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ささやかなる見学会

指輪をはめろ

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 次の日、職場の廊下で駿佑と出会った。

 チラと万千湖の指を見て言う。

「……はめてないのか」

「指、もがれます」

「ここ、海外じゃないぞ」

「瑠美さんたちにもがれます」

「つけてないと、綿貫と雁夜が来るじゃないか」

 いや、何故ですか……と思っている間に駿佑は通り過ぎていった。



 昼休み、実は持ってきていた指輪を万千湖は、人気のないロッカールームで、そっとはめてみた。

「あっ、なにそれ可愛いっ」
といきなり間近で瑠美の声がする。

 ひっ、今、何処から湧いてきましたっ!?

「やだっ、婚約指輪っ?」

 そう言いながら、瑠美は万千湖の手をつかむ。

「ち、違いますっ」
「じゃあ、なんで、薬指にはめてんのよっ」

「この指にぴったりだったからですっ」

 そして、他のどの指にはめていいかわからないからですっ、と万千湖が思ったとき、瑠美が叫んだ。

「嫌だ、可愛いっ。
 許せない~っ。

 私も婚約したいっ。
 こういうのくれる彼氏欲しいっ。

 っていうか、この指輪が欲しい~っ!」

 いや、あげませんよっ!?
と万千湖が思ったとき、パタン、といきなり後ろでロッカーを閉める音がした。

 安江だ。

 だから、なんでいつも気配しないんですかっ、安江さんっ。

 あなた、忍者の末裔ですかっ!?

 安江は瑠美と万千湖を向いて言う。

「自分で買えばいいじゃないの、指輪くらい。
 その方が好きなもの買えるでしょ。

 でも、見せて」

 万千湖が安江の手に指輪を渡すと、安江は鑑定するかのようにそれを眺めたあとで訊いてくる。

「刻印とかしてないの?」

 婚約指輪でもイニシャルなど入れる人もいるようだったが。

 いや、だからこれ、同居人指輪なんで……と思いながら、万千湖は、

「ああ、はい」
と答える。

 ありがとう、と万千湖の手に指輪を返しながら、安江は言った。

「まあ、刻印とかしちゃったら、売りにくいわよね」

 ……いや、売る予定はないです。

 あるとしたら、家の借金が返せないときだろうかな、と万千湖は思う。

 だが、課長に借金を返すために、課長からもらった指輪を売り飛ばすというのも妙な話だ。

 そのとき、腕組みして指輪を眺めていた瑠美が言った。

「そういえば、男は婚約指輪はめないわよね。
 何故かしら。

 逃げられたら困るじゃない。
 ねえ?」

 いや、指輪はめたら逃げないわけでもないと思いますけどね……と思いながら、万千湖は考える。

 同居人指輪か。

 だったら、私も課長に同居人として、なにかプレゼントすべきだろうかな、と。


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