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第三章 禁断のプロポーズ
遠くなったり、近くなったり
しおりを挟むガラスの向こうで、桜が未咲を叱っている。
しゃんとしなさい、とか言ってるのだろうかな、と思いながら智久が眺めていると、佐々木が笑った。
「なんだ?」
と言うと、
「いや、本当に志貴島を可愛がってらっしゃるんだな、と思って」
と言う。
「可愛がるというか。
なにか、一度関わると、最後まで面倒見てやらなきゃいけない気分にさせられるんだ」
子どもの頃、塾帰りに拾った犬みたいに。
そういえば、あの日も雨だったな、と思い出す。
雨の中、目をうるうるとさせて、行き場をなくしたような顔をしている生き物を見ると、反射的に声をかけてしまうのかもしれない。
困った習性だ、と自分で思う。
「専務、実は、志貴島をお好きとか言うことはないですか?」
珍しく面白がっているかのように、佐々木が訊いてくる。
社内ではクソ真面目で通っている佐々木だが、家庭内では意外に弾けたお父さんで。
小学生の娘に、お父さん、ウザイ、と言われていると聞いたことがあるが。
「ないな。
……は、もうこりごりだからな」
と小声でもらすと、佐々木は、は? という顔をした。
「本当に、面倒見なきゃいけない気になってるだけだ。
見ろ、あの平山まで、あいつの面倒を見ている」
ずっと孤高の美女といった雰囲気だった桜が、未咲の前では形無しだ。
まるで幼稚園の先生のようになっている。
親しみやすくなっていい、と男性社員たちは騒いでいるようだが。
「平山も夏目も、俺と同じような気分なんじゃないか?」
と言いながら、それ以上の話を打ち切るように、未咲が持ってきた書類に視線を落とすと、
「そうですかね~?」
と少し意地悪っぽく笑う。
顔を上げ、睨んでやったが、佐々木は平然として、
「では、先程の続きを。
どうぞ、書類に目を通しながら、お聞きください」
とスケジュールの続きを読み上げ始めた。
「ほら、チョコ、こぼしてるわよ」
と桜に指摘され、未咲は白く味気ないテーブルの上に落ちたチョコの塊をつまんで、口に入れようかどうしようか、迷っていた。
「……やめなさい、汚いから」
と見透かしたように桜に言われる。
結構大きな塊だったのに、もったいないな、と思いながら、それを桜がくれたティッシュに包んだ。
食堂の隅で、桜が買ってくれた自販機のアイスを食べていた。
食堂のおばちゃんたちが、忙しげに下ごしらえをしている音になんだか落ち着く。
「桜さん、ほんとに、いらないんですか?」
未咲は、チョコ入りのアイスもなかを割ろうとするが、頬杖をついた桜は溜息をつき、
「いらない」
と言う。
「どうしたんですか。
元気ないですね」
桜は頬杖をついたまま、せわしなく立ち働くおばちゃんたちを見ながら、
「頼むぞって言われちゃった」
と呟く。
「は?」
「専務に頼むぞって言われちゃった。
仕事以外で」
「よかったですね」
智久が頼むとか言ったら、大抵ロクなことではないのだが、と思っていたが。
自分に見えている彼と、桜に見えている彼は違う。
アイスも食べられないくらい、幸せで胸いっぱいなのかな、と思ったが、桜の表情は明るくなかった。
「どうかしたんですか?」
「いや……あんたのお陰で、専務と近くなった気もするし。
遠くなった気もするのよ」
近くなったはわかる気がするが、遠くなったってなんだろうな、と思い、
「なんでですか?」
と問うと、
「さあ、なんででしょう?」
といきなり、鼻をつままれる。
「いてて……」
手を離した桜は、
「今まで見られなかった専務の一面が見られて、嬉しいような、寂しいような」
と言い出した。
「ははあ。
桜さんが恋い焦がれるような立派な相手じゃないと気づいたんですね」
「莫迦ね。
あんた、立派な相手を好きになる?
尊敬はしても、恋になるかはわかんないでしょ。
どっちかって言うと、普段はしっかりした人の、ちょっと駄目なところを見たら、気になるみたいな」
「桜さん、危険ですよ」
有能な美女ほど、駄目男を好きになるパターンですか、と思った。
まあ、智久は駄目男ではないが。
ただ、言動に優しさがないだけだ。
「あんたが弱ってる男が好きなのと同じよ」
「夏目さんは別に弱ってませんでしたけどね。
でも、確かに、時折、抜けてるところもあって。
風呂の栓をせずに水を貯めようとしてみたり。
そういうところは可愛いかな、と思いますね」
「あんたそれ、結婚前は可愛いと思ってても、結婚後は、この莫迦亭主がっ、とか罵るパターンよ」
「桜さんてば、結婚したこともないのに、耳年増ですね~」
「結婚退職した先輩たちが、来てはそんな話してくのよ。
それで、あーあ、また会社で働きたいとか言うの。
あんなに結婚してやめたがってたのに。
だから、私は結婚してもやめないわ。
やめろと言われないように、頑張るの」
「桜さんなら、大丈夫ですよ。
第二のエースですから」
「その、第二のが取れるといいんだけどね」
と眉をひそめる。
顔だけのおまけの秘書、というのが嫌なだけではなく、あそこに居ると、誰かの愛人かと疑われるのが嫌なのだろうと思った。
まあ、智久の愛人になら、喜んでなるのかもしれないが。
いや、智久なら、独身だから、愛人じゃないか。
「私のことも問題なんですが。
私、専務のことも心配なんですよ。
誰かいい奥さん居ないですかね?
いや、桜さんでもいいんですけど。
桜さんがちょっと可哀想っていうか」
でもまあ、考えてみれば、私を二千万で買ったときには、智久には、ここまでの展開が既に見えていたのだろう。
会長と母に似た私の顔を見たときに。
そういう人だから。
「だったら、闇雲に女子高生買ったりしないから、まあ、いいですかね」
と真剣に呟くと、桜に、
「あんた、なに言ってんの」
と呆れられた。
「あ、サボりだ」
と言う声がして振り向くと、食堂入り口に、外から帰ってきたのか、鞄を手にした克己が立っていた。
「アイスちょうだい」
とやってくる。
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