大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ

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あなたのことだけわかりません

所詮は似たもの夫婦

 
「文子さんも美世子さんも、なんとなくうまくいっててよかったです」

 今日、文子たちを見送ってきたという咲子が微笑んで言う。

 食後にショートケーキを食べながら、行正は思っていた。

 俺たちはうまくいっているのだろうかな、と。

 祠にはうまくいくよう祈ったんだが……。

 そこで、咲子が、
「でも、船での二人旅とか素敵ですね」
と言うので言ってみた。

「俺たちも行ってみるか」
「えっ?」

「ロンドンは無理だが、神戸とか長崎とか」

「素敵ですねっ」
と言いかけた咲子だが、そこで表情をくもらせる。

 こちらを見て顔が強張こわばる。

『船旅というので喜んでしまいましたが。
 行正さんと二人なのですよね?

 間が持てない気がします』

 そこで、なにか考えるように咲子が斜め上を見た。

『常に行正さんと一緒とか、緊迫感あふれる旅になりそうですし。
 やはり、やめた方が良いのでしょうか」

 咲子が今度は、口をへの字に曲げ、俯いた。

『いえいえ、せっかくの旅行。
 行きたいですね。

 なにか良い方法はないでしょうか』

 咲子は少し上を見て、口元に笑みを浮かべた。

『そうだ。
 遠くへの船旅なら荷物も多いですし。

 それを理由にユキ子さんかばあやを連れていけば、二人きりではないですよね。

 でも、荷物を持っていただくのなら、男の方とかの方がいいかもしれません。

 清六さんに船旅についてきてくださるような方を紹介していただきましょう』

「あの」
と咲子が微笑み、こちらを見た。

「船旅は、荷物が……」

「却下だ」

 まだなにも言ってません……という顔を咲子はしたが。

 さっきから咲子の顔を見ながら、想像していた彼女の心の声は、ほぼ間違ってはいない気がした。

 お前といると、俺はサトリになれそうだ――。

 そう行正は思っていた。



 咲子と船旅か、悪くない。

 咲子が眠ったあと、行正はさっきの話を思い出していた。

 まあ、長期の休みはとれないから、この辺りをぐるっと船で回るくらいでもいいが。

 二人きりで旅立ったという文子たちのことを思い出し。

 咲子と二人の海外旅行について考える。

 海外に行くには旅券パスポートが必要だ。

 今は写真を貼ることになっているが。

 少し前までは、人相について書かれているだけだった。

 咲子の人相……。

 行正は、すやすやと眠っている妻の顔を上から眺めてみる。

 俺だったら、なんて旅券に書くかな。

 黒髪、長髪。

 顔小さめ、身長、やや高め。

 目、綺麗。

 鼻、可愛い。

 口、可愛い。

 眉、綺麗。

 肌、つるつる。
 色、白し。

 いや、もっと細かく書きたいな。

 目、見つめられるとクラリと来るくらい澄んでいる。

 鼻、ちょうど良い高さ。
   おいしいものの匂いをすぐに嗅ぎ当てる。

 口、いつも笑っている。
   おいしいものをじっくり味わう。

 眉、人が良さそうな、への字眉。

 肌、触るとしっとりしていて、きめ細かい。

 行正が心の中の旅券を発行していると、真上から覗かれている気配を感じたのか、咲子が、わっ、と目を覚ました。

「ど、どうされたんですかっ?」

「いや……、お前の顔を眺めていた」
と言うと、咲子が、えっ? と小さく驚く。

「こんな時間にですか?」

「こんな時間なら、俺ひとりでお前を見つめられていられるじゃないか」

 事実を述べただけだった。

 他意はなかった。

 だが、咲子は赤くなった。

 しかし、行正はそのことにも気づかなかった。

 まだまだ心の旅券に、人相の特徴を書き足していたからだ。

 だが、ふと、気になり、訊いてみる。

「お前だったら、旅券に俺の特徴、なんて書く?」

 えっ? と咲子は赤くなり、

「いっ、言えませんっ」
と両手を振った。

 ……どんなこと考えてるんだろうな。

 なにもかもが恐ろしい感じです、とか?

 そう行正は思っていたが。

 咲子は、
「なにもかもがお美しく完璧ですっ」
と思っていた。

 所詮、似た者夫婦だった。

「旅券って、今、写真じゃなかったですか?」

「そうなんだが。
 もし、文字でお前を説明するのなら、どんな感じかなと思って」

 咲子はそこで首をひねる。

「なんで、言葉で表現する感じだったんでしょうね?
 江戸の手配書みたいに似顔絵の方がわかりやすかったんじゃないですかね?」

「いちいち描くの大変じゃないか」

 そんな話をしたせいか、翌朝、朝食の席に、咲子が自分の似顔絵を描いて持ってきてくれた。

 なかなかよくできている。

「ほう。
 お前は似顔絵描きになれるな。

 実物より、ちょっと良く描いた方が客に喜ばれるらしいからな」
と行正は笑ったが、咲子は、え? という顔をする。

「いえいえ、私のつたない絵では、行正さんの良さを百万分の一も表せてませんよ」

 咲子は照れもせず、真顔だった。

 本気のようだ。

「そうだ。
 行正さんも、ちょっと私の似顔絵描いてみてくださいませんか?」

 ひょい、と咲子は紙とペンを渡してきた。

 行正は困る。

 実は絵だけは、あまり得意でなかった。

 だが、咲子は期待に満ちた眼差しで見つめている。

「まず、丸いだろ」
と行正は咲子の人の良さそうな輪郭を描いた。

「眉がへの字で」

 へ、をふたつ並べて描く。

「目はいつも笑っている」

 その下に、へ、をもうふたつ描いた。

「鼻は小さく」

 点をひとつ描く。

「口元もいつも笑っている」

 へ、を逆さにしたようなものを点の下に描いた。

 顔周辺に、ぐるっと楕円の半円のようなものを描いて髪とする。

 夫婦で覗き込んだ。

「……誰なんだ、これは」

「なんなんだ、これは、の方が正しいですよ、行正さん」

 雑なへのへのもへじか、なにかの記号のようなものがそこにあった。

 国道1号、あっちこっちそっち、とか矢印がしてある道路方向標、今でいう案内標識にも似ている。

「おかしいな。
 お前の特徴をよく表していると思うんだが」

「……確かに、今、口で説明されていた言葉は、私そっくりな感じでしたけどね」

 描きながら行正が呟いていた咲子の顔の特徴は、ぼんやりした咲子の雰囲気をよく表していたが。

 何故か、できたものは、道に立ててある案内標識だった。

「そうだ。
 お前、よく舶来ものの大きなリボンをつけてるじゃないかっ。
 あれを描いてやろう!」

「あ、そうですねっ。
 あれ、つけたら、きっと私っぽくなりますよねっ」

 行正は咲子によく似合う大きなリボンを描いた。

 案内標識の上に、誰かの忘れ物のリボンが載ったみたいになった。

「……」

「……江戸で、この人相書で手配しても、きっと誰も捕まりませんよね」

 咲子は頷きながら、そう冷静に呟いていた。

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