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傷の入ったレコード
未来から来たとでも言うつもりか
しおりを挟む真生は高坂に連れられ、元の廃病院へと戻っていた。
仕事の説明を受けていると、誰かが扉を叩く。
が、高坂が返事をする前に、勝手に開いた。
「高坂」
そう呼びかけながら、高坂とは違うカーキ色の軍服を着た男が現れる。
陸軍の制服のようだ。
真生が肩章を見ても、階級はわからないが。
その口振りからして、高坂と同程度の階級のようだった。
男は驚くほど背が高く、顔は整っていたが、痩せぎすだった。
だが、さすがは軍人。
細い中にも筋肉はしっかりついていそうだった。
高坂よりは少し年上に見えたが、軍の中での上下関係で大事なことは年齢ではないようで、その男を高坂は呼び捨てる。
「ちょうどいい、八咫。
これをお前の部下ということにしてくれないか?
如月真生という、俺の新しい愛人なんだが」
違います~っと文句を言う真生を、八咫と呼ばれた男がちらと見る。
一瞬で戦闘能力を見抜かれた気がした。
おそらく、五くらいだな、と思う。
上限、百で―― だ。
「未来から来たんだそうだ」
と言う高坂に、八咫は、
「新しい設定だな」
と言う。
そういうんじゃない、と言ったあとで、高坂は、
「まあ、ともかく頼んだ。
お前の部下なら、病院内をうろちょろしていても、とがめられることもないだろう」
と言う。
それにしても、海軍と陸軍はお互いがお互いの上に行こうとして、反目していたはずなのに。この二人は行動を共にしているように見える。
なにか共通の目的でもあるのだろうか。
この二人に、というより、軍に、と思いながら、真生は八咫がいる間、二人の様子をうかがっていた。
高坂は八咫に、真生を自分の部下ということにしろと言った。
だが、陸軍に女性兵士がいたとは聞いたことはない。
いたとしたら、諜報員とかそういう類いの人間だろう。
では、やはり、八咫は普通の軍人ではないのか。
そんなことを思いながら、廊下に出ると、帰ったはずの八咫がまだそこにいた。
「その服、着替えたらどうだ」
と制服姿の真生を見て、八咫が言う。
「目立ちますか?」
と己の服装を見下ろし問うてみたが、
「いや、違和感はない」
と八咫は言った。
まあ、そんなに昔に飛んだわけでもないからな。
この時代の制服とは、少しシルエットが違うくらいだろう。
そんなことを考えていた真生に八咫が言ってきた。
「貴様は奴の女好きを利用して近づいた、どこかの女スパイか?」
やはり、女好きなのか? と思いながら、真生はその台詞を聞いていた。
「しかし、未来から来たとは、高坂にしては、ケレン味のある話だな」
「いや、本当ですよ。
八咫さんっておっしゃるんですか?」
「八咫省吾。
八咫烏の八咫だ」
とにやりと笑う。
こ、怖い。
軍人の笑みだ、と真生は思った。
「この病院は死者を蘇らせるという噂があるそうですね。
もしかして、今回の院長の件もそれだと?」
「お前は頭の回転が速そうだな。
やはり、どこかのスパイか」
と八咫は訊いてくる。
「賢ければ、スパイ。
人よりなにか秀でていれば、魔女、みたいな感じですかね。
女のくせに、とか?」
それはない、とこの時代の人間にしては珍しく八咫は言い切った。
「女を莫迦にすることに意味はない。
我々は母親に産み育てられた。
母親が賢くなければ、その子供も賢いわけはない」
「……なるほど。
まあ、この時代の人は女を莫迦にしているというより、大事にしたり、褒めたりしたりすることが照れくさかったのかもしれませんね」
そんな真生の口調に、八咫はなにかを見定めようとするかのように、片目を細めて真生を見る。
「本当に未来から来たとでも言うつもりか」
「はい、そうですよ、八咫省吾さん」
と笑うと、そこで、うん? という顔を八咫はした。
「お前が本当に未来から来たというのなら、日本は……」
いや、なんでもない、と八咫は言葉を止めた。
「戦況がどうなるのか気になりますか」
「今は戦争はしていない。だが――」
「やらなければいいのに」
と真生は言った。
「今は日本は戦争に参加してないですよね。
このままなら、国が疲弊することもないのに。
博打も戦争も同じですよ。
勝ってる間にやめれば勝ちでしょう」
「言い得て妙だが。
戦争だけは、こちらの都合だけで始まるものでも終わるものでもないからな」
なんだその目は、と八咫は言う。
「言い訳だとでも?」
「いえ。
私が口を出すようなことではないですから」
「私たちは立ち止まる事など出来ない。
お前のいた世界で、日本が負けているのなら、それはきっと、私たちの進む未来ではない」
黙った真生を、なんだ? と八咫は見る。
「いや―― すみません」
少し感動してしまった。
きっぱりとした八咫の言いように。
だが、こんな青年たちがたくさん命を落としていったのだろうと思うと、辛くもある。
あなたたちには想像もつかないだろう。
負けたあとの日本の方が、今より遥かに豊かだ。
ここを見たあとで、自分たちの居る世界を思うと、ふと、楽園だったかと思うほどに。
そんな感傷を振り払うように、
「それより、院長の件ですが」
と言うと、ああ、と八咫は笑う。
「犯人は高坂かな。
なかなか次の理事長に自分を指名しない院長に痺れを切らしてやってしまったのかもしれんな」
薄情な友人だ。
「高坂さん、疑われてるんですか?」
「そうだな。
まあ、軍人といえども、正当な理由もなく民間人を殺してはまずいだろうな。
私は別だが」
何故、私は別なのかは、あまり聞きたくないな……と思っていた。
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