オタク姫 ~100年の恋~

菱沼あゆ

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王子はまだ穴を掘っています

先輩、人がいいですね

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 朝霞が部屋に戻ってしばらくすると、隣からバンドの練習の音が聞こえてきた。

 先輩、結局、付き合わされてるんだな。

 人がいいな、と思う。

 少し宿題をやったあと、そろそろ下に行って、夕食の手伝いでもしないとお母さんに怒られるな、と朝霞は部屋を出た。

 すると、ちょうどトイレから出てきた佐野村と出くわす。

「お疲れ」
と他に言う言葉もなかったので言うと、佐野村は、ああ、と言って行きかけたが、振り返り、

「朝霞」
と呼びかけてきた。

「そういえば、俺、お前のメッセージアプリのIDとか知らないんだが……」

 ああ、と朝霞は手を打つ。

「そうだね。
 そういえば、知らないね。

 まあ、走っていけばすぐだから、その方が早いしね」
となんとなく言って、

「……電波より速いってことはないだろうよ」
と言われてしまった。

 細かいやつだ……。

「じゃあ、私の教えるから、佐野村のも教えてよ」

 あ、ああ、と言った佐野村はすぐにポケットからスマホを出してくる。

 IDなどを交換したあとで、
「そうだ。
 佐野村のID、もし訊かれたら、友だちにも教えていい?」
と訊いてみた。

「なんでだ?」

「いや、佐野村をいいって女子、意外にいるから、誰かから訊かれるかもしれないし。

 最近、佐野村が幼なじみなこと、結構広まってきたからね。

 佐野村が一緒に登校してるし、学校でも話しかけてくるようになったから」
と朝霞は笑う。

 女子にモテたいから、崇拝する廣也のいる男子校には行かなかったとまで言う佐野村だ。

 てっきり、喜ぶだろうと思っていたのだが。

「いや、教えるな」
と佐野村は言ってきた。

「なんで?」

 その……と口ごもったあとで、

「なにかめんどくさいことになったら嫌だから」
と言う。

 めんどくさいっていうか。

 すさまじいことになりそうな予感はするけど、と朝霞は苦笑いする。

 二頭の血に飢えた雌ライオンの前に放り投げられて、ぷるぷる震えているうさぎのような佐野村が頭に浮かんだからだ。

 ……いや、だから、なんでこういう発想になるんだろうな、と朝霞は思う。

 佐野村にとって、ハーレム的ないい状況のはずなのに。

 あの二人が、泣かぬなら、殺してしまえ、ホトトギスな性格だからだろうか。

 あ、とそこで、朝霞は声を上げた。

「でも、佐野村のID、私のスマホに入ってたら、勝手に見ちゃうかも」

「どんな友だちだ……」

 いや、ちょっと手段を選ばない感じな二人なんで、と思いながら、
「じゃあ、やっぱり、私のも消しとこうか」
とスマホの画面に手を伸ばしかけて止められる。

 ん? と見上げると、佐野村は朝霞の手をつかんでいた自分の手を慌てて離した。

「いや、いいから置いとけ」
と言うので、

「そう?
 まあ、消しても、走ってくから大丈夫だけどねー」
と言って、朝霞は笑った。

 

 なんだ、走ってくから大丈夫って。

 俺には十文字専売と打ち間違ったまま放置なくらい雑なメッセージしか打ってこないのに。

 佐野村だと、文字じゃなくて、本体が飛んでくるとかどういうことだ、と思いながら、十文字は、廣也の部屋の扉の隙間から廊下を窺いながら思っていた。

 後ろから廣也の声がする。

「……十文字。
 うちの妹には、口に出して言わないと、なにも伝わらないと思うが」

「なにをだ?
 なにも言いたいことなど、俺にはないぞっ」
とつい、反射で言ってしまう。

 無言でこちらを見ていた廣也だが、
「……そうか。
 まあ、俺はどっちでもいいんだけどなー」
と呟いて、ギターを弾き始めた。

 どっちでもって、どういう意味だろうな……。

 俺が言っても、言わなくても?

 それとも、朝霞の相手になるのが、俺でも、佐野村でも?

 どっちだっ、と思ったが、それきり廣也はその話題には触れてこなかったので、こっちからもなにも言わなかった。

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