OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ

文字の大きさ
5 / 125
ささやかなるお見合い

知らない間に……

しおりを挟む
 
 万千湖が出て行ったあと、雁夜はカップ麺を作りながら、万千湖のお弁当をおいしくいただいていた。

「うん、うまい」
と卵焼きをもう一口食べて呟く。

「へえ、白雪さんって料理も得意なのか。
 『ああいう人』って、あんまり料理とかしないのかと思ってた……」
と笑う。

「雁夜、なに独り言言いながら食ってんだ?」

 その声に振り向くと、小鳥遊駿佑たかなし しゅんすけが立っていた。

 給湯室の先にある、その場でいてくれる自動販売機のコーヒーを手にしている。

「いやいや。
 今、おいしいお弁当もらってね」

 ふうん、と言いながら、駿佑はチラとその弁当箱の中を見る。

「……冷凍食品ばっかりだな」

「でもおいしいよ。
 あ、この卵焼きもおいしいよ」

 ちょっとあげるね、と雁夜は少し切って駿佑に渡す。

 駿佑は洗った手で受け取ると、口に放り込み、
「……うん、まあ、悪くない」
と言った。

 でしょ? と雁夜が笑う。



 その頃、駿佑が自分の手料理を知らぬ間に食べていることにも気づかずに。

 万千湖はキーボードを叩きながら、

 今日はランチのこと、日記に書こう。

 そうだ。
 イラストもつけちゃおうかな、などと呑気に考えていた。



 夕方、チラ、と壁の丸時計を見て、万千湖は思う。

 そうだ。
 課長に連絡先を寄越せと言われたんだった。

 よその課とはいえ、相手は上司様。

 一社員としては、素早く要求をこなさねばならないのでは。

 いや、夕方な時点ですでに素早くはなかったのだが……。

 でも今、経理に用事なんてないし、行きづらいなー。

 なにか経理に行く理由になるものはないかな、と万千湖はデスク周辺を見ながら、ゴソゴソした。

「どうしたの? 白雪さん。
 なにか落とした?」

 隣の席の感じのいい男性社員、綿貫わたぬきが訊いてくる。

「あっ、それですよっ」

 万千湖は彼を振り向き、手を打った。
 身を乗り出したせいか、綿貫がちょっと身を引き、赤くなる。

「落とし物ですっ」

「えーと。
 なにを……?」

 親切な綿貫は拾ってくれようとしたようだ。

「消しゴムにしますっ」

「ああ、消しゴムね」
と笑いかけた綿貫だったが、

「……え、消しゴムにします?」
と訊き返してくる。

「そうです。
 消しゴムにしますっ。

 ちょっと出てきますっ」

 万千湖はデスクの上にあった私物の消しゴムと鉛筆をガシッとつかんだ。

「すぐに戻りますっ」
と深々と綿貫に頭を下げる。

「あ、ああ、いってらっしゃい……」

 こういう職場は初めてだ。

 前の職場の人が、
「挨拶とか。
 丁寧すぎるくらい丁寧でいいんじゃないか?

 此処だって同じだろ」
と言っていたので、そのようにしていた。

 ……それで合っているかは知らないのだが。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ほんとうに、そこらで勘弁してくださいっ ~盗聴器が出てきました……~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 盗聴器が出てきました……。 「そこらで勘弁してください」のその後のお話です。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

OL 万千湖さんのささやかなる日常

菱沼あゆ
キャラ文芸
万千湖たちのその後のお話です。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あやかしが家族になりました

山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。 一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。 ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。 そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。 真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。 しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。 家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

処理中です...