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傷の入ったレコード
昼下がりの図書室
しおりを挟む朝、目を覚ました真生は、息を吸い、覚悟を決めて、高坂が寝ている居間のドアを開けた。
「おはようございます」
と言ったが、そこは自分の部屋だった。
思わず振り返ると、後ろには自宅の廊下があった。
……今飛ばなくてもな、と思う。
独り言を言ったみたいになってしまったではないか。
とりあえず、行こうとしていたトイレに行く。
明るくて綺麗な洋式のトイレだ。
あの時代も悪くない、と思っていたが、トイレに関しては、もちろん今の方がいい。
まあ、便器の中から霊が出ることは、こっちの世界でも、まれにあるが。
こっちも朝か、と真生は廊下の窓から外を見た。
なんとなくあの曲を口ずさみながら、ドアを開けてみたが、やはり、飛ばなかった。
「おはよう、真生」
「おはよう」
こうしていると、なにもかも夢だった気がするな。
夏海と川沿いの道を歩きながら、眩しい日差しの中で、真生はぼんやり、そんなことを考えてた。
ずっとこのままでいたら、あの世界のことは、なにもかも忘れられるのだろうか――。
そう思ったとき、
「あら、おはよう。弓削くん」
と夏海が振り返り言う。
相変わらず、不用意に話しかけてきたら斬り殺す、という顔つきの斗真が、おはよう、と返していた。
やはり、高坂さんとよく似ている、と思いはしたが。
不思議に、同じ顔にいきなり現れられても、どきりともしない。
三人で創立記念祭の話などしながら歩いていると、少し先にパトカーがたくさんとまっていた。
川原には警官と刑事らしき人々。
そして、青いビニールシートを持った鑑識の人たちがいた。
「なにか事件でもあったのかしらね」
と夏海は興味津々覗いている。
真生も斗真とともに、チラと川原を見下ろした。
昼下がりの図書室。
大きな本を抱えた真生は、窓際の棚に腰を預け、ページをめくっていた。
揺れるカーテンがときおり、頬をくすぐる。
心地よい風が吹いていた。
あの日、図書室でうとうとしていたときのようないい風だ、と思っていると、
「ねえねえ、今朝、川原でさ。
首を斬られた全裸の男の遺体が見つかったらしいよ」
という話し声がその風に乗って聞こえてきた。
なんで全裸? とそこが気になるらしい女生徒たちが笑っている。
いや、そこ、笑うとこか、と思ったが、まあ、普通の女子高生にとって、死体も殺人事件も遠い存在だ。
決して、廊下にゴロゴロ転がってたり、捨てるところがないからと持ってこられたりするものではない。
そんなことを考えながら、本から顔を上げると、斗真がこちらを見ていた。
「昼休みは練習しないのか」
「昼休みに礼拝堂を開けると、他の生徒たちも入るかもしれないから駄目だって。あのパイプオルガン、結構貴重なものらしいからね」
そう言いながら、またページをめくると、斗真は、ふうんと言い、そのあとは黙っていた。
そのとき、廊下から後輩たちを従えた夏美が手招きしているのに気がついた。
本を斗真に渡して行くと、
「記念祭でやる舞台の衣装、地下に探しに行きたいんだけど」
なんか怖いから、ついて来て、と夏美は言う。
「あんた見えるんでしょ?」
ええっ? と知らなかったらしい一年の男子が逃げ腰になる。
「いや、見える私を連れてって、どうしたいのよ。
そこに居るよとか指差して欲しいの?」
とその男子の肩の辺りを指差してやると、彼は、ひいっ、と体格のいい女子の後ろに隠れて盾にし、
「ちょっと……?」
と睨まれていた。
こいつはきっとモテないだろう……と失礼なことを思いながら、本当に彼の後ろに居た負傷兵の霊をチラと見る。
まあ、ただ横切っているだけなので、問題はないのだが。
地下か。
あそこは、霊が出るというより、時間の境が曖昧な場所のような気がする。
過去へ飛ぶ直前、地下で見たハットの女は、おそらく昭子だったのだろう。
そして、廃病院の方で確認したことはないが、あの頃、地下に防空壕でもあったのだろうか。
地下室の隅で、膝を抱えてしゃがんている幼い兄弟を見たことがある。
抱えた膝から警戒心の強そうな目だけを見せて、こちらを見ていた。
暗闇でぎょろぎょろとした四つの目がこちらを見ている光景は、恐ろしいというより物悲しいものだった。
そんなこんなで地下に行きたくはなかったのだが、強引な夏美の誘いを断れるはずもなく、真生は夏美たちと一緒に地下へと下りた。
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