禁断のプロポーズ

菱沼あゆ

文字の大きさ
50 / 95
第二章 愛人課の秘密

克己の真実

しおりを挟む
 

「でもまあ、別に彼女とは恋人とかじゃないよ、ほんとに。
 ちょっと知りたいことがあったら、近づいて、二、三度……ねえ?」
と言う克己に、いや、ねえ、とか言われても、と未咲は思う。

「知りたいことってなんですか?」

「彼女が誰の愛人なのか。
 その相手の動向もね、知りたくて」

「個人的興味ですか?」
と問うてみたが、いや、と克己は笑う。

「でも、もう関係ないよ。
 僕が仕えてた爺さん、引退しちゃったから」

「……それってもしかして」

「そう。
 君のおねえさんが秘書についてた爺さんだよ。

 自分の秘書に情報抜かれそうで、警戒してた」

 未咲は溜息をつく。

「誰が誰の味方なんだか、わかんない場所ですね」

「そう。
 下手に一度ついた秘書を切っても、いろいろ詮索されるしね。

 なにか知られてまずいことがあるのかとか。
 既にいろいろ知っている秘書に、逆恨みされて、情報を流されそうだとか。

 あそこはそんなところ。
 でも、僕には君が一番不可解だ」

「どうしてですか?」
「なんでその顔なの?」

「え?」

「なんで君はその顔なのかな?」

「言いませんでしたっけ?
 おねえちゃんの妹だからですよ」

 違うよ、と克己は言った。

「僕が聞いたのはね。
 なんで、おねえさんと似た顔なのかってことじゃない。

 なんで、『あの人』と同じ顔なのかってことだよ」

 ふいに克己が口づけてきた。

 逃げる隙もなかった。

「その顔、苦手なんだよ。
 僕の前で、ちょろちょろしないで欲しいんだけど」

 そう言いながら、克己の手は未咲の両腕を強くつかんでいた。

「……克己さん、何者なんですか?」

「何者でもないよ」
と克己は笑う。

「本当は僕もあの会社に繋がりがあって、入社したってだけだよ」

 考えている間に、布団の上に引き倒される。

「教えてあげようか、未咲ちゃん。
 僕が君の姉さんと関係を持ったのは、調査するよう頼まれたからだけじゃないよ。

 君と同じ、その顔だったからだよ」

 真上に居る克己がそっと頬に触れてくる。

「……やめてください」

「ねえ、あの日記。
 まずい相手のことは書いてないってことは、書きまくってる夏目はまったく怪しくないってことだよね。

 ここにいても、あいつと結婚しても、意味はないってことだよ」

 僕と結婚してみる? と耳許に唇を近づけ、克己が囁く。

「ほんと、心にもないこと平気で言いますね。
 楽しく呑める相手だと思ってたのに。

 今、私の顔、嫌いだって言ったじゃないですか」

「嫌いなんて言った?
 苦手だって言ったんだよ。

 どうしても、その顔だと気になってしまうから」

「……『あの人』って誰ですか?」

 そう訊いてみたが、答えない。

「夏目を呼んじゃ駄目だよ。
 変に声出したら、……バラすよ」

 バラすって、やっぱり、専務のことだろうか。

 だが、夏目が姉の自殺と関係ないのなら、もうバラしても構わないような。

 智久との間に、克己が疑っているような怪しいことなんて、ひとつもない。

 ……いや、大体ない。

 いっそ、もう夏目さんに話してしまっても、と思ったとき、気づいた。

「えーと……

 克己さん、後ろ」
と克己の後ろを指差す。

 え? と克己が振り返る。

 障子に、昔話で出てきそうな影絵が映っていた。

 鬼婆が包丁を振り上げている。
 克己が固まった。

 ゆっくりと障子が開く。

 月明かりに輝く包丁を上に掲げ、夏目が立っていた。
 克己が悲鳴を上げる。

「お前っ。
 包丁はよせ、包丁はっ!」

「……気づいてたんじゃないんですか? 克己さん」

 幾ら足音を忍ばせても、古い床だとどうしても、音がもれる。

 克己が気づいていなかったとも思えないのだが。

「私をからかってたんでしょう?」

 いや、夏目さんをかな?
と思っていると、克己は、夏目から後退しながら言った。

「包丁までは……
 ちょっと想定外」

 夏目はすり足で部屋に入っていき、克己は、じりじりと後退していく。

 なんか武士に無礼討ちにされそうな異国の人みたいだな。

「お茶でも淹れようかな」

 未咲は殺されそうな克己を置いて、部屋を出た。



しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました

蓮恭
恋愛
 恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。  そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。  しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎  杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?   【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】

社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"

桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

冷徹社長は幼馴染の私にだけ甘い

森本イチカ
恋愛
妹じゃなくて、女として見て欲しい。 14歳年下の凛子は幼馴染の優にずっと片想いしていた。 やっと社会人になり、社長である優と少しでも近づけたと思っていた矢先、優がお見合いをしている事を知る凛子。 女としてみて欲しくて迫るが拒まれてーー ★短編ですが長編に変更可能です。

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

【完結】好きって言ってないのに、なぜか学園中にバレてる件。

東野あさひ
恋愛
「好きって言ってないのに、なんでバレてるんだよ!?」 ──平凡な男子高校生・真嶋蒼汰の一言から、すべての誤解が始まった。 購買で「好きなパンは?」と聞かれ、「好きです!」と答えただけ。 それなのにStarChat(学園SNS)では“告白事件”として炎上、 いつの間にか“七瀬ひよりと両想い”扱いに!? 否定しても、弁解しても、誤解はどんどん拡散。 気づけば――“誤解”が、少しずつ“恋”に変わっていく。 ツンデレ男子×天然ヒロインが織りなす、SNS時代の爆笑すれ違いラブコメ! 最後は笑って、ちょっと泣ける。 #誤解が本当の恋になる瞬間、あなたもきっとトレンド入り。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

処理中です...