いつか、あなたに恋をする ~終わりなき世界の鎮魂歌~

菱沼あゆ

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蘇りの書

お前はまるで高坂の未来を知っているかのようだ

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「真生」
 高坂と別れたあと、八咫が追いかけてきた。

 病院の廊下の途中で呼び止められる。

「真生。お前、誰か殺したい奴が居るのか」

 俺が殺してやろうか、と言ってくる。

「いえ、結構ですよ」
と真生は苦笑した。

 あなたにはもう、その人はもう殺せないし。

 それに……たぶん、あなたは、本当は人を殺しても平気な人ではないから、と真生は思っていた。

「ねえ、八咫さん。
 八咫さんにとって、人を殺すってどういうことですか?」

「やらねばならないことだな。

 それなくしては、もう俺は存在出来ない。

 人を殺して、始末して、ご飯を食べて、寝て。

 ずっとこういう暮らしが続いていくんだろうよ」

「違うと思いますよ」
と真生は八咫を見つめて言った。

「あなたはいつか、今のあなたとは違うあなたになります」

 真っ直ぐに八咫を見てそう言うと、唐突に八咫は真生の腕をつかみ、唇に触れてこようとした。

「いや、だから、そういうのは勘弁なんですが」
と真生は、少し後退して言う。

「お前、本当は高坂の愛人なんかじゃないんだろう。
 高坂には愛人など居ないからな」

「でしょうね」
と真生は苦笑する。

 なにか軍からの役目があって、高坂の側にくる人間を、愛人といつわっているだけなのだろう。

 だから、あの愛人二号が高坂の愛人になれるわけもない。

「真生、私が最初に人を殺したのは軍人になる前だ」

 それはあまりしてよい告白だとは思えなかった。

「私は軍人になり、上の命ずるがまま、多くの命を闇に葬った。

 最初の一人を忘れられなかったからだ。

 たくさん殺せばそいつは雑魚の一人になる。

 そう思っていた――。

 だけどな、真生。
 いつまでも覚えているんだよ。

 他は忘れても、最初の一人は忘れられない」

 今でも夢に見る、と八咫は目を閉じた。

「たくさん殺せば、か」
と呟いた真生に、八咫は、

「一人で済むのなら一人でいい。
 お前はそれ以上なにも考えなければいいんだ。

 せわしない日常に、罪の重さもきっと少しは薄れていく」

 そんな慰めにも似た言葉をかけてくれた。

「私は軍人になり、上の命ずるがまま、多くの命を闇に葬った。

 最初の一人を忘れられなかったからだ。

 たくさん殺せばそいつは雑魚の一人になる。

 そう思っていた――。

 だけどな、真生。
 いつまでも覚えているんだよ。

 他は忘れても、最初の一人は忘れられない」

 今でも夢に見る、と八咫は目を閉じた。

「たくさん殺せば、か」
と呟いた真生に、八咫は、

「一人で済むのなら一人でいい。
 お前はそれ以上なにも考えなければいいんだ。

 せわしない日常に、罪の重さもきっと少しは薄れていく」

 そんな慰めにも似た言葉をかけてくれた。

「ところで、真生。
 お前は高坂の未来を知っているようだが、俺はいつ死ぬ?」

 その言葉に真生は笑って言った。

「あなたがいつ死ぬのかまでは、私にもわかりませんよ」
と。




 八咫と別れたあと、真生は礼拝堂の鍵を開けてみた。

 現代の職員室で借りてきた鍵だが、鍵穴は、ずっと変わっていなかったようで、やはり開いた。

 ここからなら、もしかして飛べるかもしれない、と思って来てみたのだ。

 自分たちの時代のことが気にならないわけではない。

 創立記念祭まで時間もないことだし。

 だが、現代には戻れなかった。

 少しほっとする。

 次もここへ、この時間へ飛べるかはわからないからだ。

 礼拝堂に鍵をかけていると、
「あっ、あんた、やっぱり鍵持ってたのね」
という声がした。

 振り向くと、百合子が立っていた。

 見せてよ、とそれを奪った百合子は、

「新しいじゃないの、この鍵。
 さては、高坂さんに新しく作ってもらったのね。

 さすがは愛人様ね」
と言い出す。

「もう~、返してくださいよ。
 私が怒られますからー」
とそれを取り返そうとしたが、返してくれない。

「そういえば、この礼拝堂ってさ」
と百合子は声を落とし、言ってきた。

 そのおしゃべり好きな様子は現代の女子高生たちと変わらない。

「昔、前院長が此処にこもって、死者を蘇らせる研究をしていた場所って言われてるのよ」

「高坂さんのお父様がですか?」

「そう。
 だから立ち入り禁止なんですって」

「へー」
と相槌を打ちながら、その話、結構知られてるんだな、と思っていた。

 頭の中に、図書室のような場所で、黙々となにかを書き写していた白衣の男の後ろ姿が浮かぶ。

 子を思う親の気持ちが蘇りという奇跡をなしえた。

 では、高坂さんを救うはずの私は――?

 自分をもう一度蘇らせることはできないと高坂さんは言っていた。

 でも、昭子さんは、確かに蘇りの瞬間を見たという……。

「あっ、ちょっとっ。
 返してくださいよ、鍵ー」

 真生が考え込んでいる間に、百合子は鍵を持って行ってしまおうとする。

「嫌よー」
と笑う百合子のあとを、やれやれ、と思いながら、真生はついて行った。


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