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ささやかなる弁当

引っ越しまでに物を減らさなければっ

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『おうちの契約をしました。

 課長が100均で500円の収納ボックスを店にあるだけ買ってくれようとしました。

 課長は太っ腹だと思います』
と万千湖は日記に買いた。

 駿佑が読んだら、
「いや待てっ。
 家の支払いの大部分立て替えてる方が太っ腹だろっ」
と叫びそうだったが。

 万千湖にとっては、紙の上の数字としてしか見ない巨額の金より、目の前で払われる500円×20個の代金の方が大金だった。
 


 だが、まあ、今は物を増やすのはやめよう、と万千湖は思う。

 万千湖たちの家はモデルハウスを移築するものだ。

 結構早くに建ってしまう。

 引越し作業を楽にするためにも、どちらかと言えば、物は減らさなければな、と万千湖は思っていた。

 で、そんなこんなでバタバタしているうちに、地鎮祭の日がやってきた。



「地鎮祭をやるんだが」

 突然、息子からそんな電話がかかってきた駿佑の母、美雪みゆきは、

 いやいや。
 その前にやることがあるだろう、と思っていた。

「あんた結婚式は?」
と訊いてみたが、

「……まあ、またおいおい」
と誤魔化されてしまう。

 さっさと電話を切られ、不満に思っていた美雪だが、

 はっ、まさかっ、とあることに思い当たる。

 ああ見えて、マチカさん、アイドルだったから……

「……いや、あの、万千湖でお願いします。
 それと、ああ見えて、ってなんでしょう……」
と万千湖に突っ込まれた気がしたが、そこはスルーして思う。

 マチカさん、アイドルだったから。
 結婚したとか知れたら、ファンの子にマチカさんが刺されるとかっ。

 駿佑が刺されるとかっ、と母の妄想は突き進む。

 実際にはマチカのファンは、

 マチカちゃんに幸せになってねって言われたから、自分たちも幸せにならなければっ、と思うようなファンがほとんどだったのだが。

 妄想が突っ走った母、美雪は、駿佑たちにとって、都合がいいのか悪いのか。

 二人の安全のために、これ以上、結婚話には首を突っ込むまい、と思ってしまった。

 だって、あの駿佑が女の子連れてくるなんて、それだけで奇跡的なことだしね。

 息子がどのくらいの朴念仁ぼくねんじんなのか、よくわかっている母だからこそ、万千湖に深く感謝していた。


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