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わたし、人の心が読めるんです
日本男児たるもの、それは無理っ
「じゃあ、ほんとうはなに考えてたんですか、行正さん」
咲子にそう問われた行正は、
訊くのか、そこで。
ほんとうはなに考えてたのかとか、と身構える。
……しかし、なにを考えていたとか細かいことを訊かれても。
お前にそんな風に見つめられると、俺はいまいち冷静でないからな。
すぐには思い出せないな、と思いながら、行正は呟いた。
「俺の考えていたこと、か」
ちょうどベッドの上だったので、初夜に考えていたことを思い出してみる。
「怯えるな。
悪いようにはしない」
「……それは口に出しておっしゃいましたけど」
「今、冷静に考えると、活動写真で、よく悪党が吐いている台詞のようだな」
そう呟くと、咲子は花のように笑った。
愛らしい!
夫婦ふたりきりの寝室で、こんな話ばかりしているのもどうだろうっ?
もっと違うことをした方がっ。
いやいや、咲子の気持ちの方が大事だ、と行正は抱きしめたい気持ちを抑え、咲子のために思い出そうとする。
「そうだ。
お前が初めて、一晩木に吊るして、濾過した珈琲を淹れてくれたとき」
「……吊るしてません」
そして、今も吊るしてません、と言われる。
いや、その話の印象が強くて、と思いながら、行正は言った。
「あのときのことはよく覚えているぞ。
お前に、俺の心の声がどう聞こえていたかは知らないが」
「『お前の淹れる珈琲、期待している』とおっしゃってたわりには、『この莫迦嫁め』とか思ってらっしゃいましたけど」
「……そこは間違ってない気がするな」
行正は、この莫迦嫁め、と思った事実を素直に認める。
だが、咲子が想像していた行正は、サーベルを手に冷ややかな目で咲子を見下ろし、
『この莫迦嫁め』
と罵っていたが。
実際、行正の思った『この莫迦嫁め』は『愛い奴め』というのと大差なかった。
「……やはり、お前には俺の心の声が聞こえるのだろうかと思うくらい正確だな。
だがまあ、あの珈琲を飲んで、その台詞を吐かない人間はいないと思うから、お前がサトリでなくとも、正解するだろうな」
と言ったあとで、行正は付け足す。
「だが、人の心は複雑なので、それだけを思っていたわけではない」
そう言いかけ、改めて口に出すのは恥ずかしいな、と思っていた。
勇気がいる。
今は、こいつに、ほんとうに心が読めて欲しいと思う。
だが、勇気を出して口から出してこそ、意味があるのだろうとも思っていた。
「お前の淹れてくれた珈琲を飲みながら、笑ってお前と話したい思っていたんだが……。
結局、うまくいかなかったのは、あの珈琲のせいなのか。
それとも――」
それとも? と咲子が自分をじっと見つめてくる。
「それとも……」
咲子が先を聞こうと身を乗り出しすぎる。
そんな愛らしい目で見つめられたら、もう駄目だろう。
こんな場所で、二人きりで、そんな風に無防備に近づいてこられたら――。
行正は結局、続きの言葉は口に出さずに、咲子を抱き締め、口づけた。
あのとき、上手く咲子と会話できなかったのも。
今、話の途中で咲子を襲ってしまったのも同じ理由だ。
一晩吊るされた、ぬるくてまずい。
妻以外の人間が淹れたんだったら、飲めたもんじゃない珈琲をまずくないと感じたのも。
笑顔を浮かべて話せなかったのも。
今、会話の途中で限界を迎えて抱き締めてしまったのも。
すべて、この妻が可愛すぎるからだ――。
だが、咲子は行動より、言葉を欲しがっている気がする。
咲子は話の続きが気になっているようだったが。
もう手を出さずにいるのは無理なうえに。
本心を口に出すことは恥ずかしい。
そもそも、日本男児たるもの、妻を褒めちぎるような言葉をそうポンポン出していいものなのか。
そう思ったとき、警戒心の強そうな文子とあっという間に恋に落ち。
あっという間に彼女を連れ去ってしまったルイスの人の良さそうな笑顔が頭に浮かんだ。
「いいんですよ、妻をホメちぎってー。
ホメないのも、愛を語らないのもダメですよ。
むしろ、失礼ですよー。
行正サン、
アナタ、夫として失格デスッ」
HAHAHAHAHA……と文子の肩を抱き、船に乗っている妄想の中のルイスが笑う。
――あの男の性格、うらやましすぎるっ、と行正は思っていた。
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