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強力なライバルが現れました
妄想と現実
しおりを挟むしばらくして、赤い買い物袋を手に出て来た彼女は、特に違和感もなく、あの群青色の傘を手に取った。
他に同じような傘がなかったから、疑いもせず、自分のものだと思ったようだった。
ぞくぞくするな、と思う。
あんな素敵な人がなにも知らずに、あの傘を持っているだなんて。
そのまま角を曲がっていく彼女は後ろ姿まで美しい。
霧雨がよく似合う、そのしっとりとした後ろ姿に、ついていきたい気持ちもあったが、なんとか抑えた。
せっかくあれを自分と関わりのない場所まで運んでもらうというのに。
此処で彼女と接触を持ってしまったら意味がないからだ。
「暇ですね」
とカウンターで佐久間が呟く。
翌日の昼、佐久間と将生は珍しくそろって猫町3番地に来ていた。
「佐久間さんがお暇なのはいいことですね」
カウンター下を見てなにかしていた琳が顔を上げて笑う。
「まあ、書類仕事は溜まってるんですけどね」
カレーを食べながら言う佐久間に将生は言った。
「隣町の刑事たちは忙しそうだったぞ」
「ああ、あっちは殺人事件があったから」
「そうなんですか」
あまり興味なさそうに言った琳に、ん? という顔をして将生たちは琳を見た。
琳はカウンターから見えない手許でなにかしている。
将生は身を乗り出し、覗いてみた。
「お前、なに仕事中、スマホの推理ゲームやってんだっ」
「あっ、あとちょっとなんですよっ。
あとちょっとで解けそうなんですよっ」
とスマホを取り上げられた琳が叫ぶ。
「今、ちょうどすることなかったから見ただけじゃないですか~……」
そう未練がましく言いながら、琳はそのあと注文が入ったヒザトーストを作っていた。
「それに、現実の事件だと物悲しいことも多いし。
物悲しくない、誰も傷つかない、人も死なない推理しがいのある事件はないですかね?」
「……だから、犯人に無茶を強いるな」
近寄らない方がいいとわかっているのに。
また来てしまった、このスーパーに。
あの人の姿が見たくて。
でも、さりげなくスーパーで買い物をしてても、あの人は現れない。
やっぱり、あのとき、後をつけて行くべきだったのだろうか。
買い物袋を手に外に出て、あの人のものとすり替えた傘を差し、思う。
あの人は、こんな雨の日はきっと。
家で、ひとり珈琲を淹れ、窓際の椅子に座って本を読んだりしているのだろう。
時折、その本を膝に伏せ、しとしと降る雨を眺めてみたり。
古いレコードプレーヤーから、ちょっと雑音の入るクラシック音楽とか流れていたりして……。
不思議だ、と思っていた。
あんな事件を起こして、ずっと落ち着かない気持ちなのに。
自分の罪を押し付けた彼女のことを妄想するときだけは、かつてないほど充実している。
その頃、琳は珍しく満員な店で、てんてこまいになっていた。
「え? なんでこんなにお客さんっ?」
いや、嬉しいことではあるのだが。
一斉に、どやどやと入ってきた客に琳は焦っていた。
いつも常連さんがぽつぽつ現れる程度のこの店では、まずないことだからだ。
店内に居た常連のおばさんたちがお客さんのひとりにさりげなく訊いて教えてくれた。
「文化ホールの喫茶の厨房の水が出なくなっちゃったんだって。
それで、コンサート帰りのお客さんが此処に流れたみたいだよ」
手伝うよっ、と常連さん達が立ち上がる。
ありがとうございますっ、ありがとうございますっ、と頭を下げる琳は、しっとり雨を眺めるどころではなく、駆け回っていた。
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