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魔王様がやって来ました
汝の願いを叶えよう
しおりを挟むあの日、ひとり静かに暮らしていた洞穴に、公爵令嬢アリスンが嵐のようにやってきた。
自分にはなんの力も特性もないと言うと、
「それじゃ、魔王の仮装してる人と変わらないではないですか」
そうアリスンはのたまった。
この役立たずめ、ちっ、という態度をとられたような気がして……、
いや、よく思い返してみたら、そんなことは全くなかったのだが。
魔王として一人前でないという思いに苛まされていたせいか、そんな被害妄想に陥ってしまった。
数日後、魔王は人里に出てきてみた。
この田舎に不似合いな屋敷がひとつだけある。
この辺りの土地を管理しているヴィヤード家のものだ。
魔王が近づいていくと、庭で他の娘たちと話していたアリスンがこちらに気づいた。
周りに居る村の娘たちも愛らしいが、アリスンの美しさは際立っている。
なにより、人を惹きつける雰囲気と品の良さがあった。
確か、王子の許嫁をクビになったと言っていたな。
まあ、なんかクビになりそうな奴だ……と魔王が思ったとき、強い風に妖しく髪をなびかせながら、アリスンが笑って言ってきた。
「おやおや、魔王様。
よくぞ、ここまでたどり着かれましたわね」
口調は改まっているのだが、その目つきと尊大な態度に、
……いや、お前が魔王か、と思ってしまった。
魔王の自分より、アリスンの方がラスボス感が強かったので、ビビって――
というわけではないが。
魔王はアリスンに望まれるがままに、食堂で皿を洗っていた。
あのとき、
「魔王様、なにしに里に出ていらっしゃったんです?」
と訊いてきたアリスンに、
「いや、魔王らしくお前の願いを叶えてみようかと」
と言うと、まあ、ほんとうですか? とアリスンは可愛らしく手を打って喜んできた。
……さっきの迫力との落差が激しいな、と思いながらも魔王は言った。
「ああ、叶えてやろう。
お前の望みはなんだ?」
お前の望みはなんだ? とか訊くと、なんだか偉くなったような気がするな、と思いながら。
そうですわね、と小首を傾げたあとで、アリスンは言う。
「思ったより、宿屋も食堂も繁盛してしまって。
人手が足らないのです。
手伝っていただきたいですわ」
「私がか……」
「そうです。
魔法で従業員を出せるのなら、それでもいいんですけど」
いや、それはできん……と思う魔王にアリスンはいろいろ算段しながら言ってくる。
「魔王様が人間の前に出て給仕をするとか、魔王様的にはまずいですよね?
厨房ならお客様から見えませんから。
厨房を手伝ってくださいますか?
皿など洗ってくださったら助かりますわ」
……思っていた望みと違うようなんだが、と思いながらも、普段やらないことに、ちょっと興味があり、魔王は訊いてみた。
「……皿を洗うとはどうやるのだ」
言い終わる前にアリスンは若い娘たちを振り返り、
「すみませんが、皆様。
魔王様にお皿の洗い方を教えてあげてくださいませんか?」
と訊く。
はーい、とみなが手取り足取り丁寧に教えてくれた。
「すごいじゃないですか、魔王様っ。
とても初めてとは思えませんっ」
とアリスンが自分が洗った皿を見て、褒めてくれる。
「魔王様、ご自分には、なにもないとおっしゃってましたが。
とりあえず、皿洗いが上手い、という特性ができたではないですか」
そ……そうなのか?
なんだかわからいなが、アリスンは花のように笑い、喜んでいる。
その顔を見たせいではないが、なんとなく、言われるがままに魔王は皿を洗い続けた。
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