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ささやかなる見学会
万千湖、フリーズ
しおりを挟む数十分後、万千湖たちは山の中の公園にいた。
凍えるように寒い夜の公園。
近くに子どもたちが遊べる大掛かりな遊具がたくさんあるので、昼間は賑わっているのだろうが。
夜景が見えるわけでもないので、今は誰もいない。
まあ、今、子どもがいたらいたで、それは生きてはいない人な気がするしな……と思いながら、万千湖は広い公園の中、駿佑の後をついて歩く。
隅に小さなステージがあった。
ここでイベントなんかがあるのだろう。
懐かしいな、と万千湖は眺めた。
よくみんなで、こんなステージに立っていた、と仲間たちの幻をそこに見て目を細めたとき、駿佑が万千湖を見つめ、言ってきた。
「ここで歌ってくれ、白雪。
いや、マチカ。
俺一人のために歌ってくれ」
それが指輪代だ、と駿佑は言う。
「えっ?
でも、私のギャラなんて、そんなによくないですよ?」
一回のステージであの指輪代をもらえるなんて、人気の演歌歌手くらいでは……?
そう万千湖は思ったが、駿佑は、
「いいから、歌え」
と言うと、ステージ前にある冷たい石のベンチのひとつに腰かけてしまう。
万千湖は戸惑いながらもステージに上がる。
「な、なにを歌いしましょうか?
あっ、私の曲なんてそんなに知らないですよね?」
だが、駿佑はかなり迷ったあとで、
「何曲までオッケーだ?」
と訊いてきた。
「え、えーと……
何曲でも」
と万千湖は答える。
「じゃあ、最初は『涙のショコラティエ』で。
次も手堅い曲がいいな、『マイスター』にしようか。
ここらで雰囲気を和ませるために『商店街サバイバル』。
そのあと、ちょっとバラードが欲しいから、『アロマ・デイズ』で」
いや、客はひとりなんで。
ライブ風の構成にしなくても。
あなた黒岩さんですか……と苦笑いしながらも、万千湖はその順番で歌った。
駿佑は黙って聴いている。
なんでしょう。
眼光鋭すぎて、オーディションみたいなんですけど。
いや、知り合いばかりの商店街のオーディションしか受けたことがないので、こういう審査員がいるかは知らないのですが……。
あのときは、審査員の半数がふるまい酒で赤ら顔になってたしな。
「アロマ・デイズ」は万千湖のソロ部分も多く、もともと歌い込んでいたので、いい感じに歌えた。
その経験を次に生かすことはもうできないが、自分でも満足にできたな、と思ったとき、無表情に見ていた駿佑が手を叩いた。
えっ、と万千湖は駿佑を見る。
駿佑はステージにいる万千湖を見上げていった。
「満足だ。
俺はお前のファンなのだろうかな?」
駿佑の言葉とも思えないセリフに万千湖はフリーズする。
「だが、何故か、舞台の上で輝いているお前より、古本屋で本見てるお前や、鉄板焼きの店でテンション高く酒選んでるお前や、冷凍食品をせっせと爆発させてるお前の方を好ましく感じる」
……爆発はさせてません。
「お前といると、不思議と寒さも感じない。
何故なんだろうな」
……何故なんでしょうね。
そういえば、私も感じません。
いや、私は歌って踊りすぎたせいかもしれませんけどね……。
むしろ、息が上がってます、と万千湖は思っていた。
「帰ろうか」
と駿佑は立ち上がる。
駐車場で車のドアを開けかけて、
「ああ、そうだ」
と言う。
「指輪、はめてやろう」
「えっ? あ、は、はいっ」
と万千湖は助手席に大事に置いていた指輪の入った小さな紙袋を渡す。
吐く息白い、夜の山。
そういえば、街中より綺麗に見える気がする星空の下で。
駿佑は指輪の入った箱を取り出し、万千湖の薬指にあの可愛い指輪をはめてくれた。
……薬指にはめられると、ほんとうに婚約指輪みたいだな。
でも、普段、指輪ってつけないから、他につける指思いつかないし。
そういえば、はめてみてピッタリだったから、そのまま持ち帰れたけど。
店員さんも極自然に薬指にはめてたな……。
……ところで、これは結局、なに指輪なんだろうな。
婚約指輪じゃないから、
……同居人指輪?
いや、なんだ、それ。
そんなことをいろいろ思う惑う万千湖の指をじっと見つめて駿佑は言う。
「長くて綺麗な指だな」
「えっ? は、はい、ありがとうございますっ」
「ピアノとかすごい弾けそうだが、弾けないんだろうな」
駿佑は、ものすごい偏見を吐いたあと、万千湖の手を離すと、
「じゃあ、帰るか」
と言う。
「……あ、はい」
なんだかよくかわらないまま、車に乗り込む。
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