後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ

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龍の伝説

皇帝陛下の秘密の妃

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 それからしばらくして、洋蘭たちは、出立する太皇太后と師匠を門まで見送った。

 二人で城を出て、静かに暮らすのだと言う。

「私はまだ罪を許されたわけではないのだが」
と師匠は遠慮がちだったが、洋蘭は笑って言う。

「大丈夫ですよ。
 どうせ、名簿にある牢の囚人の名前は、何代にも渡って、書きかえられていないのですから」

 だから、牢の囚人が三百年も生きているとかいう不思議な話になっていたのだ。

 もしかしたら、先々帝はそのことに気づいていながらも。

 いつかこうなることを見越して、書きかえさせなかったのかもしれないが――。

「皇后よ」
と太皇太后が、若返りの水により、しっとりすべすべな手で洋蘭の手を握る。

「部族の結びつきのためとはいえ。
 元は小国だった国の娘を皇后にするとは、と思い、お前からの挨拶の申し出を断ったりして悪かった。

 お前は苑楊を支える良い皇后となるだろう」

「太皇太后様……」

 太皇太后とはあまり仲良くない皇太后も、先帝とともに、一応見送りに来た。


「静かに暮らすというわりには、仰々しいな」

 多くの荷物をたずさえた大行列が出ていくのを苑楊とともに見送る。

「そりゃあ、この国の太皇太后様ですからね」
と洋蘭は笑った。

 なかなか今までの暮らしぶりを切り替えられはしないだろう。

 ともかく、城を出た二人は幸せに暮らすに違いない。

 門の外から吹きつける強い風に、苑楊と揃いの藍色の衣がはためく。

「そういえば、どんぐりで、ほんとうにインクを作っておったのか?」

 そう問われ、洋蘭は苦笑する。

「はい、それはほんとうです」

「では何故、髪染めの本を?」

「あれは後宮に来る道中のことでございました」
と洋蘭が語りはじめると、皇太后が、

「皇后、あとで苑楊といらっしゃい。
 お茶の用意をしておくから」
と言って、先帝とともに行ってしまった。

 長くなりそうだと思ったのだろう。

「途中まで迎えに来てくださった使いの方が教えてくださったのです。

 李常様がこう言っておられたと。

『嫁いで来られるのは、きっと織妃様のように、輝くばかりに美しい銀糸の髪をお持ちの姫なのでしょうね』と」

 だが、洋蘭は父親譲りの黒髪だった。

 苑楊の国の人間はみな、黒髪黒目なので。

 きっと同じ黒髪の姫の方が早く国に馴染めるに違いない、というのもあって、父は洋蘭を選んだのだが。

 大国が要求してきたのは、銀の髪の娘だったのだと馬車の中で知った。

 いや、それは単に、李常の思い込みによる発言で。

 彼が、織妃の国の人間は、みな、あのような髪の色なのだと思っていたからだったのだが。

 洋蘭たちは、皇帝に近い李常の言葉に、期待されているのは、銀髪の娘だと思い込んだ。

 私の髪、きらめいてない!

 そんなこと期待されてたのか!
と洋蘭は衝撃を受けた。

の国は恐ろしく、皇帝の気に入らない者は、すぐに処刑される、と聞いております」
と旅まではついて来ていた洋蘭の乳母が怯える。

 みな、馬車の中、手を握り合った。

「そこまでではないと思いますけど。
 先帝も、次の皇帝陛下もそこまで気性は荒くないですよ」
と林杏が教えてくれはしたのだが。

 まだ見ぬ大国の恐怖に、全員震え上がっていた。

 まあ、来てみれば、皇帝陛下は、そこまで気性は荒くない、どころか。

 何処までも荒くない人だったのだが……。

 ともかく、最初は怖かったので。

 期待に応えるよう、銀髪の鬘を旅の間に調達して、被ったり。

 陛下の夜の訪れがないと知るや。

 持って来ていた織妃に似た銀髪の自動人形を皇后に仕立て上げたりしてしまったのだ。

「なんと。
 銀髪でないと殺されると思い込み、染める方法を探していたのか?」
と苑楊が笑う。

「いえ、そうではないのです。

 すぐに陛下がそのような残虐な方ではないとわかりましたので。

 ただあの……

 李常様がそう言われるということは、陛下は銀髪の娘がお好みなのかなと思って。

 それで、ふと気づいたら、美しい銀髪にする方法を探していたのです」

 私はあのときから、陛下のことが好きだったのでしょうか、と言うと、苑楊は嬉しそうな顔をした。

 その顔を見て、洋蘭も赤くなる。

「そういえば、あの玉座の龍の玉だが。

 先日、揉めている梁と林杏の間に入ろうとして、趙登が突き飛ばされ、うっかり玉座に座ったそうなのだが」

 その段階で死罪ですよね、普通なら。
 っていうか、子ども相手になにやってるんだ、林杏……。

「ほんとうに玉、落ちてきたようだぞ。
 まあ、あそこも古い建物だったから、朽ちていたのやもしれぬが」

 きっとそうですよ、と笑う洋蘭に苑楊は言った。

「いや、あの伝説は本当かもしれぬぞ」

「えっ?」

「お前が座ったとき、玉が落ちて来なかったのは、きっとお前がこの子を宿していたからだ」
 
 苑楊は、そっと洋蘭のお腹に触れてきた。

「この子はいつの日か、立派な皇帝となることだろう」

 いや、まだ、男か女かもわからないんですけど……と思う洋蘭の手を握り、苑楊は言う。

「権力というのは恐ろしいものだ、洋蘭。
 どんな高い理想を掲げていた者も歪ませる。

 私が間違った道を歩まないよう、お前が側で見張っていてくれるか?」

「はい、一生」
と微笑んだあとで、洋蘭は言った。

「でも、お父様はすごいですね。

 初志貫徹。
 強い権力を持っても、暴走せずに、女性のためだけに生きておいでです」

「まあ、ある意味すごいな」
と言ったあとで、苑楊は、なにかを思い出したように笑う。

「そういえば、あの父もひとつ良いことを言った。
 確かに父は愛の達人。

 その言葉を少し拝借しよう」

「え?」

 苑楊の父は皇太后に向かい、言ったそうだ。

『私はもう皇帝ではない。
 他の妃もいない。

 私はお前ひとりのものだ』
と。

 その言葉を借り、苑楊は言う。

「私は皇帝だ。
 これからも他の妃をめとらねはならないかもしれない。

 だが、私の心は未来永劫、お前ひとりのものだ」

 陛下。
 あの愛に生きるお父上より、なんだか情熱的ですよ、と思いながら、羊妃―― そして、皇后でもある洋蘭は、そっと皇帝陛下の口づけを受けた。

 乾いた大地から巻き上げられた砂混じりの風が蒼い衣をはためかせる。

 皇帝とその一族しか使用することが許されない、五本爪の龍。

 衣が揺れるせいで、背に刺繍されているその龍が天を泳いでいるように見えた。

 その姿はまるで、二人の背から彼らの未来をいついつまでも守ろうしているかのようだった――。


                       完

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感想 3

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みんなの感想(3件)

たえ
2023.01.22 たえ

女の園の闘いが、怖いような可笑しいような…。少し貯めて、一気に読むのが好きです。

2023.01.22 菱沼あゆ

たえさん、
ありがとうございますっ(⌒▽⌒)

スロー更新ですみません(^^;

ゆるっと頑張りますね~っ(^^)/

解除
萌那
2023.01.10 萌那

いいね!

2023.01.10 菱沼あゆ

茨姫さん、
ありがとうございます(⌒▽⌒)

解除
たえ
2023.01.03 たえ

幻想的な始まり。親指姫の誕生?からの毒舌姫。相変わらずのボケツッコミの会話。あゆ様ワールドの始まりですね。続きが楽しみ(^^)

2023.01.03 菱沼あゆ

たえさん、
ありがとうございますっ(⌒▽⌒)
嬉しいですっ。

いや~(^^;
年末年始なんでバタバタしちゃって。

あやうく開始がキャラ文芸大賞に間に合わなくなるところでした(⌒▽⌒;)

頑張りますね~╰(*´︶`*)╯♡

解除

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