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樹海に沈む死体
あ~、びっくりした
しおりを挟む亮灯になにか言われて、陸がわめいているのを晴比古は見ていた。
また切って捨てるように物を言ってるんだろうな、こいつは、と思う。
男心はお前が思ってるより、繊細なんだぞ。
なんだか自分が罵られている気分になって、陸に同情してしまう。
そういえば、と横目に、隣に黙って立っている志貴を見た。
こいつから陸を隔離しなければ。
陸を亮灯に迫った罪で成敗しかねんからな。
ああっ。
でも、陸は警察が連れてくのか。
「志貴」
とそのとき、中本が志貴を呼んだ。
「はい」
と短く返事をして、志貴が行こうとする。
なんとなくその腕を掴んでいた。
志貴が仕方なくという風に、足を止めて振り返る。
中本が近くまで来ていたので、目だけで訴えた。
お前、陸を殺すなよ、と。
なんとなく伝わったらしい。
志貴は愛想のない顔で、
「今は別のことを考えてるので、大丈夫です」
と言った。
今にも陸を殺しそうだった志貴が考えてることってなんだ?
そっちの方が怖いんだが、と思いながら、そのまま中本と行ってしまう志貴を見送る。
いつの間にか側に居た浅海が、
「愛想がいいときの志貴さんもいいけど。
ああして、クールな顔してるときも綺麗でいいですね」
と呟く。
いいかもしれんが。
俺はなんか怖いぞ、あの悪魔の王子様、なにを企んであんな顔してるのかと、つい、深読みしてしまって。
溜息をひとつついたとき、亮灯が階段を上がっていくのが見えた。
亮灯は自分の部屋に居た。
窓に頬杖をつき、樹海を眺めている。
「鍵かけろって言わなかったか?」
と晴比古が言うと、亮灯は振り返らずに言う。
「ノックもせずに開けておいて、それを言うのもどうなんでしょうね」
と。
「着替え中だったら、どうするつもりなんですか?」
「どうもこうも、その場合、俺に選択権はないよ。
志貴に殺されて終わりだ」
今、陸の命が風前の灯火となっているように。
亮灯は笑って、ようやく振り向いた。
「志貴には無駄な殺人はしないよう言ってあります」
無駄な殺人ってな、と思いながら、
「入ってもいいか」
と問う。
「……何度も言うようですが、貴方、既に入ってますからね」
確かに。
言いながら、もう側まで来ていたし。
「なに考えてる?」
「いや、気になってることがあるんですよ」
亮灯は窓枠に腰で寄りかかり、
「先生。
私はもう、嫌な予感しかしないんですが」
と言ってくる。
「なにが?
もう事件は終わったろう。
転落してきた死体の件は片付いた。
干からびた死体は、浅海と陸が持ち出したこともわかったし。
干からびさせた犯人が浅海でないこともわかった」
もう終わりだ、と言うと、
「その干からびさせた犯人が誰なのか、まだわかっていませんよ」
と言う。
「あの死体かなり古いぞ。
もう時効だ」
「いまどき、時効なんてありません。
それに、何百年も前の即身仏というわけでもない。
せいぜい、此処、十年から二十年の内の死体では?
それとーー。
まだ私がなにもしてません」
と古いカーペットを見ながら亮灯は言う。
「そう。
お前はまだなにもしていない。
このまま帰れ。
……志貴が陸を殺さないよう言ってから」
と言うと、
「だから、それは大丈夫ですって」
と言う。
「そうか?
志貴の奴、誰か殺しそうな目つきをしてたが」
「ともかく、このままでは帰れません。
なにもせずに帰るなんて。
このホテル代も結構しましたしね」
「俺が全額出してやるから、帰れ。
お前らに金は返す」
貧乏探偵事務所には、ちょっと痛い金額だが。
まあ、経費で落とせるだろう。
「嫌です」
「亮灯」
「駄目です」
「なにがだ」
「先生は、深鈴って呼んでください。
此処で亮灯と呼ぶと、外でも言ってしまうかもしれません」
「嫌だ」
え? 嫌だ? という顔で亮灯が見る。
「志貴は亮灯って呼んでんじゃねえか」
「深鈴って名前の方が先生は好きなんでしょ。
先生を導いてくれる名前だし」
「お前、もう導いてくれないんだろうが。
だいたい、お前の名前は亮灯なんだろ。
そう知ったあとで、深鈴と呼ぶのは嫌だ。
なんか贋金掴まされてるみたいで」
「どんな例えですか……」
「それに、導いてくれると思ったのは『深鈴』って名前がじゃない。
お前がだ――」
え? と顔を向けた亮灯の腕を掴み、口づけていた。
一瞬、止まったあとで、亮灯が逃げる。
「先生、陸と一緒に墓に入りますか?」
「じゃあ、その前に志貴を殺そう」
「新たな殺人事件を起こして、話をややこしくしないでください。
私、ちょっと確認したいことがあるので、出てきます」
亮灯はあっさりそう言い、出て行った。
そのまま見送ってしまう。
ぱたん、と閉まった扉を見ながら、晴比古は、
「……あ~、びっくりしたー」
と自分で呟いていた。
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