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樹海に沈む死体
何故、した方がびっくりする?
しおりを挟む扉の外で、亮灯は、晴比古が、
「……あ~、びっくりしたー」
と呟くのを聞いていた。
何故、した方がびっくりする?
でも、そんなに嫌じゃなかったな、と思った。
はっきり言って顔だけなら、めちゃくちゃ好みだ。
性格もまあ、嫌いじゃない。
でも、と亮灯は拳を握り締める。
私には、志貴以外の選択肢はないんだから。
顔とか全然好みじゃなくても、見慣れたし、もう。
最初はあの綺麗過ぎる顔が、目覚めるたび、心臓に悪かった。
よくみんな平気で志貴に言い寄るな、と感心したものだ。
そう。
それに今はそんな場合じゃない。
なんのために、今までやってきたの、と思いながら、亮灯は一階へと下りる。
「浅海さん」
とちょうど通りかかった彼女を呼び止めた。
「ちょっといい?」
と言うと、はい、と浅海は素直にやってくる。
廊下の隅で彼女に訊いた。
「ねえ、浅海さんがあの洞穴に食事を運んでいたのは、いつ頃のこと?」
「……私が五歳くらいのときですから。
十年くらい前でしょうか」
そう、と言ったあとで、
「えっ。
貴女、まだ十五なの!?」
と叫んでしまう。
「はい」
大人っぽいなー、と思いながら、
「十七くらいかと思ってた」
と言うと、
「大差ないじゃないですか」
と浅海は笑うが、二十歳を越えてからの二つの歳の差と十代のそれとは違う。
「私なんて、もうずっと時が止まってるかのような感じなんだけど」
実際、心の時は止まっている。
家族が殺され、志貴に出会ったあのときから。
「どうもありがとうね」
と行きかけ、
「そうだ。
もう二つばかり訊きたいことがあったのよ」
と言うと、浅海は笑った。
「それ、本当に言うんですね」
と言って。
「え、なに?」
「いや、小説や映画なんかだと、探偵さんって絶対言うじゃないですか。
もう質問は終わりだって油断させておいて、もう一ついいですかって」
私は二つと言ってしまったが、やはり女は欲張りだからだろうかな、と自分で思った。
「まあ、私は探偵じゃないけどね」
と言うと、浅海はまた笑う。
「浅海さん、明るくなったね」
そう言うと、
「長年の胸のつかえが取れたので」
とほんのり微笑んでみせる。
「そう。よかった」
と言いながらも、どうせなら、ストレートに警察に遺体を持ってくとかしてくれた方が話がややこしくなくてよかったんだが、と思っていた。
まあ、それで自分が殺したとなると、罪に問われるからかもしれないが。
「でも、ほんと。
勇気を出してよかったです。
やっぱり、はっきりしないままだと、もやもやしちゃうんで」
「……そうよね。
このままじゃ、もやもやしちゃうよね」
自分のことに当てはめ、亮灯は、そう思う。
このまま、半端に終わらせるわけにはいかない。
長年かけて温めてきた計画を、遂行すべきは今なのだ。
「浅海さん」
と城島が呼んでいた。
あ、はーい、と行こうとする浅海に、
「そういえば、学校は?」
と亮灯が言うと、
「やだな。
今日、土曜ですよ」
と言われる。
「ああ、そっか。
どうもこの仕事してると、曜日がわからなくなっちゃって。
土日が休みってわけでもないから。
そうか。
だから、お客さん多くなったのか」
とロビーの方を見ると、
「ま、うちはこじんまりとやってるんで、多いって言っても、それほどでもないですけど。
少ないスタッフ回して頑張ってますよ。
普段はやらない仕事もみんな請け負って。
あ、そろそろ食事の時間なので、味見してきます」
と浅海は行ってしまった。
そうよね。
土曜よね、と思う。
なのに、やっぱり、ちょっとおかしいかな、とホテルの中を窺った。
そうっと晴比古は亮灯の部屋から出た。
よく考えたら、この部屋から出るのを志貴に見つかるだけでも、命の危険に晒される気がしたからだ。
よし、居ないな。
まあ、志貴は中本たちとに下に居るんだろうから、大丈夫か。
そう思いながら、一階に下りると、亮灯がOLたちを捕まえて話をしていた。
なんとなく大きな振り子時計の陰に隠れて、それを聞く。
「私たちが来る前日から泊まってたんですよね?」
そう亮灯は訊いているようだった。
なんの確認をしてるんだ? と思いながら、亮灯の姿は位置的に見えなくなってしまったので、窓の方を見ると、パトカーが一台帰っていくところだった。
あれに志貴は乗ってないよな、と思っていたとき、誰かに肩を叩かれた。
振り返った瞬間、亮灯の言葉が少し聞こえた。
「食事のことなんですけど――」
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