ここは猫町3番地の3 ~凶器を探しています~

菱沼あゆ

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凶器を探しています

ゆで卵とアイスコーヒー

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「この間、昔のミステリードラマ、一気見してたら。
 早い段階でヒロインが言ってたんですよ。

『何故、みんな、私に、なにも教えてくれないのっ?』って。
 いや、全十二回だからですよって思ったんですけどね」

 そんなしょうもない話をしながら、琳は喜三郎さんが淹れるのよりまずいアイスコーヒーとやらを淹れてくれた。

 充分美味しいじゃないか、とカウンターでそのアイスコーヒーを飲みながら真守まもるは思う。

 だが、そのせいで逆に、喜三郎さんのアイスコーヒーが飲んでみたくなった。

 どれだけ美味しいんだろうなと思ったからだ。

 真守がジャムとバターたっぷりの分厚いトーストを齧っていると、

「あっ、いい匂いがするわねえ、トーストの。
 私も食べようかしら」

「美味しいわよね、此処のトースト」

 離れた窓際の席から、さっきのおばさんたちがわらわら言ってくる。

「まあ、焼きたての分厚いトーストって、美味しいですよね。
 これ、花田さんとこのパンですしね」

 琳は、親切にも『花田さんのパン屋さん』の場所まで教えてくれた。

「そこの角を曲がって、川に向かって歩いてったら、可愛い看板が出てますよ」

 そこへ窓際から、ショッキングピンクのTシャツのおばさんがやってきた。

「琳ちゃん、トースト四つ」

 そう言いながら、おばさんは真守の皿を見、

「ほら、やっぱり、モーニング需要あるじゃない。
 おにいちゃん、ほんとはモーニング食べたかったのよね?」
と真守に訊いてくる。

 半ば強制的に頷かされた。

「横に、ちょちょっとゆで卵と、ちょっと切ったキャベツでも置いときゃいいのよ」

「大きなウインナーとかあるともっといいけど」

「私はオムレツがいいわねー」
とどんどん窓際からの要求の声が大きくなってくる。

「いや~、お店、あんまり早く開けないときもあるので……」

「できるときだけでいいわよー」

「いや~、そうですね~」
と曖昧なことを言いながら、琳はトーストを焼いて、卵をゆではじめる。

 真守が食べ終わったころ、琳は、
「はい」
と真守に小皿に入ったゆで卵と塩を出してきた。

「サービスです」
「あ、ありがとうございます」

 真守に、いえいえ、と言い、琳は、ゆで卵つきのトーストをおばさんたちのところに運んでいった。

「じゃあ、今日はサービスで」

「あら~、琳ちゃん、悪いわね~」

「うちの烏骨鶏が産んだ卵、あとで持ってきてあげるわね」

 フリーダムな店だな……、
と真守が思ったとき、すらりと背の高い、スーツの似合う男がやってきた。

 ひとつ席を空けて、カウンターに座る。

「雨宮、アイスコーヒー。
 喜三郎さんは……」

「来てません」
とカウンターに戻ってきた琳は苦笑いしていた。

 窓の外を見たその男に、
「今日はピンクのゾウも居ませんよ」
と言う。



 見知らぬ若い男から、ひとつ飛んだ席に腰を下ろした将生は、警戒心もあらわにその男を見ていた。

 カウンターで琳と会話しながらゆで卵を食べているその男が可愛らしい顔をしていたからだ。

 ……ゆで卵?
と将生は男の皿を見る。

「メニューにあったか? ゆで卵」

 ないです、と言って琳は笑った。

「一個あげましょうか? 宝生さん。
 男の人って好きですよね、ゆで卵」
と言いながら、ゆで卵と塩をくれた。

 将生は、コンコンと卵を皿にぶつけて割りながら思う。

 この男……俺より先に雨宮にゆで卵をもらうとか。

 雨宮と親しいのだろうか。

 まさか、雨宮目当てで、此処に通い詰めているとかっ?
と勝手に妄想を膨らませ、警戒する。

 当の真守は、今、美人の女店主に興味を抱くような余裕はなかったのだが……。


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