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蝋人形と暮らしています
では、死ねっ!
しおりを挟む次の日の朝、屋敷ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
清六が昨日、他の仕事先で脚立から落ちて、足を痛めたというのだ。
しばらく来られないから、代わりの者を寄越すという。
「ほう。
どんなご老人が来るのだろうな」
と朝食の席で呟く行正に、
何故、老人限定と咲子は思っていた。
年若い女中のユキ子が、
「清六さんの兄弟子の方が来られるそうですよ」
とちょっと浮かれたように言う。
「私、三条のお屋敷にいたとき、拝見したことがありま……」
そうユキ子が言い終わらないうちに、行正が言った。
「別にいいんじゃないか?
清六が戻るまで、このままで」
えっ? と咲子とユキ子と年配の女中、ハツが訊き返す。
「でも、清六さん、いつ足が治るかわかりませんし。
その間、まったく手入れしないと言うのも――」
だが、行正は威圧的にこちらを見て言う。
「別にいいだろう。
すぐに、どうこうなるわけでもなし」
「いや、でも――」
と咲子は珍しく言い返そうとした。
別にどうしても、庭の手入れをかかさずして欲しいわけではなかったのだが。
何故、そんなことを言うのかが気になったからだ。
行正の心の声は沈黙している。
ふいに行正は立ち上がると、婦人雑誌のひとつを持ってきて、咲子の前に投げつけた。
「この本の身の上相談に書いてある。
下男と浮気してしまった華族の奥方の話がっ」
咲子は激昂する行正に怯えていたが。
女中たちは何故か、かばってくれず。
「さーあ、仕事に戻りましょうか~」
と呑気に言って。
給仕がもう終わっていたこともあり、さっさと行ってしまった。
「ありましたっけね? そんな話。
私、そういうところはよく読んでいないので……」
と言いながら、咲子はその雑誌を手にとった。
「先ほどのユキ子の態度からして、清六の兄弟子は清六以上の男前だろう」
すごい観察眼ですね。
やはり、あなたの方が人の心が読めるのではないですか?
と咲子は苦笑いする。
「お前がなにか問題を起こしたら、三条家の恥。
どうしても、その庭師を呼びたいというのなら、今すぐお前を斬るっ」
――何故っ?
「その方がお前も本望だろう」
今すぐ刀を抜いて、斬りかかってきそうな感じに行正は言う。
なにも本望ではありませんよっ。
何故、庭の木の枝を斬ってもらおうと思っただけで、殺されて本望なのでしょうっ。
咲子は胸にその雑誌を押し当て、とりあえず、心の臓を守ってみた。
『どうしても、雇いたいのか。
では、死ね』
という行正の心の声が聞こえてきた。
いや、別にその会ったこともない人を死んでもいいくらい雇いたい訳ではないんですけど、と思いながら、咲子は、
「あの」
と身を乗り出し、訊いてみる。
「もしかして、最初、使用人を雇わなくてよい、と言ったのは、まさか、私がなにか間違いを犯すと思ったからですか?」
そう言いながら、いやいや、だったら、女中さんは関係ないよな、と思う。
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特に自分は興味なかったし。
「……雇わなくてよいとは言ってない。
そういう意味ではない」
「では、どういう意味なのですか?」
と咲子はさらに身を乗り出して訊いたが、行正は後退していく。
「もう時間だ。
行く」
と立ち上がり、行正はダイニングルームを出て行ってしまった。
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