大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ

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蝋人形と暮らしています

継母さんに白状してみました

 
 その夜、咲子は、ふと思った。

 そういえば、何故、私には心の声が聞こえるようになったのでしょう。

 赤子のころからではなかった気がするのですが……。

 翌日、弥生子とともに、買い物に行ったり、食事に行ったり
したのだが。

 食事の最中もそのことを考えて、渋い顔をしてしまっていたらしい。

 弥生子に言われた。

「なんなの?
 あなたのそんな顔見てると、食事がまずくなってくるんだけど」

 ……相変わらず、 はっきり言う人だ、と咲子は思う。

 だが、こんな風に罵られても、どのみち嫁ぎ先でも、常に夫にぶった斬られているので平気なのだが。

 でも、そんなことを、うっかり、この義母に言おうものなら、

「まあ、なんてことっ。
 あなたが嫁ぎ先で大事にされないなんて。
 うちの恥だから帰ってきなさいっ」
と言うに違いない。

 帰ってきなさいと言われたら……

 まあちょっと嫌かも、と咲子は思う。

 行正の言動に未だにビクビクしてしまったりもするが。

 三条家が選びに選んだ使用人たちはみな穏やかで有能だし。

 あの家では一応奥様なので、誰に気兼ねすることなく過ごせる。

 洋間の陽だまりのソファなど、気の向いたところで、好きなときにゴロゴロできるし。

 いつでもお友だちを自由に呼べるし。

 若い女中さんたちとは話が合うし、年配の女中さんたちの豆知識も捨てがたい。

 うん。
 特に実家に帰りたくはないな、と咲子は再確認する。

 最初はとんだ蝋人形の館に来てしまったと思ったものだが。

 蝋人形なのは旦那さまだけで、あとの人は生きているので、特に不自由はなかった。

 まあ、それはともかくとして、なんなの? と弥生子に追求されたので、咲子は、昨夜から気になっていたことを口に出してみた。

「あの、実は私……、人の心にちょっと敏感なのですけれど」

 そんな言い方をしてみる。

 弥生子は質問しておいて、聞いているのかいないのか、黙々と牛繊肉ぎゅうフィレにくを食べていた。

「敏感すぎて、ときに困ることがあって。
 どうして、こんな風になったのかなと、最近思うんですよね」

「あら、なにそれ」
とそこでようやく弥生子は顔を上げた。

「私のせいで、敏感になったって言うの?」

「……いや、言ってないじゃないですか、そんなこと」

「こんな困った継母が来たから、いつもビクビク気を使って。
 人の感情に敏感になったって言うんじゃないの?」

 とんでもございません。

 ……万が一、そんなこと思っていたとしても。

 いや、思っていたとしたら、なおさら、あなた様には申しません。

 より恐ろしい目に遭うのに、と咲子は思っていた。

「お義母さまは、うちの母と比べたら、ずいぶんおやさしいですよ。
 あの人は、とてもとても―― その、自分の考えだけで動く人なので。

 ……今でも」

 離婚して出て行った母とたまに会うことがあるのだが。

 突然、
「やっぱり、お友だちと出かけることにしたから、他の日にして」
と言われたり。

「あなた、今度、山之内子爵のパーティに行くのよね?
 ドレスを百貨店から贈っておいたから、あれを着なさい。

 違うのが用意してある?
 なんでよ。
 あなた、私の娘なのよ。

 ちゃんとした格好してくれないと困るのよ。

 パーティで通りすがりにあんたと出会って、あら、こんなところに娘がってなったら、あなたを人に紹介しなきゃいけなくなるじゃない。

 そのとき、あなたが趣味の悪い服でも着てたら、私のセンスを疑われるわ。

 だから、ちゃんと私が贈った服を着ていきなさいよね」
と言われたりする。

 ……あの、こんなところに娘がって、なんなんですかね?

 何故、娘に通りすがりにしか会わない感じなんですか?

 弥生子が溜息をつき、咲子の実母について語る。

「まあ、美佳子みかこさんは昔から、ああいう感じだから。
 そうね。
 まだ私の方がやさしいかもね」

 お義母様とお母様。

 実は、非常によく似てると思うのですが。

 でもまあ、お義母様の方が他人な分、まだ遠慮してくださってるところがありますよね、と咲子は思う。

 こういう勝手で美しい人が父の好みなのだろう。

 そこで、咲子はふと、実母の悪行(?)の数々を思い出していた。

「そういえば、幼いころ。

 私、あるパーティで海外から一時帰国されたお友だちと久しぶりに会えるのを楽しみにしていたのですが。

 母はおしゃべりに夢中になって、寝ている幼い私を馬車に残したまま、お友だちと降りてしまって。

 御者の人も私に気づかず、私を乗せたまま帰ってしまい。

 私はそのままずっと馬車で寝ていました。

 母はパーティが終わるまで私がいないことに気づかず、そのお友だちには未だに会えてないですね」

「でもそれ、ずっと起きなかったあなたにも問題ない?」

 いやでも、年端としはも行かない幼子おさなごでしたからね……。

「あと、うっかり蔵に私を一緒に連れて入ったことを忘れて閉じ込めたとか。

 そうだ。
 たまたま使用人の方々が、里に帰ったり、急用があったりして、ほとんどいらっしゃらなかった日があったんですけど。

 ばあやとお友だちの家に行っていた私は、嵐になりそうだと言うので、急いで帰宅したのですが。

 家には誰もいなくて、鍵がかかっていて――。

 母が残った使用人たちを引き連れて、買い物に行ってしまっていたんです。

 母は嵐になっても、食事をしたりしていて帰ってこず。
 私は母が戻ってくるまで、ばあやと二人、突風吹き荒ぶ中、家から締め出されていました。

 ……嵐になっているのは知っていたはずなのに。
 家に帰ってくるかもしれない娘のことは、なんにも気にならなかったみたいなんですよね~」

 まあ、普段から、子どものことは使用人たちに任せ切りなので、仕方がないといえば、仕方がないのだが。

 そんな話を聞いていた弥生子は、
「……もう、美佳子さんの方が継母なんじゃないの?」
と言い出す。

 ちなみにこの二人、女学校時代の先輩後輩だ。

「でも、美佳子さんがそんな感じだったのなら。
 あなたが人の感情に敏感になった原因は、少なくとも私じゃなさそうね」

 実の母が原因だろうと暗に言ったあとで。

 咲子がまだアイスクリンと苺のデザートを食べ終わっていないのに立ち上がりながら、弥生子は言う。

「でも、咲子さん。
 あなた全然、人の感情に敏感じゃないわよ」

「えっ?」

「百歩譲って、敏感にわかってるとしても。
 あなた、それで特になんの反応もしないじゃない。

 ずっと、変わりなくぼんやりしてる。
 まあ、だから付き合いやすいんだけどね。

 行くわよ」

「あの、まだ何処か行くのですか?」

「今度、浅野でお祝いの会があるじゃない。
 文子さんの。

 あれ、あなたも行くんでしょう?
 服選んであげるわよ。

 私の娘なのよ。
 私の好みに合わない格好されてたら恥ずかしいわ」

「あの……お母様とお義母さまは実は双子なのではないですか?」

「なに言ってんのよっ。
 私の方が美しいわよっ」

 それ、どっちに言っても、そう言うと思いますね~、と思いながら、咲子も立ち上がる。


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