あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ

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派遣秘書のとんでもない日常

この俺を振った報復、受けてもらおうか

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「今日はどうもありがとうございました」

 鍵を開け、幾つか荷物を中に入れたあまりは海里に頭を下げた。

 いいのだろうかな、こんなに買ってもらって、と思いながら、戸惑いがちに、

「あの、どうしてこんなによくしてくださるんですか?」
と訊くと、海里は、

「別によくしているつもりはない」
と言う。

「うちの会社に似合わない、チャラチャラした服を着てこられたら、風紀が乱れると思ったから、買い与えただけだ。

 明日からちゃんと来いよ。

 ……この俺を振った報復、たっぷりとしてやるからな」

 ひい……。

 どさりと手にしていた紙袋が落ちる。

 じゃあ、と言って海里は去っていってしまった。

 今夜は悪い夢を見そうな気がする……とあまりは思った。

 


 夢の中。

 あまりは、素敵なベージュのスーツを着ていたが。

 立派な椅子に座って、王冠をかぶった海里に命じられ、モップでずっと羊羹を磨かされていた。

 うなされる――。




 朝だ。
 カフェだ。

 いつもなら、ときめく時間なのに、心配と不安がまさって、ときめけない……。

 香ばしいパンの焼ける匂いを嗅いでも、落ち着かず、あまりはウロウロしていた。

 ……つもりだった。

 マスターに、
「いやー、今日から出張だね」
と笑いかけられ、ラムレーズンのフレンチトーストと濃いめのミルクティーを受け取る。

「まあ、合わないな、と思ったら、僕にいいなよ。
 断ってあげるから」
とマスターは言ってくれた。

「でも、あまりちゃん、こんなときでもいつも通りだから大丈夫か」

 えっ?
 いつも通り……? と首を捻りながら運んで戻ってくると、成田が居た。

 その成田に、
「成田さん、さっき、マスターに、いつも通りだから、大丈夫だねって言われたんですけど。

 私、今日は、めちゃくちゃドキドキして、挙動不審だと思うんですけどっ」
と訴えてみたのだが、

「うん。
 だから、いつも通りじゃない」
とあっさり言われる。

「……そうですか」

 確認しなくてもいい事実を確認してしまったな。

 働き始めて二ヶ月。

 カフェの仕事にも少しは慣れてきたつもりだったのに、わたくし、まだ挙動不審でしたか……。

 そこで、時計を見たマスターが言ってきた。

「今日はもう上がっていいよ。
 最初は早く行った方がいいだろうから」

「はい。
 じゃあ、終わったら、また来ますね」
と頭を下げ、あまりは奥に着替えに行った。




 奥へ引っ込んだあまりを見送りながら、成田は呟く。

「大丈夫かな? あれ」

 僕がついていこうか、と思わず呟くと、叔父は笑い、
「子どもの出勤についてく父兄が居るの?」
と言ってくる。

 あまり、子ども扱いか……と思っていると、
「ほら、一人抜ける分、ちゃんと働いて。
 今日は、沙耶ちゃんもまだ来てないし」
と言う。

 へいへい、と行きかけて戻る。

「ねえ、一人抜けたら大変になるってわかってて、なんで海里の提案引き受けたの?」

 ずっと気になっていたので訊いてみた。

 すると、次の珈琲を淹れながら、叔父は言う。

「いやあ、なんか一生懸命で可愛かったから」

「……誰が?」

 あまりか? と思っていると、
「お前の友だちがだよ」
と笑う。

 一生懸命?

 あの海里がか?

 あいつは、いつもふてぶてしい気がするんだが。

 高校三年のとき、親の仕事の都合で、イギリスに住むことになった。

 イギリス英語に慣れないで苦労したが、同じ学校に通っていた犬塚海里という日本人は、なんてことない顔をしていた。

 イギリスが長いんだろうな、と思っていたら、自分とそう変わらない頃にイギリスに来て、しかも、アメリカに長く居たのだとと聞いて驚いた。

 本当は戸惑うこともあったのではないかと思うが、海里は決して顔には出さない。

 大学に行っても、やっぱり、海里はいつも堂々としていて、困ったことなどないかのような顔をしていた。

 あの海里が一生懸命ねえ。

 そんな風には見えないが。

 っていうか、なにに一生懸命なんだ?

 叔父には年の功で自分には見えないものが見えているのかもしれないと思った。

 そんなことを考えていたら、
「では、行って参ります」
と背後で、あまりの声がした。


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