不眠症の上司と―― 千夜一夜の物語

菱沼あゆ

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遥人の結婚式 ―千夜一夜の物語―

例えこの部屋になにか居るとしてもっ!

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 ともかくやたらめったら広い部屋だ。

 そして、古くて重厚な感じがする。

 ラウンジから戻った那智は、戸口で改めて部屋を眺め、呟いた。

「……なんか出そうな気がします」

 後ろに立つ遥人が言う。

「大丈夫だ。
 お前、今までの人生で霊を見たことがあるのか。

 例え、この部屋に、大正時代の霊の二体や三体居るとしても、お前のような繊細さに欠ける人間に見えることはない」

「居るんですかっ!?」
と振り返り、遥人の浴衣の胸許をつかんで訊く。

 遥人は溜息をつき、その手を外させる。

「物の例えだ」
と言いながら、先に部屋へと上がっていってしまう。

 いや……リアルすぎるんですけど。

 そして、部屋にはもう布団が敷いてあった。

 広い部屋のど真ん中に、ぽつんと二つ、布団が並べてある。

 なにかこれはこれで寂しい感じだ、と思っていると、おもむろに遥人は布団を離し始めた。

 一組を窓際に。

 一組を戸口に。

 端と端まで引き離したあとで、部屋の中を見回し、縁側部分に飾ってあった木製の小洒落た衝立ついたてを持ってくると、ど真ん中に置いた。

「おやすみ」

「なにやってんですかっ。
 なにやってんですかっ、もうっ。

 それっ、普通、女子がやりませんっ!?」

「いや、式を目前にして、酒も入ってるし。
 さすがの俺も今は、ちょっと平常な状態じゃないから」

 いや、その淡々とした口調と顔で言われても、実感が湧きませんが、と思いながらも、

「わかりましたよ……」
と言う。

 だが、これだと余計寂しい感じがしてしまう。

「いっそ、別の部屋にしてくれればよかったのに」

 ぼそりとそうもらしてしまった。

 はっ。
 今の、嫌味に取られたかな。

 ちょっと怖い、と遥人の顔を見ないようにして、
「トイレ行ってきますーっ」
とその場を去る。

 でもこれがまた……。

「トイレも怖いんだけど」
と中で呟いた。

 壁などは古いのだが、トイレ自体は最新式だ。

 ただ、何故、こんな広さが必要なんだ、と思うくらい広い。

 昔はともかく、広ければ豪華という認識だったのか。

 霊が三十体くらい詰め込めそうなくらい。

 普通の一部屋分くらいの広さがあった。

 しかも、便座に腰かけると、地元の詩人の詩が飾ってあるのが、目に入るのだが、これに書いてある文言が何気に怖い。

 落ち着かなくて、慌てて出た。

「あれっ?」

 いつの間にか、布団が元に戻してあった。

 衝立もない。

「お前がうるさいから」
と遥人は機嫌悪く言う。

「いや、いいですよ。
 ちょっと寂しいかな、と思っただけで」

 専務ともうちょっと話してから寝たかっただけです、と言うと、遥人は、諦めたように溜息をつき、
「俺もだ」
と言った。

 結局、いつものように、並んで寝ることになった。
 布団は別だが。

 同じ布団より、こうして、人に敷いてもらった布団が並べてある方が、人に夫婦って見られてるみたいで、ちょっと嬉しいな、と那智は思った。

「なに笑ってんだ?」

 こちらを見て隣の布団の遥人が言う。

 いえ、と言ったあとで、
「あ、そうだ。
 さっき思ったんですけど。

 宴会で隣の上司に酒を強要される話。

 今は、専務の上はもう社長しか居ませんよね。

 そういう意味ではいいですよね。
 お酒勧められなくて」
と言うと、遥人は、莫迦言え、と言う。

「年下がこんなポジションに居るんだぞ。
 どれだけ俺が気を使ってることか」

「……あまりそのようには見えませんが」

 生まれつき人の上に立つと定められていた人のように、堂々としている。

「血筋とか育ちなんですかね、そういうの。
 お母さんとか、そういう人でしたか?」

 いや……、と言う遥人はなにか考えているようだった。

「あっ。
 すみませんっ。

 私、またなにか地雷を踏みましたねっ」

 遥人は目を閉じ、
「心配するな、お前はいつも踏んでいる」
と言ってきた。

「踏みついでに訊いていいですか?
 梨花さんの口ぶりでは、お兄さんが居るみたいだったんですけど。

 一度も見たことも聞いたこともないんですが」

「ああ……。
 家族と揉めて出て行ったと聞いている。

 その兄貴が居たら、俺の今の地位もなかっただろうな」

「次期社長の地位もいらないと思うくらい家族仲が悪かったんですかね。

 それとも、社長になりたくなかったとか?」

 さあな、と遥人は呟く。

 そのあと、少し沈黙してしまった。

 先に口を開いたのは、遥人の方だった。

「お前、以前に俺に訊いたな。

 王が斬り殺してきた女たちの中には、王の子を身ごもりかけてた女も居るだろうに、産まれて来なかった子供に対して、王は思うところはないんだろうかと」

 はい、と言うと、遥人は言った。

「俺にはわかる。
 王は自分の子供を残したくなかったんだよ。

 だから、一夜を共にするたび、女を斬り殺していたんだ」

 逆上して、妻を殺した。
 罪に汚れた自分の子供を、と遥人は言う。

 那智は手探りで、布団の中の遥人の手をつかんだ。

 遥人がこちらを向く。

 那智は両手で遥人の手を包み、祈るようにおのれの頬にその手を当てた。

「離れても、ずっと願ってますよ。
 斬り殺されても、願ってるかも」

 いつも私は願ってる。

 どうか今夜、貴方が眠れますようにと――。

 那智……と囁くように呼んで、遥人が自分を見つめる。

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