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蝋人形と暮らしています
俺が嫌いか?
その夜、咲子が先にベッドに入って婦人雑誌を読んでいると、行正がやってきた。
なんとなく逃げ腰になりながら、咲子は言う。
「あ、あの、今日は自室でおやすみになられては?」
行正の部屋にも大きなベッドがあった。
「何故だ」
と行正が見下ろす。
怖い。
斬り殺されるっ、と怯えながら、雑誌でちょっと顔を隠しつつ、咲子は言ってみる。
「あの、もう孕んだ気がしますので、結構です……」
阿呆か、と行正の心の声が聞こえてきたとき、行正が口に出して言ってきた。
「阿呆か」
あ、正解だった、と思った瞬間、手にしていた雑誌を投げ捨てられた。
「お前、数日前に嫁になったばっかりだよな?」
「わ、わかりませんよっ。
あ……」
あんなに襲われたら、の部分は口に出しては言いづらかった。
「も、もう妊娠している気がしますっ」
と逃げようとする咲子の両腕を行正がベッドに押さえつける。
「……何故、そんなに俺を嫌う」
鋭い行正の双眸を見ていると、行正の心の声が聞こえてきた。
『我は、三条家の行正なり。
我に逆らうもの、みな殺す』
……なんか戦国武将みたいだな、と思いながら、咲子は答えられない自分に気がついていた。
そういえば、なんで、私は行正さんが嫌いなのでしょう?
え? 嫌い?
嫌い、ではないですよね。
なんかちょっとこう、苦手っていうか。
苦手、も違うか。
なんか怖いっていうか。
こんな風に乱暴なさるし。
……あ、でも、夫だから別にいいのか。
でも、私、初めてだったのに。
出会って、そんなに経っていない殿方から、あんなことされて怖かったし。
いやまあ、お祖母さまなんて、お祖父さまの顔を初めて見たのは、祝言の夜だったとか言ってらしたし。
じゃあ、私はまだマシなのかな?
うーん。
でもなあ……などと思っているうちに、咲子は今夜も手篭めにされていた。
「私、少し家事をしてみようと思います」
朝食の席で、三冊の主婦向け雑誌を手に、咲子は言った。
行正は心の中で、
『お前、その雑誌に感化されたな』
と言っていた。
「やればいいじゃないか。
暇なんだろう」
「はい。
床の間の柱をピカピカにしたり」
『やめてください。
私が磨いてないみたいじゃないですか』
という顔を近くにいた年配の女中がし、
「焦げついた鍋を磨いたり」
『やめてください。
私の仕事がなくなりますっ』
という顔を若い女中がする。
「美味しい珈琲を淹れてみたりしますっ」
「……最後のがいいんじゃないか?」
女中たちの心を読んだように行正が言った。
「そうですか。
では、珈琲の淹れ方、習ってみますね。
あと、この庭素敵だから、庭の手入れも覚えたいんですけど」
「それは駄目だ」
「え? 何故ですか?」
行正の叔母も近くに住むイギリス人夫婦に庭の手入れを習って趣味にしていると言っていたのに、と思ったとき、行正の心の声と実際の声が同時に聞こえてきた。
『庭仕事などしてみろ、その場で斬るっ!』
「庭師と庭仕事などしてみろ、その場で斬るっ!」
なにか現実に出た言葉の方が一言多かったようだが。
「わ、わかりました……」
ちょっと庭の草抜いたり、木を斬ったりしただけで、斬り殺されては割に合わない。
咲子は庭いじりを断念した。
朝食後、みんなで仕事に行く行正を見送りに出たが、行正は今日はすぐには出ていかなかった。
少し迷うような顔をしたあとで、こちらを見ずに、
「……珈琲」
と呟く。
「はい?」
「……お前の淹れる珈琲、期待している」
そう言って、行正は出て行った。
咲子は、ありがとうゴザイマスッ、閣下っという勢いで、
「はいっ」
と返事し、行正を見送る。
行正が行ってしまったあと、
「おはようございます、奥様」
とにこやかに笑いながら、和風の庭の方を手入れしていたらしい庭師がやってきた。
行正が頼んだ庭師が腰を悪くしたので、その息子が最近、来てくれている。
日焼けした肌に白い歯が眩しく、がっしりとした身体つきの、感じのいい庭師だ。
女中さんたちも彼が来ると、態度が変わる。
一番年が近い女中のユキ子が、
「奥様、清六さん、今日も素敵ですね」
と可愛らしく言っていた。
「あ、そうねー」
と言いはしたが、
でも、行正さんの方が相当、かなり、素敵だけど、と咲子は思っていた。
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