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転がり落ちた死体
そうだ。いいアイディアがありますよ
しおりを挟む頑張ってくださいと言われてもな。
食事はホテルで取る人が多いようだった。
此処は料理も評判がいいらしいからだろう。
もちろん、泊まっている全員ではないのだろうが、結構な人が食堂に集っていた。
騒々しいので、最も目立つのは、あのOLグループ。
他には静かな老夫婦や、一人で来ているらしい若い男女の姿もあった。
一人でなにしに来るんだろうな、こんなところに、と思ったが、まあ、深鈴が言うように、ゆっくり本でも読みたくて来ているのかもしれない。
そう深鈴に言うと、
「いやー、わかりませんよ。
樹海ですからねえ」
と言い出す。
「ほら、あの窓際の席の若い男の人」
そう顔立ちも悪くない、おとなしそうな風貌の青年が、頬杖をつき、じっと樹海の木々を眺めている。
「何処で薬を飲もうか。
何処で首を吊ろうかとか思っているのかもしれません。
……先生、止めてくださいっ」
「お前の中で確定の事実にするなよ」
そのとき、城島が料理を運んできた。
「城島さん、こんなことまでされるんですね」
と深鈴が言うと、
「いやあ、小規模経営で、スタッフも少ないので。
手が空いてるときには、いろいろやりますよ」
と笑う。
みな、やはり窓際の席を好むらしく、遅れてきた晴比古たちは、真ん中辺りの席になっていた。
真上にあるシャンデリアの光が、スープ皿の金の縁取りを照らし、輝かせる。
「美味しそう」
と深鈴が言った。
既に食事が進んでいる他のテーブルを見ながら、晴比古は、
「結構手の込んだ料理が多そうですね」
と言った。
「そうでもないですよ。
なにせ、人手が足らないので。
あと、豪華に見せるには、器も大事ですからね。
器には手間はかかりませんから」
いや、金がかかるよな、と思っていた。
此処で使われているのは、流行を追わない落ち着いた色や形の食器が多かった。
「でも、味には自信がありますよ。
なにせ、お嬢さんがうるさくて」
「ああ、さっきの無愛想な娘」
先生先生、と深鈴がたしなめるように言ってくる。
「浅海お嬢さんはああ見えて舌は確かなんです。
お嬢さんがいらっしゃるときには、いつもお嬢さんが味見係です」
へえー、と感心したように言うと、
「ときには、お友達と遊ぶのも控えられて、味見してくださるときもあるんですよ。
今回みたいに、綾坂がおりませんときは、出来るだけ、早く帰ってきてくださるようです」
我が娘の自慢のように語り、では、と去っていく城島を見送りながら、深鈴が、
「娘が邪魔で殺害説はなしですね」
と呟いていた。
「じゃあ、誰が殺されるんでしょうね」
と言う深鈴に、
「やっぱり、俺かお前じゃないのか」
と言うと、えっ、という顔をする。
「さっき、お前、言ったろう。
考えなしにドアを開けると、ぶすりと殺られると」
「ぶすりとなんて言いましたっけ?」
言っただろ、と睨んだ。
「わざわざ、金払ってまで、こんなところに呼びつけたんだし、考えられるぞ」
「先生、誰かに恨まれる覚えでもあるんですか?」
「俺はない。
お前はあるか?」
「あるわけないじゃないですか。
しょぼい探偵事務所で働いてるだけなのに」
しょぼいは余計だろうが……。
こいつ、ちょいちょい文句を織り交ぜてくるよな、と思いながら、窓際を見、
「それにしても、あの女たちはなかなかだな」
と言うと、
「どうかしたんですか?」
と訊いてくる。
「いや、さっきのOLども、俺たちより後に帰ってきたのに、ちゃっかり窓側の席をキープしている」
「女子はもれなく情報をゲットして動きますからね。
早くに食堂に行った方がいいと知っていたんでしょう。
でも、この席もいいですね。
シャンデリアの光で料理やグラスが奇麗に見えるし」
と美しく輝くグラスを灯りにかざして見せてきた。
「さて、先生。
これからのことですが。
まず、干からびた死体が先生が依頼されたことに関係あるのか、ないのか。
まあ、ないとしても、探偵たるもの、見過ごせませんよね。
ましてや、あの死体、先生に向かって、手を突き出してきましたしね。
握ってって」
いや、握ってなんて言ってねえだろ、妄想か、と思う。
「ってな感じで、干からびた死体の真相を探る。
それから、何処で新たな殺人が起きそうなのか。
此処に居る人間たちの、背後関係と人間関係を探る。
まず、やるべきはこの二点ですよね」
はい、と先生に宿題を出された子供のように頷きそうになる。
「でも、先生、意外と積極性に欠けるからなあ」
と呟き、OLたちをちらと見た深鈴は、
「そうだ。
いいアイディアがある」
と言い出した。
「私が食事後、あの人たちに近づきますから、先生、私が手招きしたら来てください。
それまで、出来るだけさりげなく、近くで寛いでいてください」
と指示を出してくる。
「出来るだけさりげなくって、場所にもよるぞ」
深鈴が何処で話すかにかかっている。
女子トイレの前などでは、さりげなくは寛げない。
えーっ、と深鈴は眉をひそめ、
「先生、探偵でしょう?」
と言う。
近くを通っていた城島の耳に入ったのか、笑っていた。
此処はわりと余裕のある造りで、テーブルとテーブルが離れているから、こんな話もできるが。
聞き耳を立てている人間が居たら、一発だな、と思いながら、晴比古は辺りを見回した。
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