13 / 44
蝋人形と暮らしています
俺が嫌いか?
しおりを挟むその夜、咲子が先にベッドに入って婦人雑誌を読んでいると、行正がやってきた。
なんとなく逃げ腰になりながら、咲子は言う。
「あ、あの、今日は自室でおやすみになられては?」
行正の部屋にも大きなベッドがあった。
「何故だ」
と行正が見下ろす。
怖い。
斬り殺されるっ、と怯えながら、雑誌でちょっと顔を隠しつつ、咲子は言ってみる。
「あの、もう孕んだ気がしますので、結構です……」
阿呆か、と行正の心の声が聞こえてきたとき、行正が口に出して言ってきた。
「阿呆か」
あ、正解だった、と思った瞬間、手にしていた雑誌を投げ捨てられた。
「お前、数日前に嫁になったばっかりだよな?」
「わ、わかりませんよっ。
あ……」
あんなに襲われたら、の部分は口に出しては言いづらかった。
「も、もう妊娠している気がしますっ」
と逃げようとする咲子の両腕を行正がベッドに押さえつける。
「……何故、そんなに俺を嫌う」
鋭い行正の双眸を見ていると、行正の心の声が聞こえてきた。
『我は、三条家の行正なり。
我に逆らうもの、みな殺す』
……なんか戦国武将みたいだな、と思いながら、咲子は答えられない自分に気がついていた。
そういえば、なんで、私は行正さんが嫌いなのでしょう?
え? 嫌い?
嫌い、ではないですよね。
なんかちょっとこう、苦手っていうか。
苦手、も違うか。
なんか怖いっていうか。
こんな風に乱暴なさるし。
……あ、でも、夫だから別にいいのか。
でも、私、初めてだったのに。
出会って、そんなに経っていない殿方から、あんなことされて怖かったし。
いやまあ、お祖母さまなんて、お祖父さまの顔を初めて見たのは、祝言の夜だったとか言ってらしたし。
じゃあ、私はまだマシなのかな?
うーん。
でもなあ……などと思っているうちに、咲子は今夜も手篭めにされていた。
「私、少し家事をしてみようと思います」
朝食の席で、三冊の主婦向け雑誌を手に、咲子は言った。
行正は心の中で、
『お前、その雑誌に感化されたな』
と言っていた。
「やればいいじゃないか。
暇なんだろう」
「はい。
床の間の柱をピカピカにしたり」
『やめてください。
私が磨いてないみたいじゃないですか』
という顔を近くにいた年配の女中がし、
「焦げついた鍋を磨いたり」
『やめてください。
私の仕事がなくなりますっ』
という顔を若い女中がする。
「美味しい珈琲を淹れてみたりしますっ」
「……最後のがいいんじゃないか?」
女中たちの心を読んだように行正が言った。
「そうですか。
では、珈琲の淹れ方、習ってみますね。
あと、この庭素敵だから、庭の手入れも覚えたいんですけど」
「それは駄目だ」
「え? 何故ですか?」
行正の叔母も近くに住むイギリス人夫婦に庭の手入れを習って趣味にしていると言っていたのに、と思ったとき、行正の心の声と実際の声が同時に聞こえてきた。
『庭仕事などしてみろ、その場で斬るっ!』
「庭師と庭仕事などしてみろ、その場で斬るっ!」
なにか現実に出た言葉の方が一言多かったようだが。
「わ、わかりました……」
ちょっと庭の草抜いたり、木を斬ったりしただけで、斬り殺されては割に合わない。
咲子は庭いじりを断念した。
朝食後、みんなで仕事に行く行正を見送りに出たが、行正は今日はすぐには出ていかなかった。
少し迷うような顔をしたあとで、こちらを見ずに、
「……珈琲」
と呟く。
「はい?」
「……お前の淹れる珈琲、期待している」
そう言って、行正は出て行った。
咲子は、ありがとうゴザイマスッ、閣下っという勢いで、
「はいっ」
と返事し、行正を見送る。
行正が行ってしまったあと、
「おはようございます、奥様」
とにこやかに笑いながら、和風の庭の方を手入れしていたらしい庭師がやってきた。
行正が頼んだ庭師が腰を悪くしたので、その息子が最近、来てくれている。
日焼けした肌に白い歯が眩しく、がっしりとした身体つきの、感じのいい庭師だ。
女中さんたちも彼が来ると、態度が変わる。
一番年が近い女中のユキ子が、
「奥様、清六さん、今日も素敵ですね」
と可愛らしく言っていた。
「あ、そうねー」
と言いはしたが、
でも、行正さんの方が相当、かなり、素敵だけど、と咲子は思っていた。
19
あなたにおすすめの小説
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました
菱沼あゆ
恋愛
ご先祖さまの残した証文のせいで、ホテル王 有坂桔平(ありさか きっぺい)と戸籍上だけの婚姻関係を結んでいる花木真珠(はなき まじゅ)。
一度だけ結婚式で会った桔平に、
「これもなにかの縁でしょう。
なにか困ったことがあったら言ってください」
と言ったのだが。
ついにそのときが来たようだった。
「妻が必要になった。
月末までにドバイに来てくれ」
そう言われ、迎えに来てくれた桔平と空港で待ち合わせた真珠だったが。
……私の夫はどの人ですかっ。
コンタクト忘れていった結婚式の日に、一度しか会っていないのでわかりません~っ。
よく知らない夫と結婚以来、初めての再会でいきなり旅に出ることになった真珠のドバイ旅行記。
ちょっぴりモルディブです。
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる