仏眼探偵II ~幽霊タクシー~

菱沼あゆ

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幽霊タクシー

大人げない人

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 部屋のドアをノックする音に、深鈴は、はーい、と返事をする。

「はい、どうぞ。
 あら、志貴」

「あら志貴じゃないよ」
と中に入ってきながら、志貴は言う。

「なんで、僕と晴比古先生が同じ部屋なんだよ」
と志貴は開口一番文句を言ってくる。

 深鈴は少し笑い、
「だって……なんだか照れるんだもの」
 座って、とソファを勧めたが、志貴は座らない。

「ねえ、大丈夫?
 君、晴比古先生を好きになってない?」
と腕をつかんでくるので、

「なんで?」
と振り返ると、だって……と志貴は言いにくそうに言う。

「だって、あの人、また格好良くなってない?」

 居るよね。
 年をとればとるほど、格好よくなる人とか、綺麗になる人、と言ってくる。

「ごめん。
 この間会ったばかりよね。

 それに、今、ちょっと不安になってきたわ。

 もしかして、志貴、晴比古先生が好きなんじゃないの? 私より」

「なんでだよ」

「いや、……異様に先生の評価が高いって言うか」

 私の中では然程さほどでもないんだが。
 いつもだらしないところしか見てないし、と深鈴は思う。

 まあ、顔自体は志貴より好みではあるのだが。

 そもそも顔で好きになったりはしないので関係ない。

「部屋は今のままでいいよ。
 でも、……夜は此処に来ていい?」

「そ、それだと意味なくない?」
と言ったのだが、志貴は強く腕をつかんだまま、口づけてくる。

「ねえ。
 亮灯は僕と離れてて平気なの?」

「外では、その名前で呼ばないでって言ったじゃない」

「今は二人だけだよ。
 もう一緒に暮らそうよ」

 深鈴は志貴の手をふりほどいて俯く。

「やっぱり、晴比古先生の方が好きなんだね?」

「いやあの……先生、全然関係ないから。
 今、頭にも浮かばなかったし。

 そうじゃないの。
 そうじゃないのよ」

 深鈴は自分の腕を抱くようにつかんで、志貴に背を向ける。

「だって、なんだか怖いのよ。
 私、このまま幸せになっていいの?

 自分の戸籍も捨てて、ずっと人を殺すために生きてきたような人間が、志貴と一緒に暮らせるだなんて、そんなこと、許されるんだろうかと思ったり」

「誰が許さないって言うんだよ。
 もし、神様がそんなこと言うのなら、僕が神様、殺してくるよ」

 怖いよ。
 この人、ほんとにやりそうだ……。

 とりあえず、手近な神社に行って、社殿を破壊してくるとか。

「愛してるよ、亮灯。
 僕と暮らしているうちに、それが日常になって、いけないことだなんて思わなくなるよ、きっと」

 深鈴は彼を振り向き言った。

「……嫌いにならない?」
「え」

「今まで、距離があったから、上手くいってたのかもとか、ときどき思うの。
 ずっと一緒に居て、私に飽きたりしない?」

「当たり前じゃないか」

 僕は飽きるほど側に居たいよ、と言って志貴が抱き締めてくる。

 先生が聞いていたら、真顔で、
『鬱陶しいから、そろそろ殴っていいか……?』
とか言ってきそうだな、と心の中の冷静な自分が思っていた。

「だから、夜は来てもいい?」

 ……うん、と深鈴―― 亮灯は頷いた。



「どうした、志貴。
 ご機嫌だな」
と晴比古が言うと、

「まだマッサージしてたんですか」
と外から―― 恐らく深鈴の部屋から戻ってきた志貴が言う。

「なんでもないですよ」
と言いながら、ベッドに腰掛けた志貴は、テレビをつけてニュースをチェックし始める。

 ……いや、なんでもあるだろうよ、と思いながら、晴比古はマッサージチェアに揺られていた。

 なんの話をしてきたのか、問いただしたくはあったが、それも無粋か、と思い、思い留まる。

「仏像、見つかりそうですか?」

 ニュースを見ながら、本当に訊く気があるのか、適当に言っているのか、よくわからない調子で志貴が訊いてくる。

「さあな」

「まさか見つかるまで帰らないとかないですよね」
とそんなに休んでもいられないのだろう志貴が振り返り言った。

「そんな金があるか、莫迦」

「でも、わざわざ泊まってまで見つけようとしてるじゃないですか」
と言われ、

「少し気になることがあるからだ」
と晴比古は目を閉じる。

「気になることってなんですか?」
「教えない」

 お前が今、深鈴となにしてきたのか教えてくれたら、こっちも教えてやるがなっ、
と心の中では思っていたが、それもまた大人げないなと思い、口には出さなかった。


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