いつか、あなたに恋をする ~終わりなき世界の鎮魂歌~

菱沼あゆ

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蘇りの書

その脅し文句、怖いです

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「ここにも少し服を置いているのよ」

 自宅に置ききれないからね、と言いながら、昭子は院長室の横の納戸の戸を開けた。

「そういえば、病院にお住まいなわけじゃないんですよね」
と真生が言うと、

「当たり前じゃない。
 そんな辛気くさいところに住みたがるのは、透さんくらいよ」
と言う。

 しかも、廃病院の方ですしね、と思っていると、昭子は服を出しながら、

「……しゃあしゃあと、よく平気で暮らしているなとか思ってる?」
と言ってきた。

「あんなことをしておきながら、まるで何事もなかったみたいに幸せそうに」

「いや、いいんじゃないんですか? 別に。

 まあ、津田秋彦氏がどこに消えたかはちょっと気になってるんですけどね」
と言うと、昭子は眉をひそめ、

「それは私も知らないわ」
と言ってきた。

「いつの間にか居なくなってたのよ。
 若い女とでも消えたかなと思ったんだけど。

 お金も身の回りの物も残ってたから、殺されたんじゃない?」

 ねえ、これ、どうかしら、と昭子はクラシカルなデザインの花柄のワンピースを出してくる。

「素敵ですね」

 昭子は真生の肩にそれを合わせてみながら、言った。

「透さんが殺したのかと思ったんだけど。
 どうも違うみたいだし」

「高坂さんが? 何故ですか?」

「秋彦さんは、透さんを目の敵にしてたからね。
 透さんは相手にしてなかったようだけど。

 返り討ちにでもされたのかと思ってたわ。
 透さんか、彼を守っている八咫さんに」

 そうか。
 八咫さんは高坂さんを守っていたのか、と気づく。

 まあ、そうだよな。生きた抗体だもんな。

 そのように指令されて、ここに居るのだろう、と思った。

「本当にどこに行ったのかしらね」
と言ってはいたが、別にどうでもよさそうだった。

 そんなことより、そのワンピースに合うハットが今ここにないことの方が重要なようだ。

 夫の愛が手に入った今、若い愛人には特に思い入れはないようだった。

「仕方ないわね。これを貸してあげるわ」
と昭子は自分が被っていた帽子を脱ぐと、真生の頭に載せてみる。

 うん、と頷いたあとで、
「汚さないでよ。
 今、一番のお気に入りなんだから」
と言ってくる。

「……殺しても蘇らせないわよ」

 そう付け加えて。
 


 本気そうで怖い、と思いながら、真生が院長室を出ると、ちょうど百合子に出くわした。

「あら、どうしたの。
 素敵じゃない、それ」
と言ってくる。

 昭子に借りたのだと言うと、

「へえー、昭子さん、センスだけはいいからね」
と笑う。

 いや、昭子さん、まだそこに居ますけど、と扉の向こうを窺っていると、
「お洒落して、どこか行くの?」
と訊いてくる。

「仕事のついでに百貨店に連れていってもらうんです。

 ご一緒にどうですか?
 今、時間があるのなら」

 昼前だ。
 休み時間かもしれないと思い、訊いてみたのだが。

「嫌よ、行かないわよ。
 なんで、いちゃついてる高坂さんとあんたについてかなきゃならないのよ。

 それより、お土産買って来て。

 私、香水がいいわ」

 遠慮しているようなことを言いながら、いきなり高い物をねだってくる。

 百合子さんらしいな、と笑ってしまった。

「高坂さんもいいけど。手に入らない男より、ちょっと周りに自慢出来そうな物もらう方がいいでしょ。

 よろしくね。
 あんたが頼めば、高坂さん、きっとなんでも買ってくれるわよ」

 じゃあねー、と軽く手を振り、百合子は行ってしまった。

 いや、そんなに甘やかしてくれてるように見えますかね? と思いながら見送る。

 なんだかんだで、さっそうとした職業婦人だ。

 この人の未来はわからないけれど、この後始まるだろう戦争を生き抜いて、幸せに暮らして欲しい。

 あんな多江の姿を見たあとだけに、より一層、そう願った。


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