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ささやかなる弁当
腕時計の意味
しおりを挟む「あんた、腕時計なんてやってたっけ?
ってか、なんで両方?」
お昼休み。
もうお弁当作りは挫折したらしい瑠美に誘われ、万千湖は社食に来ていた。
今日は自分もお弁当を作れなかったので、ちょうどよかった。
ちなみに、瑠美に気づかれ、追求された二個の腕時計は、荒縄のあとを隠すためだった。
片方はブレスレットにしたかったのだが、細いのだとなにも隠れないし。
ゴツいのだと、
「なんでそんなのやってきてんのよ、生意気~」
と瑠美に言われそうな気がしたので、やめたのだ。
だが、どのみち、時計でも同じことだったようだ。
瑠美に、何故、二個もやっているのかと問われ、万千湖は返答に詰まる。
「えーと……。
日本時間と……
フィンランドの時間です」
「……なんでフィンランドよ」
「……ム、ムーミンが好きなので?」
と疑問系で言ってしまう。
「ムーミン谷はスウェーデンじゃないの?」
「違いますよ。
ムーミン谷はみんなの心の中にあるんですよ」
と後ろのテーブルに座っていた福田鈴加が口を挟んできて、瑠美と鈴加で、ムーミン谷は何処かで揉めはじめた。
……よかった。
話、それた、と思いながら、万千湖は周囲を見回す。
駿佑は家からとってきた包帯を片腕に巻いているはずだった。
万千湖のように両腕に縄のあとがあるわけではなかったので、片腕ですんで違和感もなく、
「ちょっとフライパンでやけどした」
と説明しているようだった。
「やだ、課長、料理もされるんですか~っ?」
と何故か女子社員たちにモテてているようだったが……。
そちらを見ている間に、ムーミン谷論争は終わっていたようで、
「あら、いいじゃない、そのピンクの方の時計。
ちょっと貸しなさいよ」
と瑠美が今にも奪い取りそうな感じに言ってきた。
「……なんか渡したら、返って来なさそうなんですけど。
あら、私の方が似合うわとか言って」
外すわけにはいかないので、万千湖はピンクの時計がはまっている方の手首を押さえてそう言う。
「そうね、きっと言うわ。
きっと私の方が似合うから」
と、このジャイア○様はのたまう。
「いや~、実はこれ、入社祝いにプロ……
近所のおじさんがくれたやつなんで……」
あやうくプロデューサーが、って言うところだった……。
それ以前に本人に聞かれたら、誰がおじさんだっ、と怒られそうだったが。
そのプロデューサーには、
「俺は、お前の今後が一番心配だ……」
と言って送り出された。
よく我々のことも怒っていたが、そもそも気の短い人だった、と万千湖はプロデューサー、黒岩兼人のことを思い出す。
勤めていた大手芸能事務所を喧嘩して飛び出し、実家に戻っていたとき、たまたま、あの商店街のイベントがあったのだ。
近所のじいさんに甘味処で汁粉をおごられ、その恩により、働かされていたようだ。
ああいう人でも、地元で昔世話になったじいさんたちには頭が上がらないらしい。
実際、彼はかなりの敏腕プロデューサーで。
右も左もわからない商店街出身の少人数ご当地アイドルを全国でもそこそこ名が売れるまでに引き上げてくれた。
「お前たちのおかげで忍耐力がついた」
と言っていた黒岩は、前の事務所で喧嘩した人に、
「暇になったのなら、戻ってこい」
と言われ、反発することなく、戻っていった。
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