仏眼探偵 ~樹海ホテル~

菱沼あゆ

文字の大きさ
8 / 51
転がり落ちた死体

そうだ。いいアイディアがありますよ

しおりを挟む
  

 頑張ってくださいと言われてもな。

 食事はホテルで取る人が多いようだった。
 此処は料理も評判がいいらしいからだろう。

 もちろん、泊まっている全員ではないのだろうが、結構な人が食堂に集っていた。

 騒々しいので、最も目立つのは、あのOLグループ。

 他には静かな老夫婦や、一人で来ているらしい若い男女の姿もあった。

 一人でなにしに来るんだろうな、こんなところに、と思ったが、まあ、深鈴が言うように、ゆっくり本でも読みたくて来ているのかもしれない。

 そう深鈴に言うと、
「いやー、わかりませんよ。
 樹海ですからねえ」
と言い出す。

「ほら、あの窓際の席の若い男の人」

 そう顔立ちも悪くない、おとなしそうな風貌の青年が、頬杖をつき、じっと樹海の木々を眺めている。

「何処で薬を飲もうか。
 何処で首を吊ろうかとか思っているのかもしれません。

 ……先生、止めてくださいっ」

「お前の中で確定の事実にするなよ」

 そのとき、城島が料理を運んできた。

「城島さん、こんなことまでされるんですね」
と深鈴が言うと、

「いやあ、小規模経営で、スタッフも少ないので。
 手が空いてるときには、いろいろやりますよ」
と笑う。

 みな、やはり窓際の席を好むらしく、遅れてきた晴比古たちは、真ん中辺りの席になっていた。

 真上にあるシャンデリアの光が、スープ皿の金の縁取りを照らし、輝かせる。

「美味しそう」
と深鈴が言った。

 既に食事が進んでいる他のテーブルを見ながら、晴比古は、
「結構手の込んだ料理が多そうですね」
と言った。

「そうでもないですよ。
 なにせ、人手が足らないので。

 あと、豪華に見せるには、器も大事ですからね。
 器には手間はかかりませんから」

 いや、金がかかるよな、と思っていた。

 此処で使われているのは、流行を追わない落ち着いた色や形の食器が多かった。

「でも、味には自信がありますよ。
 なにせ、お嬢さんがうるさくて」

「ああ、さっきの無愛想な娘」

 先生先生、と深鈴がたしなめるように言ってくる。

「浅海お嬢さんはああ見えて舌は確かなんです。
 お嬢さんがいらっしゃるときには、いつもお嬢さんが味見係です」

 へえー、と感心したように言うと、

「ときには、お友達と遊ぶのも控えられて、味見してくださるときもあるんですよ。

 今回みたいに、綾坂がおりませんときは、出来るだけ、早く帰ってきてくださるようです」

 我が娘の自慢のように語り、では、と去っていく城島を見送りながら、深鈴が、

「娘が邪魔で殺害説はなしですね」
と呟いていた。

「じゃあ、誰が殺されるんでしょうね」
と言う深鈴に、

「やっぱり、俺かお前じゃないのか」
と言うと、えっ、という顔をする。

「さっき、お前、言ったろう。
 考えなしにドアを開けると、ぶすりとられると」

「ぶすりとなんて言いましたっけ?」

 言っただろ、と睨んだ。

「わざわざ、金払ってまで、こんなところに呼びつけたんだし、考えられるぞ」

「先生、誰かに恨まれる覚えでもあるんですか?」

「俺はない。
 お前はあるか?」

「あるわけないじゃないですか。
 しょぼい探偵事務所で働いてるだけなのに」

 しょぼいは余計だろうが……。

 こいつ、ちょいちょい文句を織り交ぜてくるよな、と思いながら、窓際を見、
「それにしても、あの女たちはなかなかだな」
と言うと、

「どうかしたんですか?」
と訊いてくる。

「いや、さっきのOLども、俺たちより後に帰ってきたのに、ちゃっかり窓側の席をキープしている」

「女子はもれなく情報をゲットして動きますからね。
 早くに食堂に行った方がいいと知っていたんでしょう。

 でも、この席もいいですね。
 シャンデリアの光で料理やグラスが奇麗に見えるし」
と美しく輝くグラスを灯りにかざして見せてきた。

「さて、先生。
 これからのことですが。

 まず、干からびた死体が先生が依頼されたことに関係あるのか、ないのか。

 まあ、ないとしても、探偵たるもの、見過ごせませんよね。

 ましてや、あの死体、先生に向かって、手を突き出してきましたしね。
 握ってって」

 いや、握ってなんて言ってねえだろ、妄想か、と思う。

「ってな感じで、干からびた死体の真相を探る。

 それから、何処で新たな殺人が起きそうなのか。
 此処に居る人間たちの、背後関係と人間関係を探る。

 まず、やるべきはこの二点ですよね」

 はい、と先生に宿題を出された子供のように頷きそうになる。

「でも、先生、意外と積極性に欠けるからなあ」
と呟き、OLたちをちらと見た深鈴は、

「そうだ。
 いいアイディアがある」
と言い出した。

「私が食事後、あの人たちに近づきますから、先生、私が手招きしたら来てください。

 それまで、出来るだけさりげなく、近くで寛いでいてください」
と指示を出してくる。

「出来るだけさりげなくって、場所にもよるぞ」

 深鈴が何処で話すかにかかっている。
 女子トイレの前などでは、さりげなくは寛げない。

 えーっ、と深鈴は眉をひそめ、
「先生、探偵でしょう?」
と言う。

 近くを通っていた城島の耳に入ったのか、笑っていた。

 此処はわりと余裕のある造りで、テーブルとテーブルが離れているから、こんな話もできるが。

 聞き耳を立てている人間が居たら、一発だな、と思いながら、晴比古は辺りを見回した。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...