OL 万千湖さんのささやかなる日常

菱沼あゆ

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万千湖と駿佑の日常

慣れない新婚生活

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「慣れないんですよ、課長との結婚生活」

 今日は女子だけで、小会議室でコンビニ弁当を食べていた。

「なに言ってんのよ、ラブラブ新婚さんのくせに。
 毎日、甘い夜を過ごしてるんでょ?」
と瑠美に嫌味まじりに言われたが、ヒレカツサンドを手にした万千湖は渋い顔をする。

「でも、時折、正気にかえって思うんです。
 課長の前で服着てないとか無礼だな、とか」

「いや、どんなカップルよ……」
と言う瑠美の側から身を乗り出し、安江が訊いてきた。

「ねえねえ、結婚すると、こんなはずじゃなかったって思うこととかあるんでしょ?」

 どうやら未来の自分の結婚生活の参考にしたいようだった。

「こんなはずじゃなかったって言うか。
 ビックリすることはありますよね……」
と万千湖は思い出す。

「おやすみの日、寝起きでテレビをつけた課長が膝抱えて、ぼうっとテレビを見てて。

 テレビに返事してたりとか。

『今日の番組、面白かったかな~?』
 って、子ども番組のおねえさんに訊かれて、

『……うん』
 って言ってたんですよ」

「そういう可愛いビックリならいいんだけどさ。
 この人に、こんな恐ろしい一面がっ、とかあったら嫌よね」

 そろそろあるわよ~っ、と瑠美は脅してくるが。

 いや、恐ろしい一面は結婚前からたくさん見ているので、特に怖くないかな……と万千湖は思っていた。

 その頃、駿佑は男ばかりで社食に来ていた。

「ねえ、駿佑。
 結婚して、こんなはずじゃなかった、とか思うことないの?」

 駿佑も、おのれの結婚の参考にしようとしているらしい綿貫に、そんなことを問われる。

「……ないな」

 ないんだっ? とみんなに驚かれたが。

「……万千湖の行動はすべて予想通りだ。
 『まったく、こっちの予想通りに動かない』という意味で予想通りだ」
と駿佑は語り出す。

「ある日、泊まりがけの出張に出て帰ってきたら、玄関にカフェの前にあるみたいな黒板があって。

『Welcome!』
 って、文字の下に、いや、お前は作れないだろ、と思う感じの小洒落た料理がチョークアートで描いてあったんだ」

 ……料理は苦手だが、ああいうのは得意なんだよな、と駿佑は呟く。

「おい、ここは俺の家だよな、と思いながら中に入り。
 万千湖の住まいのドアを開けようとしたら――」

「待って」
と綿貫が駿佑の話を止めた。

「まだ別々に住んでるの?」

「基本、別々に住んでいる。
 それで、毎夜、お互いの家を訪ねている」

「いいね。
 ある意味、毎晩、夜這いをかけあっているわけだね」
と雁夜が大きく頷いた。

 ……いや、お前、大真面目な顔でなに言ってんだ。

「ドアを開けようとしたら、紙が貼ってあって。
 筆で描かれた、ゆるい感じの文字で、『ようこそお越しくださいました』って書いてあった。

 いや、洋風なのか、和風なのか、統一しろよ、と思いながら中に入っていくと。

 今度はジョウビタキが突撃してくるリビングの大きなテーブルに、『予約席』って洒落た黒い文字で書かれたピンクのプレートが。

 で、トイレに行ったら、『どうぞご自由にお使いください』ってまた、ゆるい筆文字で書いてあって。

 いや、だから、これ、家のトイレとトイレットペーパーだよなって……」

「駿佑がいなくて暇だったのかな?」
と雁夜が苦笑する。

「万千湖は、ある日、突然、妙なことにはまるんだ」

 ……でもまあ、と駿佑は言った。

「毎日、一緒にいて、飽きないのは確かだな」


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