32 / 51
樹海に沈む死体
ちょっとやって欲しいことがあるだけですっ!
しおりを挟む「志貴」
慌てて階段を下りて追いかけようとする亮灯を、志貴は足を止めて待っていた。
「志貴さん、だろ?」
と言う。
「バレたのは、阿伽陀先生だけになんだろうから」
「なんで、阿伽陀先生って改まって呼ぶの?」
「あんまり気を許したくないから」
そう言いながら、志貴は下り始める。
「そう。
間抜けてるところもあるけど、いい人なんだけど」
と言うと、
「だからだよ。
僕は君の側に居る『いい男』はみんな嫌いだ」
と子供のようなことを言い出す。
いや、子供よりたちが悪いか、と思った。
「世間狭くなるわよ、志貴……志貴さん」
「関係ないよ。
僕は亮灯だけ居ればいい」
つっけんどんな志貴の言葉に溜息をついた。
普段は仔犬のように従順なのに、一旦、怒ると手に負えないんだから。
こういう人が本気で犯罪者になると、怖いよな、と亮灯は思っていた。
とりあえず、志貴に見つかる前に、陸を捕獲しないと。
第三の殺人が起きてしまう。
「じゃあ、陸は殺さないでよ」
と言うと、なんで、と言う。
「あれはいい男じゃないでしょ。
顔はともかく」
と言うと、ようやく志貴は少し笑った。
「ともかく、阿伽陀先生は僕は苦手だ。
意外に鋭いし、話に聞いてたより格好いいしね」
「まあそうね」
亮灯……と呆れ、咎めるように言う志貴に言い返した。
「私がはっきり貴方の前でそう言わなくなったら疑って」
そういうことを志貴の前で堂々と口に出来なくなったら、まあ、怪しいかな、と自分で思う。
志貴と離れ、晴比古の側に居るようになってから、長らく味わってなかった平穏な気分を味わえたのは確かだが。
それは恋愛感情とは違うと思う。
「僕は君のために君から離れてるのに。
あの人は、いつも君と居る。
気が気じゃないんだよ。
二人きりの事務所でなにしてるのかなとか思ったら、いつも落ち着かないんだよ」
そう志貴は、切々と訴えてくる。
「いや、あの……たまには依頼人も居るわよ」
っていうか、仕事しろ、と思った。
「もう~っ。
妄想刑事に仏眼探偵に、ややこしい人ばっかりなんだから……」
と愚痴ると、
「なにか言った!?」
と言われる。
志貴が現れてから、先生のテンションはなんだかわからないけど下がってるし。
どいつもこいつも扱いづらいったら、と思っていた。
「大丈夫大丈夫」
と亮灯は多少投げやりに言う。
「如何に先生が格好良くても、志貴以上の男前はいないわ。
……一般的には」
私の好みじゃないが。
「それに、私は顔には、こだわらないから大丈夫よ」
「亮灯、めちゃくちゃ矛盾してるよ」
「細かいことは気にしないで」
するよ、と志貴は言う。
「亮灯」
「呼ばないでったら、今、貴方がバレないようにって言ったんじゃない。
そもそも陸につけこまれたのも貴方がわたしを強引に部屋に連れ込んだからでしょ。
ねえ、聞いてる?」
「聞いてないよ」
と志貴は言う。
「聞いてないよ。
ねえ、どれだけ会えなかったと思ってるの?」
もうやめよう、と志貴は言う。
「僕と他人のフリなんかしないで。
僕がなにかトリックでも考えるよ、だから」
「貴方のトリックって、考えすぎて一周回って、あれっ? って、なりそうだからいいわ」
と言うと、志貴は上目遣いにこちらを見、
「僕より阿伽陀先生の方が頼りになる?」
と言い出す。
「そんなわけないじゃない」
亮灯は周囲を見渡し、誰も居ないのを確認したあとで、幼い子ども同士が戯れにするように、軽く志貴に口づけた。
「私が好きなのも、頼りにしてるのも、志貴だけよ。
信じて」
「……わかったよ」
志貴が一人で階段を下りていったあと、壁に手をつき、溜息をついていると、背後から声がした。
「言っていいか」
「……言わなくていいです。
想像つくんで」
だが、近場に隠れて聞いていたらしい晴比古は遠慮なく言い放つ。
「お前は人選を間違っている」
「わかってますよ。
っていうか、今、人生を間違っているって聞こえました。
いや、そんな気がしてきました……」
気弱になってきたところに、晴比古が被せるように言ってくる。
「お前は志貴を飼っている限り、犯罪に手は染められない」
「飼ってませんてば。
もう言わないでください。
いろいろと自己嫌悪なんですから。
ああいうこと言われて、ああ対処しちゃうと、私が志貴を騙してる悪い女みたいじゃないですか」
「違うのか」
「違いますよ。
そうは見えないかもしれませんが、私は本当に志貴を好きなんです」
そう言い、壁に頭をぶつける。
「確かに、ろくでもなかったり、手を焼くところも多いけど。
でも……なんの希望もなく、誰も居ない場所で私を救ってくれた――。
あれでも私の王子様なんですよっ」
王子様が縄で縛りつけて逃げないようにしようとするかと言われたら、困るけどっ、と内心思ってはいたが。
「そりゃ、志貴がその場に居たからだろう。
俺がその場に居たら、俺がお前を助けてた」
「無理です。
先生では、私は救えません。
先生は犯罪に加担することは出来ないから」
「……じゃあ、二、三人殺してやったら、俺を好きになるか」
なに言ってるんだ、この人は、と思った。
「三人も殺していりません」
「じゃあ、お前の仇討ちの相手は二人か」
そのまま行こうとすると、
「待て。
俺に犯罪は出来ないとか言って、今現在、俺に犯罪の片棒を担がせようとしてるだろうが、お前らっ」
と言ってくる。
「ちょっとやって欲しいことがあるだけですっ」
そう言い捨て、亮灯は階段を駆け降りた。
階段を駆け降りて行く亮灯を見送りながら、今、ろくでもないことを言ってしまった気がする、と晴比古は思っていた。
二、三人、か。
あんなことを言ってしまったが、自分などには一人も殺せそうにはない。
そんな度胸もないし。
それ以前に、人を殺すとか。
それは自分にとっては、いや、普通の人間とっては、なかなか越えられない壁だ。
手を握れば、その人間が人を殺したかどうかはわかるが、その心まではわからない。
わからなくてよかったと思っている。
そんな深い闇を覗く強さがきっと自分の中にはないから。
俺にその心までは見せてくれない仏眼相。
だが、それこそが仏の慈悲なのかもしれない、とも思っていた。
自分には覗けない闇をともに覗き、ともに落ちていこうとしている志貴。
やはり、志貴こそが、本当に亮灯を愛している男なのだろうとは思うけれど――。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
