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悪徳公主と皇帝陛下
皇帝陛下の囁き その6
しおりを挟むん? 宗因がコソコソ何処か行くな、と気がついた。
皇后を見る。
皇后も、あら、という顔をし、白英に耳打ちした。
みんなは皇后の兄と遊んでいる。
そろそろ宮殿に戻らねばならないのだが、ちょっと気になるので、皇后とともに宗因を追うことにした。
「二人だけで出てきて大丈夫だろうか」
警備で来ているはずの秀悦は楽しく兄上と遊んでいる。
……あいつ腕は立つんだが、いざというとき役に立つのか不安だな、と思ってしまった。
「宰相がこちらを見ていたので、あとで来てくれるとは思うのだが」
と皇后に言う。
全員がいっときに出たら目立つから、ずらしているようだった。
だが、皇后は微笑んで言う。
「大丈夫ですよ。
ここでは二人でいても、二人じゃないので」
なにがいるんだ、怖いっ、と周囲を窺ってしまう。
まだ朝靄の残る中。
宗因は、キョロキョロしながら、白い仏塔の方に向かっている。
「あそこに翠玉が閉じ込められていると気づいたようですね」
誰かに聞いたのかもと皇后は言った。
まだ閉じ込めているのかっ、と思いながらも、動揺を出さずに、
「……そうか」
と皇帝の威厳を持って頷く。
「宗因は兄を口実に、この島に入り。
監禁されている優秀な女官を見つけ、私の悪評を流そうといのでしょう」
「……そうか」
見えない間者とか。
まだ閉じ込められている翠玉とか。
いろいろな事実が判明しすぎて、なんと言ったらいいものかわからないが。
まあ、どっしりとしていよう、皇帝らしく。
何処からか皇后の手の者が見ているらしいしな。
それにしても、うちの手の者はみな、猫と――
失礼。
慶徳殿と遊んだままか。
頼りにならないな……、と思う。
宗因は翠玉が仏塔のところに閉じ込められている、という情報は得ていたらしいが、それ以上のことは知らなかったらしく、仏塔の中に入ろうとしてみたり、ウロウロしていた。
その様子を下の木々のところから見ていたのだが、いきなり皇后が振り向く。
すると、背後に突然、美丈夫な武官のような男が現れた。
長い黒髪を高い位置でひとつにまとめている彼は頷き、姿を隠すことなく、仏塔への階段を上がっていった。
「宗因殿」
と声をかけている。
「お前は皇后様の影」
「もしや、ここにある地下牢をお探しですか?」
「そうだが……。
皇后に報告するつもりか」
「いえ。
私も今回のことはやりすぎだと思っておりますので。
宗因様の目で見て確認され、帰国後、陛下に報告してくださいませんか?」
影は地下牢への入り口を開けてやったらしい。
「かたじけない」
と言う声とともに、宗因が石段を下りていく音が朝靄が立ち込める静かな森に響いた。
「行きましょう、陛下」
仏塔のある場所まで上がり、開いている地下牢の入り口を見ながら思う。
こんな仕掛けになっておったのかっ。
皇帝である私が知らなかったのにっ、と思っていると、
「陛下、ここで待ちましょう」
と皇后が小声で言ってきた。
そういえば、ここにいても、下から中の声が上がってくる。
宗因が翠玉に名乗り、この皇后の行いを国に報告すると言っていた。
だが、翠玉がそれを諌める。
「ありがたいお言葉ですが。
それはおやめください」
「何故だ」
近い近い。
近いぞ、皇后っ。
一緒に小さな穴を覗き込んで聞いているので、皇后の顔が近い。
赤くなって顔を上げると、さっきの影が腕組みしてこちらを見下ろしていた。
今にも、この穴に蹴り落としそうに冷ややかに。
なんなのだっ、お前はっ、と身の危険を感じだか、下からはもっと危険な話が聞こえてきていた。
「皇后様は恐ろしいお方です。
どうか、あの方に逆らうなど、おやめください。
私は娘のために邪魔な皇后様を殺そうと致しました。
でも、皇后様はそんな私をやさしく後ろから抱き締めおっしゃったのです」
その先の言葉を、皇后が横で再現してみせる。
「私は故国ではいろんな国から来た学者に師事していました――。
南の国から来た先生はおっしゃっていました。
大陸の横にある島は固有の植物が多く、興味深いと。
食虫植物が香りで虫を引き寄せるように、人間を引き寄せ、その蔓で絡め取り、かんじがらめにして、血を吸う木なんかもあるそうなんです。
……こんな風に」
皇后は翠玉にしたのであろう動きを自分にもやる。
背後から抱きつき、ぎゅっとその細い腕に力を込めると、耳元で囁いた。
「一度、絡めとられると、干からびるまで血を吸われつづけ、逃げられないのです。
だがら、その島の深い森に分け入っていくと、蔓に絡め取られ、カラカラになった『人だったもの』が見られるそうですよ。
……この島も森が深く。
変わった動植物が蔓延っていますよね……」
厚い生地の衣服を着ていてもわかる、か細い腕がその蔓であるかのように感じられて、ひいっ、となったとき、皇后が手を離した。
飛んで逃げると、ちょっと笑って言う。
「実は、先生に聞いた話をちょっと誇張して言ったのです」
その木は、デビルツリーと呼ばれているそうですよ、と皇后は教えてくれた。
種明かしをしてくれたのは、自分が翠玉のように怖がっていると思ったからだろう。
いや、確かに、この皇后なら、そんなものをこの島で見つけたり。
自ら持ち込んでいたりしそうだが。
飛んで逃げたのはそれでではなかった。
皇后に抱きつかれ、耳元で囁かれて動揺したからだ。
これでは、皇帝の威厳がっ、と思う。
妻ひとりの言動にこんなにあたふたしているところを人に見られるわけにはいかぬっ。
私は冷徹にして残虐な皇帝。
ヘマをやった部下をそのデビルツリーとやらに捧げるくらい当たり前だという顔をしていなければならないのにっ。
ちなみに頭の中では自分がヘマをやり、宰相に怒られて、うるさい宰相をデビルツリーに絡めとらせていた。
ともかく、このような情けない男だと知れたら、国が上手くまとまらない。
皇后にもビシッとした態度でっ。
皇后を見た。
微笑まれた。
俯いた。
……あ、この人駄目な人だ、という顔で自分を見た影から、警戒が消える。
いや、消さないでくれ、その警戒っ。
そのとき、下から翠玉の声が聞こえてきた。
「……皇后様は私をここに閉じ込め、なにかの折に、いいように使うつもりです。
宗因様。
手を組みましょう。
哀れな私に皇后様のお国の情報をお流しください。
そうすれば、私もあなた様にここで知り得た秘密をお教えします」
自分は先に教えないんだな……。
そこまで聞いた皇后が、
「行きましょうか」
と満足したように立ち上がる。
宗因に気づかれないうちに離宮の手前まで戻った。
まだみんな猫と遊んでいる。
……大丈夫なのか、こんな警護人と侍女で。
ちなみに、宰相は森の途中で、蔓に足をとられ、転んでいた。
「なんなのですか、この蔓はっ。
まるで人に襲いかかるようにウネウネとしてっ」
木から伸びている蔓を見ながら、
おい、ほんとにデビルツリー持ち込んでないよな……と思う。
「翠玉は女官になってからは、男性を寄せ付けない厳しい顔しか見せていないですが。
もともとはあの真珠妃様のお父上を籠絡したお方。
宗因なんてイチコロですよ」
ふふ、と可愛らしく皇后は笑う。
いや、その顔と不穏な台詞が合ってないんだが……。
「でも、この島も賑やかになってきましたね」
兄を追いかける秀悦と笑う湯兒や天天たちを見ながら皇后は言った。
「……陛下も」
うん? と見下ろすと、
「陛下もたびたび、離宮に来てくださると嬉しいです」
と照れたように皇后が言う。
可愛いではないかっ。
罠かっ。
いや、これはほんとうに罠な気がするっ。
だがもう、罠でもいいっ、と思っていた。
軽く咳払いして言う。
「またすぐ来る……。
その、お前の茶を飲むと、体調がいいから」
と照れ隠しに言ったが、皇后は真顔で、
「え……?
ほんとうに?」
と言う。
「お前は私に一体、なにを飲ませておるのだーっ!?」
そこでようやく、こちらに気づいたらしい明花たちが手を振ってきた。
「皇后様ーっ。
兄上様が飛び回って大変ですーっ」
と天天と湯兒が笑って言う。
彼女らのもとに行こうとする皇后の手をそっと握ると、皇后は、あら、という顔をした。
振り解きはしなかったが、
……そんなに赤くなりもしない。
私は顔に感情を出さないよう、冷静さを装っているのだが。
お前のそれは素ではないのかっ!?
不意打ちで手を握ったら、その態度ということは、さっきの照れた顔はやはり、罠っ!?
だが、罠でもいいっ。
いつかはこの私の囁きで、私よりも残虐にして冷徹な(?)皇后を動揺させてみせよう!
微笑んで皇后が言う。
「お茶にしましょうか。
今日は不老不死になると言われるお茶がございます。
そのくらい身体に良いお茶なのです。
まあ、合わないと一瞬、体調を崩されるかもしれませんが」
「いや、不老不死はいいから。
体調を崩さないお茶をくれ……」
数日後、また皇后の兄が来たという知らせが宮殿に入った。
「そうか。
なにか美味しいものでも食べさせてやれ」
と急ぎの書状を見ながら言う。
「はい」
と言う宰相の返事を聞きながら、顔を上げると、美々しい若者が皇后とともに立っていた。
「皇后様の二番目の兄上、周徳様です」
と宰相が紹介する。
「し、失礼しましたっ。
次は犬かなにかかと――っ!」
「さすが冷酷と評判の皇帝陛下」
「皇后様の兄上を犬扱いとは」
ひそひそと周徳皇子のお付きの者たちが話しているのが聞こえてきた。
……冷酷、残虐、冷徹と自分が欲したように言われているのだが。
いるのだが……。
思っていたのと違うっ! と嘆く自分の顔を見て、皇后が笑っていた――。
完
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もっと皇后サマの怪しげな言動を楽しみたかった~😞お疲れ様でした😆。
太真さん、
すみません(^^;
ありがとうございますっ。
まあ、一部完、くらいな感じなので。
またそのうち、書きますね~。
ありがとうございます。
また頑張りますね~(⌒▽⌒)/
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いやなぜいらん説明を⁉️まあ皇后サマからのお茶は飲みそうにないね🍵(ヾノ・∀・`)、ら
太真さん、
そうですね(^^;
何故、そんな説明を……。
ありがとうございます。
ここで一旦、完結です(⌒▽⌒)
またそのうち、頑張りますね~っ。
ありがとうございましたっ。
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