ様に何かあれば、その時は…、
アリアは強い決意を込めて、剣の柄を握った。
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聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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