33 / 80
予兆
大惨事
しおりを挟むん? 此処は。
目を覚ました透子は違和感を覚えた。
自分の布団と違う手触りと匂い。
「おはよう、よく眠れたようだな」
その声に飛び起きる。
見ると、既に日の光の射し始めた窓辺に背を預け、和尚が不機嫌に見下ろしていた。
「ちょうど起こそうと思っていたところだ。
そろそろ坊主どもが起き出すからな」
……夕べ、夕べ、えーっと!
と透子は慌てて己れの記憶を辿る。
そうか、あの夢を見て、つい、和尚のとこに来ちゃったんだ。
透子は急いで布団から出て三つ指をついた。
「ごめんなさい~。
布団占領しちゃって」
頭の上で、和尚の溜息が聞こえた。
「……他に謝ることはないのか」
は? と顔を上げようとしたとき、羽織ってきていた薄手のカーディガンを投げつけられた。
「送っていくから、早くしろ。
親父、年だから、最近、やたら朝が早いんだ。
見つかったら、お前、なに言われるか」
そっとドアを開けた和尚について行こうとしたが、彼は何故かそこで留まった。
急に止まったので、その背にぶつかり、透子は鼻を押さえる。
「もう~、どうしたの?」
と、つい、その脇から顔を出し、覗いて訊いていた。
透子の顔面を、和尚が手をやって押し戻そうとしたが、遅かった。
縁側から少し離れた灯籠の前に忠尚が立っていた。
トイレにでも行こうとしたのだろう。
いっそ、義隆の方がよかったかもしれない。
「とっ、透子―っ!」
忠尚の絶叫に混じり、和尚の力ない声が廊下に響いた。
「ばか……」
三十分もしないうちに、透子の家のリビングは大騒ぎになっていた。
「知ってたんなら止めてよ。公人さん」
叫ぶ義隆に、公人はすげなく言い返す。
「なんじゃい別に。
子どもじゃあるまいし。
わしが口出しすることじゃあるまい」
「なんだってそう、ときどきオープンなの? 普段は口煩いくせに」
そう言って、一気に潤子の出してくれた冷たい抹茶をあおった。
「だいたい、それならさ。
見合いする前に言ってくれればよかったじゃない」
そう公人に詰め寄る義隆の手に握られていたグラスには、いつの間にか、ビールが注がれている。
義隆はそれには気づかず、やけのようにあおった。
「本人たちが言いたくないというものを仕方あるまい」
「ちょっとお祖父ちゃん!?」
勝手な創作するなと止めに行こうとした透子の足を和尚が引っかけた。
よろけた透子は和尚の座っているソファの背を掴む。
なにようっ、と見上げると、正面を向いたまま和尚は言った。
「お前、俺と付き合ってることにしとけ」
「なんでよ?」
「そしたら、もう見合いを勧められることもないじゃないか」
「そ、それもそうね。
……じゃなくてっ」
ぶすくれて後ろの壁の前にしゃがんでいた忠尚がその台詞を聞き咎めた。
「和尚っ! お前っ」
振り返った透子は何故か頭を押さえてしゃがみこんでいる忠尚に気がついた。
「どうしたの?」
と問うてみたが、忠尚は声も出さない。
「なにやっとんじゃ、お前等は」
公人が振り返る。
和尚は落ち着いた声で言った。
「騒ぎになってすまなかった。
でも、別になんでもない。
この馬鹿がまた、居眠りこいてるうちに朝になっただけだから」
他に言い様はないのかと思っていると、
「まあ、勘違いさせたのは悪かった。
親父に恥をかかせたのも済まなかったと思ってる。
だから、透子と結婚しようと思うんだが」
は?
一瞬、全員が固まった。
「なんだって?
お前、話の繋がりが見えないぞ」
若いせいか、一番反応の速い龍也が問うた。
和尚は、いつもの、しれっとした顔で言う。
「一応、傷物にしたんだろうから、俺が責任取ると言ってるんだ」
「傷物って……」
「評判に傷がついたろう。
まあ、もともとこいつの評判なんてあってなきの如しだったがな。
龍神の巫女様とは名ばかりで、派手なナリでカウンタックをぶっとばすし、いっつもちゃらちゃら男といるし」
「……あんた一体、誰の味方なの?」
和尚は一瞬首を傾げて、お前以外? と何故か疑問系で言った。
「まあ、詳しい話はまたにするとして、参拝の時間なんで」
口を開けたままの両家の親族の前で、平気な顔で立ち上がると、
「行くぞ、透子」
と言う。
「あ、はいっ」
条件反射で立ち上がってから、なんだかまるで結婚まで承諾したようだと思ったとき、忠尚が頭を押さえたまま叫んだ。
「ちょっと待てっ。
なんで、そこまで話が飛ぶんだ!
お前、勝手に都合よく話進めてんじゃねえよっ」
何故か龍也がそれに加勢する。
「俺知ってんだぞ、お前、透子に近づく男を全部追い払ってるだろう!
中学んときだって、高校んときだって! 斉上さんだって、結局、お前が追い払ったんだろ!」
斉上さん? なんでそこに斉上さんが出てくるの?
「それがどうした。
透子は龍神の巫女だぞ。
おかしな男を近寄らせられるか」
「お前も都合のいいときだけ、透子を巫女にすんなよ。
じゃあ、お前は透子に指一本、触れたことないのかよ!」
そう問われて、和尚は瞬間、詰まった。
龍也は言葉を選びながら、恐る恐る訊いてくる。
「お前、透子になんかしたこと、あるな?」
「……それがどうした」
「おっ、お前、開き直るなよ!」
「かかか、和ちゃん……?」
いかん、親まで動揺している。
慌てて、和尚の法衣の袖を引いたが、和尚は龍也と睨み合ったままだった。
「だから、責任取って結婚してやるよ、それでいいんだろ? シスコン龍也!
お前も少しは、他所の女に目を向けろよっ」
「なんだとー!?」
和尚ーっ! と義隆と忠尚の怒号が龍也の声に被さった。
振り向くと、潤子も大河も固まったままだ。
「おおお、お母さん、お父さん、あのっ、私、和尚とは別にっ」
「まあまあ、透子。
ああして和尚も言っとることじゃし、此処はひとつ、和尚が養子に来てこの神社を継ぐってことでどうじゃ?」
振り返り、公人は、にたりと笑う。
「お祖父ちゃん~っ!?」
くそっ、嵌められたっ!
どうも公人は透子が出て行くのに気づいていて、見逃したらしかった。
最初から、こうする計画だったに違いない。
透子は巫女にあるまじき罵りの言葉を上げながら、和尚に引きずって行かれた。
0
あなたにおすすめの小説
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―
島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる