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悪徳公主と皇帝陛下
皇帝陛下の囁き その1
秦明国の公主と真珠妃が離宮に泊まった朝。
早朝の仕事を終えたあと、私は船に乗り、離宮に向かっていた。
ほんとうはあのまま泊まりたかったのだが、自分が泊まると警備が大変になる上に。
……あそこに泊まったら、皇后と寝屋をともにしなくてはならなくなるからな。
遅くまで話し込んでいたのか、船の上から、まだ白鷺亭で朝食をとっているらしい、三人が見えた。
それぞれ美しいが、やはり、皇后の美しさは格別だと思う。
朝の光に輝く手入れのいい黒髪のせいか、後光が差しているように見える。
黒目黒髪は忌み子の証とか。
皇后の母国はつまらぬ価値観を持っていたのだなと思う。
白鷺亭に行くと、皇后が微笑み、
「陛下、ご一緒にいかがですか?」
と言ってきた。
もう卓上に食事はなく、彼女らは蒸し果物などを食べていたようだ。
だが、大変、刺激的な残り香が湖まで漂っていた。
おそらく、昨夜話していたカレーだろう。
宰相はカレーを食べたことあるようだったが。
私はもしかしたら、百万分の一か、なにかの奇跡があったら、皇帝となるかもしれなかった者。
周辺国をフラフラしたことなどなく。
また、怪しいものは口に入れないようしつけられていたので、食べたことはなかった。
「陛下、カレー、召し上がられますか?」
と皇后に問われ、
「……いただいてみようか」
と答える。
然程興味はないが、まあ、食べてみよう、くらいの雰囲気を装って言った。
皇帝たるもの、軽い言動は慎まねばならない。
それでなくとも、この若造が、と重臣たちに莫迦にされているからだ。
皇帝となるために、力ある者たちに協力してもらったので、仕方がないのだが。
皇帝とは名ばかりで、権力は未だあいつらの方にある。
……ちなみに、この皇后は、ほんとうに皇后な感じがする。
私が皇帝な感じがしないのに、妻だけ本物っぽいのはおかしなことだ。
やがて、木の器に緑の大きな南国調の葉っぱが載ったものが出てきた。
天天たちがそこに米を載せ、黄色いさらりとした液体をかけてくれる。
鼻につんと来る匂いだ。
なるほど。
昨日のカレープラントとかいう葉っぱの匂いと似ている。
銀灰色の毛で覆われているあの葉っぱだ。
あのあと、ひっそりあの葉っぱを口元に持っていったら、皇后に見咎められた。
「陛下、その葉、匂いはいいのですが、食べると胃をやられます」
ひっ、と慌てて手から離した。
「危うく騙されるところだった」
……いや、だから、匂うだけにしろと言ったではないですか、という目で皇后が見ていた。
これは胃をやられないのだろうかと思いながら、おっかなびっくり、米にかかっている黄色い汁を見ていたが。
皇后も昨夜のことを思い出したのか、ちょっと笑い、
「カレーはたくさんの香辛料でできているので、むしろ、いろんな薬効があるかと」
と言う。
別にそんな心配はしておらぬわっ、という顔をして、一口口に入れた。
――辛っ!
ちょっと目を見開いてしまったかもしれないが、グッと堪え、
「美味いではないか」
と皇帝の威厳をもって言った。
「……それはよかったです」
疑わしげな目でこちらを見ながら、皇后が言う。
すっと木製の皿に入った小さな甘蕉を出してきた。
「陛下、甘くて美味しいですよ」
さりげなく、辛さをなんとかしてくれようと言うのだろう。
うむ、と頷き、口に入れた。
「甘い……」
「この島になってたものです。
蒸すとより甘くなりますよね。
それに、こっちの甘蕉は煮ると苺のような味になるのですよ」
灼永殿や真珠妃などもそれを食べ、
「ほんとだ。
苺みたい」
と言っている。
そのあと、異国では客人を歓迎する印だという
カルダモンコーヒーとやらを飲む。
華やかで荘厳な香りが鼻に抜ける。
辛かったが、カレーと珈琲の組み合わせは悪くなかった。
ちなみに警備のためについてきていた秀悦は美味いもまずいもない、食べられればいい、などという顔をしているくせに。
「このカレーは本格的ですね。
私が遠征の際に食べたカレーは――」
などと、一丁前にカレーを語っている。
遅れて宰相、元泉がやってきた。
「カレー、召し上がられますか?」
と皇后はまた訊いていたが、
「いえ、ありがとうございます。
実はちょっと良くない……かもしれない知らせが」
と渋い顔で宰相は言ってくる。
「皇后様の国から大使が来られます」
「えっ?」
「おそらく皇后様の様子を窺いに」
まあ、という顔をして、皇后と目を合わせたのは、柳泉だった。
「どなたですの?」
「宗因とかおっしゃる方で」
あ~、と二人は眉をひそめた。
「きっと良くないことを言いに来たのです。
私がここでいい扱いを受けていると知ったら、なにを言い出すかわかりません」
……いや、なにもいい扱いではないと思うが。
皇后なのに、宮殿から離れたこんな場所に幽閉されているとか。
「宗因が来たら、下女の真似事でもしてみましょうか。
ひどい扱いを受けてる風に」
「……やめてください。
戦さになります」
と青ざめて宰相が言い、
「元から、下女がするようなことされてますよ、皇后様」
食料採ってきたりなど、と白英が言っていた。
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