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ささやかなる弁当

来なさいよ、イケメン探しにっ

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 お昼休みが終わる頃、出先で食事を済ませ、戻ってきた雁夜が給湯室に行くと、女子社員たちが話しているのが聞こえてきた。

「そうだ。
 最近、途中入社してきた白雪さんってさ」

 ん?
 マチカの話? と雁夜は乳酸菌サプリを手にしたまま足を止める。

「フィンランドに彼氏がいるらしいよ」

「えー、そうなんだー」

「それで、フィンランドの時間を知るために、腕時計をふたつつけてるんだって」

 実は、社食で話を聞きかじった人が、『フィンランド』と『好きなので』しか聞いていなかったのだ。

 万千湖が聞いていたら、
「それだと私の彼氏はムーミンになってしまいますっ」
と叫んでいたことだろう。

 すごいねーとなにがすごいのか、彼女らはひとしきり話し、出て行こうとした。

 雁夜に気づき、赤くなると、
「おっ、お疲れ様ですっ」
と頭を下げて去っていく。

 彼女たちを見送りながら、雁夜は少し考えた。

 サプリを飲んだあと、経理を覗いてみる。

 まだ昼休みは終わっていないのに、駿佑はもう仕事をはじめていた。

 じっと見ている自分に気づき、
「どうかしたのか?」
と訊いてくる。

「いや、お前、フィンランドに行ったのかと思って」
と突然言って、

 何故、フィンランドッ? という顔で見られてしまった。



 軽く化粧直しをした万千湖は瑠美たちに遅れてロッカールームを出た。

 鼻歌を歌いながら、廊下を歩いていると、スマホが鳴る。

 誰だろう。
 お母さんかな。

 でも、いきなり、土地が広がったから大丈夫よ、なんてないだろうしな。

 万千湖の頭の中で、地殻変動により、実家の土地が隆起したが、山のようになっただけだった。

 ますます家、建てられなくなったな……と平地でなくなった我が家を思い描きながら、万千湖は相手も確認せずに、はい、と出る。

「お疲れ。
 黒岩だが」

 ひっ、黒岩さんっ。

 噂をすれば影とはこのことか。

 いや、頭の中で思い出しただけなんだが。

 かけてきたのは、「太陽と海」のプロデューサーをやっていた黒岩だった。

 もう一緒に仕事をしているわけでもないのに、またなにか怒られるのではっ、と怯える。

「おはようございますっ。
 お疲れ様ですっ」
と言いながら、万千湖は慌ててロッカールームに引き返した。

 え? 今、昼だよ、という感じに、通りすがった綿貫が見ていたが、昔の癖だ。

 芸能界、いつでも、おはようございます、は都市伝説ではなかった。

「サヤカが活動再開したの知ってるか」

 唐突に黒岩はそう言ってきた。

「は、はい。
 この間、たまたま住宅展示場で会いまして」

「……住宅展示場? なにやってるんだ、お前は。
 風船でも配ってたのか」
と言われる。

 この人の頭の中では、私、うさぎの着ぐるみとかに入ってそうだな、と思いながら、万千湖は言った。

「いえいえ、家を見に行ったんです」

「なんでだ」

「……えーと。
 実家、建て替えるので」

 ほんとうはクレープにつられて行っただけだったんですが。
 1800万円の買い物をしてしまいましたよ。

 恐ろしいクレープだった……。

 タダより高いものはないというのは本当だ、と思う万千湖に、黒岩が訊く。

「実家?
 お前、今、OLになって一人暮らししてるんだろ?」

「はい。
 すべて黒岩さんのおかげです。
 ありがとうございます」

「いや、新田にったが知り合いの会社で中途採用の試験があると教えてくれただけだから」

 新田というのは、黒岩が喧嘩して飛び出した相手だ。

「お前は大学もそこそこのところを出てるし。
 俺は試験があることを教えただけだ。
 あとは自分の頑張りだろ」

 親に、いつまでアイドルで食べていけると思ってんの、とお尻を叩かれ、忙しい中、頑張って、それなりの大学を卒業したのは無駄ではなかったようだ。

「……でも、黒岩さんや新田さんに採用試験があることを教えていただけたから、試験受けられたわけですし」

 ほんとうにありがとうございました、と万千湖は見えていないだろうが、頭を下げる。

「まあ、確かに、縁って大事だよな。
 最近、しみじみそう思うよ」

 最初の頃に比べて、ちょっとだけ丸くなった気がしないでもないでもない黒岩がそんなことを言う。

 なんだかんだで、どうしているか心配になって、みんなのところにかけているのかもしれないなと思った。

「ありがとうございました、黒岩さん」

「マチカ……。
 いや、もう万千湖だったな。

 お前たちのおかげで俺も成長できた気がする。
 我慢と忍耐という言葉を覚えたよ」

 重ね重ね、どうもすみません、と思ったとき、バン、とロッカールームの扉が開いた。

「万千湖っ。
 まだここにいたのっ?

 いよいよ、第一日曜よっ。
 来なさいよ、イケメン探しにっ」

 あんたのなんだかわからないけど、ラッキーそうなところを私のために使うのよっ、と瑠美が言う。

「いやあのー、私、宝くじ外れたみたいなんで……」

 あんまりラッキーじゃないかもです、と言ったが、

「そうなのっ?
 じゃあ、運がまだ、あまってるじゃないっ。
 それを私のために使いなさいよっ」
と言ってくる。

 ……あなたの運は何処へ行ったのですか、と思っている間にいなくなった。

「楽しそうな職場だな……」
と黒岩が言う。

 ……はい、と言ったあと、もう一度礼を言って、万千湖は電話を切った。


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