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蝋人形と暮らしています
蔑まれています……
その日、帰ってきた行正に、咲子はつい言っていた。
「あまり思いつきませんでした」
「なんの話だ」
と行正に言われる。
いや、あなたのいいところをあまり思いつかなかったんですよ。
何故でしょうね?
客観的に見たら、こんな素敵な旦那さま、なかなかいないと思うのに。
やはり、蝋人形だからでしょうか、と思いながら、咲子は行正をじっと見つめた。
あ、しまった。
心の声を読んでしまうっ、と思ったとき、行正が言った。
「そろそろ夕食にするか?」
「え、はい」
と言いはしたが、行正は今日はいつもより早く帰ってきていたし。
昼間のお茶会で、みんなが手土産に持ってきてくれたお菓子をいっぱい食べていたので、まだお腹は空いていなかった。
「まだ欲しくないのなら、少し外でも歩くか」
と言われ、ええっ? と咲子は驚く。
「行正さん、私の心が読めるのですかっ?」
と言って、
「いや、今、明らかに食欲なさそうな顔してたろ」
と言われてしまう。
そ、そうですよね。
ビックリしました。
もし、私の仲間なら、ちょっと嬉しいなと思ったのですが、と思ったあとで、咲子はハッとする。
いやいやいやっ。
もし、行正さんに私の心が読めたら。
私が行正さんに対して抱いている不満もすべて伝わってしまいますよね。
やはり、夫婦というものは、ちょっぴり秘密があってこそ、上手くいくもの。
――と、婦人雑誌に書いてありました、と咲子は思う。
暇なので、主婦向けの雑誌をいろいろと読んでいたのだ。
行正と手入れの行き届いた夕暮れの庭園を歩く。
洋館の部分には西洋式の庭。
日本家屋の部分には和式の庭があった。
夫婦二人にはもったいないような大きな屋敷と庭だ。
まだ入っていない部屋もある。
こんな素敵なおうちに素敵な旦那さま。
私はもう少し自分のことを幸せだと思うべきではないだろうか?
夕日に輝く薔薇のアーチを見ながら、咲子はそう思う。
「少し家の周りを歩くか」
「は?
え、はい」
珍しく行正がそんな提案をしてくれるので、門を出て、家の周りを歩いてみた。
「もうこの周囲は探索してみたか」
「いえ。
まだ少ししか。
この間まで片付けに忙しくて。
というか、気分的に落ち着かなくて」
そうか、と言ったきり行正は黙っている。
会話は相変わらず、続かないけど。
この人、もともと無口なんだろうから、ずっとこんな感じなんだろうな。
咲子がそう思ったとき、向こうから、品のいい老夫婦が歩いてきた。
ステッキを手にした老紳士と落ち着いた色の着物を着た夫人。
なにも話してはいないが、ふたりともニコニコして楽しそうだった。
いいなー。
そうか。
あんな風になればいいのか。
会話しなくても、二人でいて違和感のない感じに。
まあ、……すごく時間かかりそうだけど。
行正もそちらを眺めているようだった。
もしかして、行正さんも同じことを考えているのかも?
と思いはしたが。
修行のなっていないこの新妻は、沈黙に耐えられず、しゃべってしまう。
いや、行正に向かってくだらないことを話せるようになっただけ、進歩なのかもしれないが。
素敵な洋風建築があったのだが。
ぱっと見、お店風だったが、凝った造りなだけで、お店ではないようだった。
そちらを見て、咲子は言った。
「お洒落な家ですね。
普通の人間の家みたいですけど」
行正は沈黙した。
いや、さっきからずっと沈黙しているのだが。
なにかが違う沈黙だった。
しばらくして、行正が言う。
「……そうだな。
店ではなく、普通の民家のようだな」
いやいや、そう言いたかったんですよ、私もっ。
っていうか、よく今の私のうっかりな言い方で、真実にたどり着きましたねっ、と思いながら、咲子は訊いた。
「あのー、行正さん、ほんとうに私の心が読めているわけではないのですか?」
行正は、莫迦め、と蔑む目をして言う。
「お前の考えなら、誰でも読める」
「……私、美世子さんと同じ感じなのですね」
「誰だ、美世子さんって」
「荻原の美世子さんですよ」
「知らん」
という念願のちょっと長めの会話をしながら、陽の落ちてきた道を歩く。
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