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ささやかなるお見合い
もうひとりの課長
しおりを挟む連絡先をどうやって訊こうかな、と思いながら、駿佑が廊下の角を曲がると、ちょうど前から白雪万千湖がやってきた。
ほっそりとしたモデル体型。
茶ががかった、ふわふわっとした髪は肩までで、小さく整った顔をしている。
白雪という名前のせいだろうか。
その肌の白さが引き立つ気がするせいだろうか。
なんとなく黒髪に黒い瞳が似合いそうな雰囲気なのだが、実際には、そうではなかった。
彼女の焦茶色の瞳が自分を見つめる。
おとなしい美人、という雰囲気から一転、コミカルな動きで、顔と手を動かしはじめた。
胸の前で、手でバツ印を作り、顔をしかめて、愉快な顔をする。
次に、手を手首から先だけ動かして派手に振り、やはり、愉快な顔をする。
万千湖の意図が汲み取れたわけではなかったが。
その突拍子もない動きと表情にあっけにとられている間に、別の女子社員が万千湖に話しかけようと追いかけてきたので。
人数が増えたら、話すの面倒だな、と思い、すれ違いざま、万千湖に、
「あとで連絡先寄越せ」
と言って去った。
部長の手前、三度くらいは会わないとな。
俺みたいな面白味のない男がいいなんて言うわけもないから、向こうが振ってくれるだろう。
そう駿佑は思っていた。
他力本願な万千湖もまた、
向こうが振ってくれるだろう、と思っていることも知らずに。
人事の女子社員たちと美味しくランチをいただいて。
おっとーっ。
急いで行ったから、お弁当、冷蔵庫に入れさせてもらうの忘れてたっ、と万千湖はお弁当の包みを手に給湯室へと急ぐ。
すっかり親しくなった鈴加が、
「お弁当あったの?
じゃあ、誘って悪かったね~。
冷蔵庫、今の時期は結構空いてるから入ると思うよ」
と教えてくれていた。
おお、空いてる空いてる。
夏は結構飲み物などが入っているという小さな冷蔵庫は今はスカスカだった。
万千湖が冷蔵庫にお弁当を詰めようとしたとき、
「お疲れ様」
と言いながら、雁夜陸太郎がカップ麺を手にやってきた。
「お疲れ様ですっ」
と万千湖は慌てて立ち上がる。
まだ若いが課長様だ。
立ち上がり頭を下げようとしたのだが、まだ冷蔵庫の棚にのり切っていなかったお弁当がごとりと落ちる。
「あーっ」
逆さにっ、と慌てて、万千湖はそれを拾った。
「あれ? お弁当?
君も昼休み、お昼食べられなかったの?」
と問われ、
「ああいえ、皆さんにランチに誘っていただいたので。
これは夜食べようかと」
と答える間、なにかが聞こえていた。
グーグーとお腹が鳴る音だ。
雁夜が笑顔で、
「そうなんだ?
僕は昼にお客さんがあって、食べそびれてね」
と話している間もずっと鳴っている。
あまりの気にしないっぷりに、別の人のお腹が鳴っているのだろうかと思ったが、他に人はいなかった。
「……雁夜課長、お弁当食べます?」
万千湖は思わず、そう訊いていた。
「いや、美味しくはないかもしれないんですけど。
今、ひっくり返ったし。
でもあの……カップ麺だけでは足らなさそうなので」
そんなことを言うのも失礼かなと思ったのだが、ほんとうに足りなさそうなので、つい、言っていた。
「ほんとうに?
ありがとう。
でも、いいの?
それ、君の晩ごはんじゃないの?」
いえいえ、もったいないので夜食べようと思っただけで、と言うと、
「じゃあ、お金払うよ」
と雁夜は、しょぼい弁当に二千円くれようとする。
「い、いりませんっ。
こちらも食べていただいた方が助かるので。
お弁当箱はその辺に置いておいてください。
あとで取りに来ますからっ」
なおもお金を渡そうとする雁夜から、万千湖は逃げ出そうとした。
すると、雁夜は、
「ありがとう。
じゃあ、今度、なにかお礼するよ」
とご機嫌な顔で言ってきた。
「いや……ほんとに結構です。
まずかったら、残してください。
ではでは」
と行きかけ、万千湖は戻る。
喉渇かないかな? と気になったからだ。
開いたままの戸口からひょいと覗き、
「お茶淹れましょうか?」
と訊く。
雁夜はウキウキした様子でお弁当を開けているところだった。
「大丈夫。
飲みかけのペットボトルのがあるから。
あっ、ちっちゃなオムライスッ」
「……冷凍食品です」
「えだまめもあるっ」
「冷却剤がわりの冷凍食品です……」
「ミートボールもっ」
「……冷蔵のレトルトです」
「卵焼きがっ」
「あ、それは私が作りました」
ちょっとホッとして万千湖は言った。
彼が喜んだものがみな、冷凍食品だったので、申し訳なくなってきたところだったからだ。
雁夜はそれを一口食べ、
「うん、おいしい。
久しぶりに食べたよ、卵焼き。
ありがとう、白雪さん」
と言ってくれる。
さすが人事様。
お見合いしたわけでもないのに、こんな転職してきたばかりの下々のものの名前まで覚えてくださるとは。
「では、失礼します」
と万千湖は頭を下げて出て行った。
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