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廃病院の男
白昼夢
しおりを挟むここは……?
その瞬間、真生は冷えたノブをつかんで立っていた。
目の前には地下の廊下。
そこに階段を下りてきた斗真が現れ、こちらを睨む。
「なに手ぶらで出てきてんだ。
地図取りに行ったんだろ」
地理の教師に頼まれてきたと言う。
あ、ああ、と真生は後ろを振り返った。
自分は真っ暗な資料室の中に居たようだ。
……さっきのは白昼夢?
あの白い服の女が見せた、なにかの残像だったのだろうか。
そう思ったが、まだ胸がドキドキしていた。
男にのしかかられた嫌な重さもまだ身体に残っているというのに、上の階からは女生徒たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきている。
「ごめん。
ちょっと霊の気に当てられたみたい」
と斗真に言うと、斗真は地下を見回しながら、
「ま、この辺りは特に磁場が怪しいからな」
と言った。
斗真も霊が見えるのだ。
おかげで、わかり合えることも多く、助かっている。
「ほら、どけ」
と斗真は真生の後頭部をぽんと叩き、資料室の中に入って行く。
だが、真生の側を通り過ぎようとした斗真は足を止め、真生を振り返った。
「なに?」
と見たが、
「いや……」
と小さく言った斗真は、足元の段ボールを避けながら、丸めた地図がたくさん放り込まれている箱を漁りに奥へと行った。
すぐに地図を抱えて出てきた斗真に、
「あっ、持つよっ」
と真生は言う。
その古臭い、黴びた匂いのする地図に手を出したが、ぱし、と叩いて払われる。
「いい。
ひとりで抱えた方が楽だから」
「え、でも――」
「じゃあ、今度なにか奢れ」
と言われ、思わず、
「え~っ。
じゃあ、高いものについちゃったなー」
ともらして、睨まれた。
「うそうそ。
学食のコーヒー牛乳おごってあげるよ」
「あれ、甘いからいい」
と二人で言い合いながら、階段を上がる。
もうすぐ創立記念祭だ。
休み時間にもその準備をしている者も居り、楽しげなざわめきが風に乗って聞こえてくる。
だが、真生はさっきの悪夢を追うように、階段下を振り返った。
男の霊が這い上がってくるのが見えた気がしたが、幻だった――。
ほっと息をつく。
放課後、真生は職員室で鍵をもらい、礼拝堂に行った。
鍵が意味をなすのかわからないくらい古い礼拝堂だが。
天井が高く、パイプオルガンの音が古いコンクリートの建物の中で、よく響く。
少し外壁が崩落していたりして、危険なので、そのうち、とり壊されるかもしれないが。
真生はどこか廃墟のようなこの礼拝堂が気に入っていた。
夕暮れの中にたたずむその姿を見ていると、騒がしい学園の騒音も聞こえなくなるような。
そんな雰囲気がこの礼拝堂にはあったから。
軋む扉を開けようとしたとき、またあの曲が頭に流れた。
『終わりなき世界の鎮魂歌』
足許がおぼつかなくなり、冷えた空気と、暖かい空気が混ざる感じがしはじめる。
あっ、またっ、と思った瞬間、目の前に、カビ臭い木の廊下が見えた。
えっ? と振り返ったそこにはもう扉はなかった。
視線の先に広がるのは、あの廃病院の廊下。
今回は窓から日が差し込んでいたのだが。
いっそ、明るくない方がよかったな、と真生は思っていた。
足許に死体があったからだ。
男の死体が、無造作に床に転がされている。
思わず、死体の顔を見ようとしたとき、後ろ頭になにかが当たった。
「小娘、お前は何者だ」
ふいにした声に、心臓が跳ね上がる。
その声に覚えがあったからだ。
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