1 / 44
蝋人形とお見合いしました
ふつつかなサトリですが……
しおりを挟む今日は私のお見合いだ。
でも、見合い相手の軍人さんが顔が整いすぎてて怖い。
視線が動かなくて怖い。
何故か軍人の正装で来たので、腰に下げているサーベルが怖い!
って言うか、なにもかも怖い!
これ、人形なのではっ?
西洋で流行っているとかいう蝋人形なのではっ?
伊藤咲子は、
「三条様のご子息とのお見合いよ。
失礼のないようにしないと。
あ、これがいいんじゃない?
咲子もこれがいいでしょう?」
と継母に勝手に決められた着物を着て、自分こそが人形のように固まっていた。
「まだ時間がある。
新しく仕立てたらいいんじゃないのか?」
という父親に、継母、弥生子は激しく反対した。
「そんなことする必要ないわよ。
あるものでいいじゃない。
ねえ、咲子」
弥生子にそう言われると、……はい、そうですね、ということしかできない。
「あらあら、二人とも緊張なさって」
と品の良いおばさまが微笑む。
若い人たちの縁談を取り持つのが趣味、という三条行正の上官の夫人だ。
「これからご夫婦になるのですから。
そんなに硬くならずに」
もう結婚すること確定ですかっ!?
「行正さん、あなた、なにか咲子さんに質問でもなさってみたら?」
さっきから瞬きもしてないんじゃないかという感じに咲子を見たまま動かなかった三条行正が、よく通る声で言う。
「訊くことを思いつきません。
あなたからどうぞ」
しゃべった!
生きてたっ!
咲子は夫になるかもしれない男の整いすぎた顔を見ながら、そんなことを思う。
……でもまあ、しゃべらなくても私には、人の心が読めるのだけど。
まあ、ちょっとだけだけど、と思ったとき、仲人のおばさんが言った。
「では、咲子さん、行正さんになにか訊きたいことはない?
これからの結婚生活について、いろいろと不安もあるでしょう?」
不安だらけですよ、とぎゅっと咲子はテーブルの下の見えない場所で拳を作った。
咲子は三条行正の冷徹そうな顔を見つめてみた。
――上官の頼みで仕方なく来たが、めんどくさいな。
そう彼の心の声が聞こえたとき、つい、視線をそらしていた。
溜息をつかれる。
だが、怖い物見たさか、咲子はまた、チラと行正の顔を見てしまう。
――しかも、なんだ、この着物ばかり立派な冴えない娘は。
こ、この着物はですね。
お義母さまがご用意くださった気合いの入った着物なのですよ。
私の趣味ではございません、と咲子は心の中で弁解する。
赤と黒の派手な柄で、細かい職人芸の活きたこの着物は、お義母さまの趣味です。
お美しいお義母さまならば、よくお似合いになるのでしょうが。
私のような地味な女には似合いません。
でも、お義母さまが私のハレの日のためにと、わざわざ作っておいてくださったものですからね、と咲子は苦笑いする。
まるで、元からあったもののように弥生子は言っていたが。
実はこの着物は、弥生子が馴染みの職人に頼んで、咲子のために作っておいたものだった。
心を読んで知ったわけではない。
気のいい、じいさんの職人が、ぺらっと咲子にしゃべってしまったのだ。
わざわざ義理の娘のために、そこまでしたということを人に見せるのをこの義母は嫌がる。
咲子は思っていた。
その高飛車な態度と切って捨てるような口調と美貌から誤解されがちだが。
お義母さまは実は心根の優しい人なのだ。
でも、何故かそれを人に見せることが自分の弱みになる、と思っていらっしゃる――。
だから、咲子もこの着物については知らないフリをしていた。
ただ、この着物を出してきた弥生子に、
「……ありがとうございます、お義母さま」
と感謝を込めて、深々頭を下げてしまったので、勘づかれているかもしれないが。
弥生子は、
「適当に選んだだけだから、礼を言われるほどのことではないわ」
と咲子とは視線を合わせず、ふい、と顔をそらしてしまった。
「ああ、あなたがお嫁に行くと、せいせいするわ。
この家、広く使えるし」
お義母さまが私と妹の真衣子が順番を争わず、練習できるよう、舶来物のグランドピアノを取り寄せて、それぞれに、それ用の部屋を与えたり。
それぞれに衣裳部屋を与えたり、舞踊用の部屋を与えたりするからですよ……。
「真衣子より賢く綺麗なあなたがいなくなったら、真衣子にもいい縁談が来るかもしれないし」
お義母さま、真衣子は西洋風の顔立ちで、目を見張るほど、愛らしいですよ。
「……お義母さま、お義母さまと女学校から帰ってくるたび、私につきまとって、学校の話を聞かせるあなたがいなくなったら、もう鬱陶しくないし」
せいせいするわっ、とちょっぴり涙ぐんだお義母さまのためにも幸せにならねばと思うのですが。
この蝋人形のような軍人さんと幸せになれる未来が見えてこないのですが――。
それにしても、お義母さまのああいうお可愛らしい性格。
なんと表現したらいいのやら、と思う咲子は未来に誕生する言葉。
『ツンデレ』をまだ知らなかった。
行正は冷ややかに自分を見ている。
うう。
着物の中にすぽっと潜って隠れてしまいたい。
咲子の頭の中で、向かい合って座っている自分の首がなくなり、カッチリと着込んでいる立派な着物だけが正座していて、ぎゃっと行正が叫んでいた。
……ぎゃっ、とか言わないか、この人。
立派な帝国軍人様だもんな。
沈黙が続いているところに、厳しい顔をした彼の上官が戻ってきた。
「行正くん、どうだね?」
行正は顔を上げ、上官を見ると、
「はい。
このお嬢さんで結構です。
よろしくお願い致します」
と言った。
なにをよろしく⁉︎
と思ってしまったが。
結婚を承諾されたようだった。
だが、美しい彼の顔を見ると、ハッキリと。
ここで断ると、のちのち出世に響くからな、と書かれていた。
もはや、心の声を読むまでもない。
女学校のみんなの嫁入り先はもう決まっている。
これ以上、相手を決めずに父親をイライラさせても仕方がない。
「結婚してからの方が自由でいいわよ。
嫁入り前の娘がって親に厳しく言われたり、見張られたりなんてこともないしさ」
と従姉のたかちゃんも言っていたことだし。
愛など何処にもなさそうだが。
もらっていただけると言うのなら、もらっていただこう、この蝋人形さまに――。
ふつつかな娘ですが、と自分で思いながら、
「よろしくお願いいたします」
と咲子は頭を下げた。
18
あなたにおすすめの小説
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました
菱沼あゆ
恋愛
ご先祖さまの残した証文のせいで、ホテル王 有坂桔平(ありさか きっぺい)と戸籍上だけの婚姻関係を結んでいる花木真珠(はなき まじゅ)。
一度だけ結婚式で会った桔平に、
「これもなにかの縁でしょう。
なにか困ったことがあったら言ってください」
と言ったのだが。
ついにそのときが来たようだった。
「妻が必要になった。
月末までにドバイに来てくれ」
そう言われ、迎えに来てくれた桔平と空港で待ち合わせた真珠だったが。
……私の夫はどの人ですかっ。
コンタクト忘れていった結婚式の日に、一度しか会っていないのでわかりません~っ。
よく知らない夫と結婚以来、初めての再会でいきなり旅に出ることになった真珠のドバイ旅行記。
ちょっぴりモルディブです。
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
