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第一の殺人
過去の事件
しおりを挟む「玄関近く、台所の向かい辺りに白いソファのある部屋があるだろ。
あのソファ、昔からあるんだが。
首藤融はあそこで心中してたんだ」
「心中?」
そのわりに、一人でウロウロしているようだが。
相手の人はどうしたんだろう、と谷本が思っていると、此処が地元だという平が詳しい話を教えてくれる。
「首藤松子という、首藤の親族が居たんだ。
美人だったが、いつも物悲しげな顔をしてたな。
ちょっと心を病んでいるようだった。
松子は既婚者の首藤融と一緒にあのソファで並んで死んでいた。
同じ毒を飲んでたんだ。
心中なのか。
どちらかが相手を殺したのか。
それとも、全然、別の人間が二人を殺したのか。
だが、首藤融の妻、緋沙実や、融と関係があったと言われる早瀬ちづるが、二人を一緒に殺して並べとくとも思えなかったし。
毒自体は、松子がかかりつけの医者をその美貌でたぶらかして、手に入れていたらしいんだ。
だから、松子が融に死のうと誘っての心中だったんじゃないかって話になった。
ただ、緋沙実に松子に、ちづる。
首藤融は気の多い男だったようだから。
松子による無理心中説もあった。
でも、結局、ハッキリしなくてね」
「あの、彩乃さんなんですが。
彼女はもしかして、融さんの……?」
「ああ、彼女が融の子だという噂もあったね。
だけどまあ、荘吉の隠し子なんじゃないの?
荘吉がやたら目をかけていたらしいし。
ただ、ちづるは気の多い女だったらしいから、ほんとうのところは誰にもわからないけどね。
そもそも、彼女は誰か男を追いかけて、この雨屋敷に来たって噂もあったようだし」
なんとなく彼らの人間関係はわかってきたが、ひとつ疑問に思うことがあったので、訊いてみる。
「あの、融さん、今もそこにいらっしゃいますよね?
真相は、ご本人に訊いてみればわかるのでは」
生前と同じように日々、ギャンブルに明け暮れている融は、別に取り乱してもいないように見える。
訊いたら、まともな答えが返ってくるのではと思ったのだが。
いやあ、と平は渋い顔して言ってきた。
「それが融自身、真相を知らないみたいなんだよ。
死んだ当初は、そんなこと訊ける状態じゃなかったらしいし。
清水さんが此処に来た当初は、死んだときのまま、のたうち回っていたようだよ。
死んでる自覚もなかったみたいだし。
事件後、融は徐々に落ち着いてきて。
自分が死んで、その事件を警察が捜査しに来ている、ということまではわかるようになったらしいけど。
でも、自分が苦しんで死んだ瞬間のことは思い出したくないのか、その前後のことは綺麗さっぱり忘れていたらしい。
いつの間にか、生前の習慣を繰り返すみたいに競馬新聞を小脇に挟んで、ウロウロし始めて。
事件の話はしなくなったんだって。
そのせいと言うわけではもちろんないけど。
結局、真相は闇の中。
なにも解決しなかった」
「そうなんですか……」
「そもそも、この雨屋敷でさえ、全部の霊が出てくるわけじゃないみたいでさ。
事件の解決を霊に頼るのは無理があるよ。
死んだばかりの山村の霊でさえ、居ないみたいだしね」
と平が苦笑いしたとき、
「そうなんですよね。
山村のおじさま、今、居ないみたいなんですよ」
と声がした。
突然だったので、うわっ、と全員が振り向く。
早瀬彩乃が廊下に立っていた。
相変わらずの無表情だ。
「霊って、家や家族の側に居るのかと思いきや、思いがけないところに行ってたりするんですよね。
職場とか、昔過ごしてた学校とか。
小学校の教室で席に着いて、呑気に風に吹かれてるサラリーマンの人、昔見ましたから」
山村のおじさまもそんなところに行ってるのかもしれませんね、と彩乃は言う。
「あのー、その場合、そのサラリーマンの霊が居る席に、誰か生徒、座ってるんだよね?」
とビクつきながら、平が訊くと、
「はい。
でも、その座ってる子には見えてなかったみたいだから、別にいいんじゃないですかね?」
と小首を傾げながら彩乃は答えていた。
通りかかったついでに、霊の生態(?)について教えてくれたのだろうか。
無表情だが、結構、親切、と思いながら、谷本はそんな彩乃を眺めていた。
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