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第一章 オフィスの罠
ほんと食えない女だね
しおりを挟む「それでは失礼します」
頼まれた用事を終え、智久の部屋を出た未咲は、克己と出くわした。
「お疲れ様です」
と以前、克己に言われた通り、笑顔で挨拶してみた。
――が。
「なるほど。
そういうわけか」
と克己は言った。
「そういうわけってどういうわけですか?」
「やはり、広瀬専務と繋がってたんだな」
「……どういう意味でです?」
「どういう意味でかは知らないけどね。
さっき、エレベーターから降りてきたときの雰囲気と口調が、いつもと違ったんで。
ああ、二人のときは、こんな感じなのかとわかったんだ」
「覗きですか?」
「不用意に口をきいてる方が悪いんだよ。
僕は、さっと隠れただけだ」
そう克己は言うが、そのあと、隠れて見ていたのなら、それは『覗き』と言ってはいいのでは、と思っていた。
「まあ、バレてまずいことなど、たいしてありません」
言ったあとで、未咲は少し考え、
「まあ……あんまりありません」
と言い直すと、
「自信をなくすな」
と何故か、克己に励まされた。
「専務は私に協力してくれているだけです」
「君が、それと同じ顔の女のことを調べるのに?」
と克己は、未咲の顔を手で示す。
「そういう言い方されると、私が整形みたいなんですけど。
本物ですよ。
おねえちゃんに似せるのなら、もっと似せてます。
ところで、何故、私と専務との繋がりがわかったんですか?
最初からわかってたみたいなこと、さっき言ってらっしゃいましたけど。
参考までに教えてください」
「君のスマホだよ」
「スマホ?」
「広瀬専務から、何度も着信してた」
「それは、上司だからではないですか?」
「上司として入っているのなら、名前入れてるだろ。
着信履歴には、番号だけで、名前は表示されてなかった」
「それでよく、専務だとわかりましたね」
「番号覚えてたんだ」
「いまどき、番号覚えてる人なんているんですね。
でもまあ、それは単に、入れ忘れたんですよ」
「でも、上司から夜中に着信するのは変だろ」
「何処かに忘れ物でもされて、かけて来られたんじゃないですか?」
「じゃないですかって」
とさすがの克己も苦笑いした。
「私、忘れっぽいたちなので」
「しれっと言うね。
食えない女だねえ、ほんとに。
夏目は知ってるの? 専務とのこと」
「いや、なにも言ってませんけど。
知られても、そうまずいことはありません。
専務は私に協力してくれてるだけなんですから」
「じゃあ、なんで夏目に言わないの」
「それは……専務が私に協力していることを他の人に知られたくないみたいだからですかね?」
ですかねって、と克己は笑う。
言い訳の適当さも此処に極まれりと思ったのだろう。
「君自身はいいのなら言っといたら?
あとで知ったら、夏目、怒るよ」
「そ、そうですよね」
あの人、怒るとめちゃめちゃ怖そうだ、と思っていた。
「でも、迂闊にしゃべると、今度は専務が怖いんです」
「そうだねえ。
まあ、秘書の仕事はそういった板挟みの繰り返しだよ」
克己は実感こもった溜息をついて見せた。
「それはそうと、専務とはどういう知り合いなわけ?」
「それは言えません」
「なんで?」
「それこそ言ったら、専務に殴られそうだからです」
そこは勘弁してください、と未咲は悪びれもせず、手を合わせる。
克己は呆れ、
「なんだか本当にしょうもないさそうだからいいや」
と言い、行こうとした。
「あっ、待ってくださいっ」
未咲がいきなり克己の肩をつかんだので、克己は、うわっ、とバランスを崩し、ひっくり返りかけた。
「全体重をかけるなーっ」
「す、すみません。
つまずいちゃって。
あのっ、コンパに来てくださいませんか?」
「コンパ?」
「お姉様方に頼まれて、引き受けちゃったんですー」
「……わかった。
僕と夏目と、広瀬専務とで行ってやろう」
「本気ですか」
「冗談だ。
そのメンツが集められたら、行ってもいい」
無茶だろう~、と思ったが、克己は、じゃ、と手を挙げ、行ってしまう。
「なに揉めてんの」
と声がして、振り向いた。
「ああ、桜さんっ」
と未咲は今の自分の窮状を桜に訴える。
もちろん、コンパのセッティングを頼まれたことに関してだけだが。
「馬鹿ね、そんなの無視すればいいじゃないの」
と桜はあっさり切り捨てた。
「どっちをですか?」
「どっちって?」
「無視して、水沢さんを引きずっていくとか」
「いや……。
あんた無茶にもほどがあるでしょう」
「そうだ。
桜さんも来ませんか? そのコンパ」
「なんでよ」
「だって、たぶん、幹事として行かなきゃならなくなると思うので、付いてきてください~っ」
未咲は桜に泣きついてみた。
「もう~。
しょうがないわねー。
コンパに行ってたなんて、専務にバレたくないんだけど」
と桜は可愛らしいことを言う。
本当はもう一度、言いたかった。
「あの男はやめた方がいいですよ」
と。
だって、あれ、私を二千万で買おうとした男ですよ。
……二千万、微妙だ、と未咲は思っていた。
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