10 / 89
派遣秘書のとんでもない日常
この俺を振った報復、受けてもらおうか
しおりを挟む「今日はどうもありがとうございました」
鍵を開け、幾つか荷物を中に入れたあまりは海里に頭を下げた。
いいのだろうかな、こんなに買ってもらって、と思いながら、戸惑いがちに、
「あの、どうしてこんなによくしてくださるんですか?」
と訊くと、海里は、
「別によくしているつもりはない」
と言う。
「うちの会社に似合わない、チャラチャラした服を着てこられたら、風紀が乱れると思ったから、買い与えただけだ。
明日からちゃんと来いよ。
……この俺を振った報復、たっぷりとしてやるからな」
ひい……。
どさりと手にしていた紙袋が落ちる。
じゃあ、と言って海里は去っていってしまった。
今夜は悪い夢を見そうな気がする……とあまりは思った。
夢の中。
あまりは、素敵なベージュのスーツを着ていたが。
立派な椅子に座って、王冠をかぶった海里に命じられ、モップでずっと羊羹を磨かされていた。
うなされる――。
朝だ。
カフェだ。
いつもなら、ときめく時間なのに、心配と不安がまさって、ときめけない……。
香ばしいパンの焼ける匂いを嗅いでも、落ち着かず、あまりはウロウロしていた。
……つもりだった。
マスターに、
「いやー、今日から出張だね」
と笑いかけられ、ラムレーズンのフレンチトーストと濃いめのミルクティーを受け取る。
「まあ、合わないな、と思ったら、僕にいいなよ。
断ってあげるから」
とマスターは言ってくれた。
「でも、あまりちゃん、こんなときでもいつも通りだから大丈夫か」
えっ?
いつも通り……? と首を捻りながら運んで戻ってくると、成田が居た。
その成田に、
「成田さん、さっき、マスターに、いつも通りだから、大丈夫だねって言われたんですけど。
私、今日は、めちゃくちゃドキドキして、挙動不審だと思うんですけどっ」
と訴えてみたのだが、
「うん。
だから、いつも通りじゃない」
とあっさり言われる。
「……そうですか」
確認しなくてもいい事実を確認してしまったな。
働き始めて二ヶ月。
カフェの仕事にも少しは慣れてきたつもりだったのに、わたくし、まだ挙動不審でしたか……。
そこで、時計を見たマスターが言ってきた。
「今日はもう上がっていいよ。
最初は早く行った方がいいだろうから」
「はい。
じゃあ、終わったら、また来ますね」
と頭を下げ、あまりは奥に着替えに行った。
奥へ引っ込んだあまりを見送りながら、成田は呟く。
「大丈夫かな? あれ」
僕がついていこうか、と思わず呟くと、叔父は笑い、
「子どもの出勤についてく父兄が居るの?」
と言ってくる。
あまり、子ども扱いか……と思っていると、
「ほら、一人抜ける分、ちゃんと働いて。
今日は、沙耶ちゃんもまだ来てないし」
と言う。
へいへい、と行きかけて戻る。
「ねえ、一人抜けたら大変になるってわかってて、なんで海里の提案引き受けたの?」
ずっと気になっていたので訊いてみた。
すると、次の珈琲を淹れながら、叔父は言う。
「いやあ、なんか一生懸命で可愛かったから」
「……誰が?」
あまりか? と思っていると、
「お前の友だちがだよ」
と笑う。
一生懸命?
あの海里がか?
あいつは、いつもふてぶてしい気がするんだが。
高校三年のとき、親の仕事の都合で、イギリスに住むことになった。
イギリス英語に慣れないで苦労したが、同じ学校に通っていた犬塚海里という日本人は、なんてことない顔をしていた。
イギリスが長いんだろうな、と思っていたら、自分とそう変わらない頃にイギリスに来て、しかも、アメリカに長く居たのだとと聞いて驚いた。
本当は戸惑うこともあったのではないかと思うが、海里は決して顔には出さない。
大学に行っても、やっぱり、海里はいつも堂々としていて、困ったことなどないかのような顔をしていた。
あの海里が一生懸命ねえ。
そんな風には見えないが。
っていうか、なにに一生懸命なんだ?
叔父には年の功で自分には見えないものが見えているのかもしれないと思った。
そんなことを考えていたら、
「では、行って参ります」
と背後で、あまりの声がした。
22
あなたにおすすめの小説
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜
高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀!
片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。
貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。
しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。
利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。
二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー?
曄琳の運命やいかに!
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる