OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ

文字の大きさ
39 / 125
ささやかなる弁当

腕時計の意味

しおりを挟む
 
「あんた、腕時計なんてやってたっけ?
 ってか、なんで両方?」

 お昼休み。
 もうお弁当作りは挫折したらしい瑠美に誘われ、万千湖は社食に来ていた。

 今日は自分もお弁当を作れなかったので、ちょうどよかった。

 ちなみに、瑠美に気づかれ、追求された二個の腕時計は、荒縄のあとを隠すためだった。

 片方はブレスレットにしたかったのだが、細いのだとなにも隠れないし。

 ゴツいのだと、
「なんでそんなのやってきてんのよ、生意気~」
と瑠美に言われそうな気がしたので、やめたのだ。

 だが、どのみち、時計でも同じことだったようだ。

 瑠美に、何故、二個もやっているのかと問われ、万千湖は返答に詰まる。

「えーと……。
 日本時間と……

 フィンランドの時間です」

「……なんでフィンランドよ」

「……ム、ムーミンが好きなので?」
と疑問系で言ってしまう。

「ムーミン谷はスウェーデンじゃないの?」

「違いますよ。
 ムーミン谷はみんなの心の中にあるんですよ」
と後ろのテーブルに座っていた福田鈴加すずかが口を挟んできて、瑠美と鈴加で、ムーミン谷は何処かで揉めはじめた。

 ……よかった。
 話、それた、と思いながら、万千湖は周囲を見回す。
 
 駿佑は家からとってきた包帯を片腕に巻いているはずだった。

 万千湖のように両腕に縄のあとがあるわけではなかったので、片腕ですんで違和感もなく、

「ちょっとフライパンでやけどした」
と説明しているようだった。

「やだ、課長、料理もされるんですか~っ?」
と何故か女子社員たちにモテてているようだったが……。

 そちらを見ている間に、ムーミン谷論争は終わっていたようで、
「あら、いいじゃない、そのピンクの方の時計。
 ちょっと貸しなさいよ」
と瑠美が今にも奪い取りそうな感じに言ってきた。

「……なんか渡したら、返って来なさそうなんですけど。
 あら、私の方が似合うわとか言って」

 外すわけにはいかないので、万千湖はピンクの時計がはまっている方の手首を押さえてそう言う。

「そうね、きっと言うわ。
 きっと私の方が似合うから」
と、このジャイア○様はのたまう。

「いや~、実はこれ、入社祝いにプロ……

 近所のおじさんがくれたやつなんで……」

 あやうくプロデューサーが、って言うところだった……。

 それ以前に本人に聞かれたら、誰がおじさんだっ、と怒られそうだったが。

 そのプロデューサーには、
「俺は、お前の今後が一番心配だ……」
と言って送り出された。

 よく我々のことも怒っていたが、そもそも気の短い人だった、と万千湖はプロデューサー、黒岩兼人くろいわ かねとのことを思い出す。

 勤めていた大手芸能事務所を喧嘩して飛び出し、実家に戻っていたとき、たまたま、あの商店街のイベントがあったのだ。

 近所のじいさんに甘味処で汁粉をおごられ、その恩により、働かされていたようだ。

 ああいう人でも、地元で昔世話になったじいさんたちには頭が上がらないらしい。

 実際、彼はかなりの敏腕プロデューサーで。
 右も左もわからない商店街出身の少人数ご当地アイドルを全国でもそこそこ名が売れるまでに引き上げてくれた。

「お前たちのおかげで忍耐力がついた」
と言っていた黒岩は、前の事務所で喧嘩した人に、

「暇になったのなら、戻ってこい」
と言われ、反発することなく、戻っていった。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ほんとうに、そこらで勘弁してくださいっ ~盗聴器が出てきました……~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 盗聴器が出てきました……。 「そこらで勘弁してください」のその後のお話です。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

OL 万千湖さんのささやかなる日常

菱沼あゆ
キャラ文芸
万千湖たちのその後のお話です。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あやかしが家族になりました

山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。 一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。 ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。 そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。 真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。 しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。 家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

処理中です...