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仏像は祟らない
警察、そのフレーズ好きだよな
しおりを挟む「ほんとに素敵な彼氏って言われたのか?
ヤバいストーカーの彼氏ねって言われたんじゃないのか?」
そんなケチをつけながら、晴比古は二人の話を詳しく聞いた。
こいつも大概ヤバい奴だよな、と深鈴を見ながら。
「で、結論としては、どっちも菜切はいらないってことか」
と言って、先生、先生、と深鈴にたしなめられる。
「わかってるよ。
問題は持田と菜切かな。
なにをコソコソしてたんだろうな」
「持田さんも菜切さんのことが好きなわけではないのなら、逢い引きの約束とか言うわけでもないでしょうしね」
さすがおばあちゃんっ子の幕田だ。
逢い引きって久しぶりに聞いたな、と晴比古は思う。
「まあ、それは水村の手前、そう言っただけかもしれないぞ」
「そうですね。
菜切さんが水村さんに気がありそうなら、余計に」
と言う深鈴に、
「まあ、ちょっと整理してみようか」
と晴比古は言った。
どうも今回は整理しようとすると邪魔が入るからな、と思いながら。
深鈴には、
『いや、先生は推理しないんだから、整理しなくても大丈夫じゃないですか』
と言われそうだったが。
「何処から何処までが、つながっていて、何処から何処までは関係ないのかわからないが」
「えーと。
支配人が部屋から消えて、血が部屋に落ちてたところからですよね?」
と言った幕田に、晴比古が、
「いや。
たぶん、あのジイさんの仏像群から、仏像が消えたところからだ。
そうでなきゃ、持田が血塗れの仏像を見たりしないんじゃないか?」
と言うと、深鈴が、
「そうですかね?
たまたま仏像を持っていた人が居て、持田さんが忘れられてたそれを見ちゃったとか」
と言う。
「仏像の忘れ物か?
万が一、そんなものがあったとしても、なんで血に塗れてる……」
「それか、たまたま仏像を持っていた人が、なんらかの理由で持田さんを脅したくなって、それを使った。
或いは、持田さんになにかやましいところがあって、血塗れの仏像の幻を見た」
「或いは、持田になにかやましいところがあって、血塗れの仏像を見たと嘘をついた」
と晴比古が言うと、
「まあそれなら、すぐに駆けつけた新田副支配人がなにも見てないのもわかりますけどね」
と深鈴は頷く。
「持田さんのやましいことってなんでしょうね?」
そう志貴が訊いてきた。
「持田さんが支配人を殺したとか?」
と幕田が身を乗り出す。
「待て待て。
そもそも支配人死んでんのか?
っていうか、その場合、何故、持田が支配人を殺す」
「痴情のもつれとか」
と幕田に言われ、
「それ好きだな、ケーサツ。
動機が特に思いつかなかったら、そう言ってるだろ」
と冷ややかに見て言うと、
「だって、人間の根源的な欲求に基づく問題でしょ。
犯罪とは切り離せないですよ。
っていうか、此処だって、今、殺人事件が起こっても不思議じゃないくらい、もつれてますよっ」
とロクでもない主張をされてしまう。
いや、全然もつれてない……。
志貴と深鈴のカップルが居て、俺が一方的に深鈴を好きなだけだ。
もつれさせてもらってない。
……もつれさせてくれ、とブルーになっていると、志貴が言う。
「でもそうですね。
支配人が死んでるかどうかはちょっと。
落ちてた血液の量も少ないですし。
西島くんも言ってましたが、あの落ち方、ちょっと妙なんですよね。
真っ直ぐに畳みに落ちてました。
まるでなにかから落としたみたいですよ。
撒いたわけでもない。
もし、誰かが意図的に、なにかの事件現場に見せかけようとしたのなら、ちょっと無理があります。
まあ、警察に、実は事件ではないのでは、と思わせるためのフェイクかもしれませんけど。
それか、殺人現場など普段から見たこともなく、西島くんみたいに、流血の大惨事をよく目撃しているような人ではない人がやったので。
どのように血痕を落とせばいいのか、わかっていなかったとか」
そして、どのようにすれば、そう見えるのか、調べる時間か余裕がなかった。
或いは、その両方がなかったのかもしれませんね、と志貴は付け加えた。
「あの、でも、鼻血なら、真っ直ぐ落ちるんじゃないですか?
あっ、そうだっ。
わかりましたっ」
と幕田が声を上げた。
「持田さんを菜切さんと支配人が取り合って、菜切さんが支配人を殴って、鼻血が落ちて。
年甲斐もなく、そんな騒ぎを起こしてしまった支配人は体裁が悪くて、隠れてるとかっ」
「年甲斐もなくってほどの年だったか?」
と晴比古は言ったが、幕田は聞いていない。
「それで、殴って申し訳なかったと思った菜切さんが仏像を盗んで、毎日拝んでる。
そろそろ返そうかなーと思って、持ち歩いてるところを持田さんに見つかった。
わかった。
仏像が血塗れだったのは、きっと支配人の血なんですっ」
「幕田」
「はいっ」
「刑事辞めろ」
と晴比古は言った。
先生、先生、と深鈴が苦笑いして、止めようとする。
「仏像盗まれたの、支配人が殴られる前だろうが。
お前よくそれで刑事やってんな」
と言うと、志貴が、
「あー、まあ、刑事なんて、実際には、足で情報集めたりがほとんどで。
ドラマみたいに推理に頼ったりしませんもんね」
とかばうように言っていた。
「あのー」
といきなり背後から声がして、みんな、うわっ、と振り向いた。
いつの間にか、気配もなく、ラウンジのおばちゃんが側に来ていたからだ。
深鈴は気づいていたようで、驚かない。
「ああ、すみません。
長居して」
隅とはいえ、珈琲二杯しか飲んでないのに、迷惑か、と思っていると、
「いや。
人が居てくれた方が客が入りやすいんでいいんですけど。
今、ちょっと聞こえちゃって」
と声を落とし、おばちゃんは言ってくる。
「持田ちゃんと、支配人は、もしかしたら、デキてたかも」
「は?」
彼女はそこで身を屈め、顔を近づけてくる。
つい、逃げ腰になって、身を引いてしまったが、おばちゃんは構わず言ってきた。
「私、一度だけ見たことあるんですよ。
持田ちゃんが朝、支配人の部屋から出てくるの。
いや、一度きりだし、誰も噂してないから、違うかもしれないんですけどね。
持田ちゃん、軽そうに見えて、そうでもないから、おかしな噂立てちゃ悪いかなあ、と思って黙ってたんですけど。
今、聞こえちゃったから」
内緒ね、とおばちゃんは言ってくるが、今、現在、結構な人数が聞いているのだか。
まあ、この宿の人間には内緒、ということなのだろう。
おばちゃんが去ったあと、その背を見ながら、深鈴が言う。
「朝、部屋から出てきたからって付き合ってるとは限らないですよね」
「そうだな。
たまたまなにかの用事があったのかもしれないし。
たまたまなにか……」
密談をしていたのかもしれないし。
「先生、そろそろ話してくれませんか?」
と深鈴が言ってきた。
「先生、なにか『見て』ますよね?」
確認するように訊いてくるが、
「いや……いつも言ってるだろ。
はっきりなにかが見えるとかじゃないんだ。
なんかこう、もやっとしたものを感じるというか」
とぼんやりとしたことを答えたのだが、深鈴は、
「菜切さんですね?」
と言ってきた。
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