冷たい舌

菱沼あゆ

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予兆

大惨事

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 ん? 此処は。
 目を覚ました透子は違和感を覚えた。

 自分の布団と違う手触りと匂い。

「おはよう、よく眠れたようだな」
 その声に飛び起きる。

 見ると、既に日の光の射し始めた窓辺に背を預け、和尚が不機嫌に見下ろしていた。

「ちょうど起こそうと思っていたところだ。
 そろそろ坊主どもが起き出すからな」

 ……夕べ、夕べ、えーっと!
と透子は慌てて己れの記憶を辿る。

 そうか、あの夢を見て、つい、和尚のとこに来ちゃったんだ。

 透子は急いで布団から出て三つ指をついた。

「ごめんなさい~。
 布団占領しちゃって」

 頭の上で、和尚の溜息が聞こえた。

「……他に謝ることはないのか」

 は? と顔を上げようとしたとき、羽織ってきていた薄手のカーディガンを投げつけられた。

「送っていくから、早くしろ。
 親父、年だから、最近、やたら朝が早いんだ。

 見つかったら、お前、なに言われるか」

 そっとドアを開けた和尚について行こうとしたが、彼は何故かそこで留まった。

 急に止まったので、その背にぶつかり、透子は鼻を押さえる。

「もう~、どうしたの?」
と、つい、その脇から顔を出し、覗いて訊いていた。

 透子の顔面を、和尚が手をやって押し戻そうとしたが、遅かった。

 縁側から少し離れた灯籠の前に忠尚が立っていた。

 トイレにでも行こうとしたのだろう。

 いっそ、義隆の方がよかったかもしれない。

「とっ、透子―っ!」

 忠尚の絶叫に混じり、和尚の力ない声が廊下に響いた。

「ばか……」 

 
 三十分もしないうちに、透子の家のリビングは大騒ぎになっていた。

「知ってたんなら止めてよ。公人さん」
 叫ぶ義隆に、公人はすげなく言い返す。

「なんじゃい別に。
 子どもじゃあるまいし。

 わしが口出しすることじゃあるまい」

「なんだってそう、ときどきオープンなの? 普段は口煩いくせに」

 そう言って、一気に潤子の出してくれた冷たい抹茶をあおった。

「だいたい、それならさ。
 見合いする前に言ってくれればよかったじゃない」

 そう公人に詰め寄る義隆の手に握られていたグラスには、いつの間にか、ビールが注がれている。

 義隆はそれには気づかず、やけのようにあおった。

「本人たちが言いたくないというものを仕方あるまい」

「ちょっとお祖父ちゃん!?」

 勝手な創作するなと止めに行こうとした透子の足を和尚が引っかけた。

 よろけた透子は和尚の座っているソファの背を掴む。

 なにようっ、と見上げると、正面を向いたまま和尚は言った。

「お前、俺と付き合ってることにしとけ」

「なんでよ?」

「そしたら、もう見合いを勧められることもないじゃないか」

「そ、それもそうね。
 ……じゃなくてっ」

 ぶすくれて後ろの壁の前にしゃがんでいた忠尚がその台詞を聞き咎めた。

「和尚っ! お前っ」

 振り返った透子は何故か頭を押さえてしゃがみこんでいる忠尚に気がついた。

「どうしたの?」
と問うてみたが、忠尚は声も出さない。

「なにやっとんじゃ、お前等は」
 公人が振り返る。

 和尚は落ち着いた声で言った。

「騒ぎになってすまなかった。
 でも、別になんでもない。

 この馬鹿がまた、居眠りこいてるうちに朝になっただけだから」

 他に言い様はないのかと思っていると、

「まあ、勘違いさせたのは悪かった。
 親父に恥をかかせたのも済まなかったと思ってる。

 だから、透子と結婚しようと思うんだが」

 は?

 一瞬、全員が固まった。

「なんだって?
 お前、話の繋がりが見えないぞ」

 若いせいか、一番反応の速い龍也が問うた。

 和尚は、いつもの、しれっとした顔で言う。

「一応、傷物にしたんだろうから、俺が責任取ると言ってるんだ」

「傷物って……」

「評判に傷がついたろう。
 まあ、もともとこいつの評判なんてあってなきの如しだったがな。

 龍神の巫女様とは名ばかりで、派手なナリでカウンタックをぶっとばすし、いっつもちゃらちゃら男といるし」

「……あんた一体、誰の味方なの?」

 和尚は一瞬首を傾げて、お前以外? と何故か疑問系で言った。

「まあ、詳しい話はまたにするとして、参拝の時間なんで」

 口を開けたままの両家の親族の前で、平気な顔で立ち上がると、
「行くぞ、透子」
と言う。

「あ、はいっ」
 条件反射で立ち上がってから、なんだかまるで結婚まで承諾したようだと思ったとき、忠尚が頭を押さえたまま叫んだ。

「ちょっと待てっ。
 なんで、そこまで話が飛ぶんだ!

 お前、勝手に都合よく話進めてんじゃねえよっ」

 何故か龍也がそれに加勢する。

「俺知ってんだぞ、お前、透子に近づく男を全部追い払ってるだろう!

 中学んときだって、高校んときだって! 斉上さんだって、結局、お前が追い払ったんだろ!」

 斉上さん? なんでそこに斉上さんが出てくるの?

「それがどうした。
 透子は龍神の巫女だぞ。

 おかしな男を近寄らせられるか」

「お前も都合のいいときだけ、透子を巫女にすんなよ。
 じゃあ、お前は透子に指一本、触れたことないのかよ!」

 そう問われて、和尚は瞬間、詰まった。
 龍也は言葉を選びながら、恐る恐る訊いてくる。

「お前、透子になんかしたこと、あるな?」

「……それがどうした」

「おっ、お前、開き直るなよ!」

「かかか、和ちゃん……?」
 いかん、親まで動揺している。

 慌てて、和尚の法衣の袖を引いたが、和尚は龍也と睨み合ったままだった。

「だから、責任取って結婚してやるよ、それでいいんだろ? シスコン龍也!

 お前も少しは、他所の女に目を向けろよっ」

「なんだとー!?」

 和尚ーっ! と義隆と忠尚の怒号が龍也の声に被さった。

 振り向くと、潤子も大河も固まったままだ。

「おおお、お母さん、お父さん、あのっ、私、和尚とは別にっ」

「まあまあ、透子。
 ああして和尚も言っとることじゃし、此処はひとつ、和尚が養子に来てこの神社を継ぐってことでどうじゃ?」

 振り返り、公人は、にたりと笑う。

「お祖父ちゃん~っ!?」

 くそっ、嵌められたっ!

 どうも公人は透子が出て行くのに気づいていて、見逃したらしかった。

 最初から、こうする計画だったに違いない。

 透子は巫女にあるまじき罵りの言葉を上げながら、和尚に引きずって行かれた。



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