23 / 89
派遣秘書のとんでもない日常
無礼講という言葉には騙されません
しおりを挟む「あらあら、可愛いとこあるじゃないの、支社長」
と小声で秋月が言ってきた。
一人、席から動かなかった成田は面白くもなく、並んで座るあまりと海里を眺めていた。
海里は、海里さん、とあまりが呼んだだけで、ふてくれさるのをやめ、いそいそと戻って来て。
しかも、何処か遠慮がちに、あまりの隣りに座っている。
……こいつ、もしかして、あまりのこと、本気なのか?
こんな海里は初めて見た、と思う。
常に傲岸不遜な奴なのに。
「お似合いですよねー」
とあまりに見せられたメニューをわざとか仏頂面で眺めている海里を見ながら桜田が呟く。
「そうですね。
なんで、お見合い断っちゃったんでしょうね、あまりさん」
寺坂までみんなにつられて、あまりさんになっていた。
断った理由ねえ。
「……死ぬ程しょうもない理由な気がするよ」
酒を呑みながら、成田は、ひとり呟いた。
なんせ、あまりだからな、と。
あまりが広げてくれたメニューを仏頂面で眺めながら、海里は全然違うことを考えていた。
せっかく寛いでいるところに、上役の自分が来るなんて良くないとわかってはいるんだが。
成田まで来ているというので、結局、気になって来てしまった。
いやいや、あまりが好きだからとか言うのではないのだが……。
俺との見合いを断りやがった、こんな女。
しかも、する前に断るってどういうことだ。
親父め、どんな写真を見せたんだ、と思っていると、
「決まりました?」
とあまりが訊いてくる。
初めて会ったときは、こちらの顔を見ただけで強張っていたあまりだが、今は少し、打ち解けてくれているようにも思える。
というか、遠慮会釈なく物を言ってきている気が。
適当に酒を頼み、みんなで呑んでいると、
……俺が居ると緊張するとか言っていなかっただろうか?
すでに酔っているところに乱入したせいか。
みんな自分が居ても、かまわず弾けているようだった。
寺坂に至っては、泣き上戸で、
「すみません。すみません。
ありがとうございます。
こんにちの自分があるのは、すべて支社長様のお陰様でございます」
というよくわからない敬語でしゃべりながら、両手で自分の手を握り、選挙運動か、というくらい振ってくる。
寺坂は本来、事務仕事をしたり、上役に気を使ったり、というタイプではないので。
秘書の生活は息苦しいこともあるのではないかと思うが、よくやってくれている。
「支社長、呑んでないじゃないですかー」
いつも通りマイペースな秋月は、勝手にワインをそそいでくる。
が、それは日本酒が残ってるグラスだっ、と思っていると、秋月は、
「おっと、今は支社長って言っちゃいけないんでしたね。
だからって、犬塚っ、私の酒が呑めんのかっ! とは言いませんよ~」
と言って、ケラケラと笑う。
いや……すでに言ってるも同然だと思うが。
「本社時代、お偉いさんの今日は無礼講って言葉に騙されて、飛ばされた人を何人も見てますからねー」
と陽気だったのだが、そのうち、
「支社長っ。
何故、私は支社に飛ばされたんですかねーっ?」
と泣き出した。
「私、専務の秘書で。
バリバリのエリート秘書だったと思うんですけどっ。
この脂の乗り切ったときに何故、支社にっ」
と普段は言わない本音をぶちまけ始める。
いや、無礼講って言葉には騙されないんじゃなかったのか? と思いながら、
「いや、単に、俺がこっちに配属されたからでしょう。
本社に戻るときは、秋月さんも一緒だと思いますが」
たぶん、室長はさすがに引退してしまうと思うので、と言うと、
「じゃあ、私、社長秘書になれますかねっ?」
と言ってくる。
「まあ……俺が社長になれればなれるんじゃないですかね?」
「じゃあ、頑張って、専務一派を追い落としましょうっ」
と秋月は手を握ってきた。
いや……それ、貴女の元上司では。
そんな簡単に寝返っていいのか。
実際のところ、専務はご高齢なので、近々、引退のご予定らしく。
気候のいい田舎にログハウスなど作って、ソバを打ちたいとか言っておられるので、別に敵ではないのだが……。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
手をつかんだまま俯いて念仏のように繰り返す秋月に、此処でも、また選挙か、と思う。
22
あなたにおすすめの小説
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜
高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀!
片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。
貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。
しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。
利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。
二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー?
曄琳の運命やいかに!
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる