禁断のプロポーズ

菱沼あゆ

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第三章 禁断のプロポーズ

パトカーが止まっていますっ

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 いろいろ想いを巡らせすぎて疲れ、とぼとぼと夏目の家に帰った未咲は、えっ、と思った。

 家の前にパトカーが止まっていたからだ。

 近所の人たちも集まっている。

「なにかあったんですか?」

 顔見知りのおばさんに訊くと、
「ああ、未咲ちゃん、何処行ってたのっ。
 泥棒よ、泥棒」
と慌てたように言う。

「泥棒?」

 なんでまた、こんな特に金もなさそうな普通の民家に。

 近くに孔雀も居るような豪邸があるのに。

 鍵もかけてなさそうだからだろうかな、と思った。

「夏目さんは?」

「夏目ちゃんは大丈夫」

 子供の頃のまま、おばちゃんたちは、大きくなっても、彼を夏目ちゃんと呼んでいる。

「ほら、今、そこでお巡りさんとお話ししてるじゃないの」

 なるほど、野次馬の向こう、玄関先で話している夏目の姿が見えた。

 とりあえず、ほっとする。

「この子、だあれ?」
と近くに居た知らないおばさんが、いつものおばちゃんたちに未咲のことを訊いていた。

「やだ。
 夏目ちゃんの奥さんじゃない」

「夏目ちゃん、いつ、結婚したの?」

「式はこれからするのよねー」
とおばちゃんがこちらを向いて言ってくる。

 いつだったか、庭に水を撒いているときに挨拶されて、仕事の行き帰りにも普通に挨拶していたら、いつの間にか、籍だけ入っているが、まだ、式をしていない夫婦だと思われたようだった。

「あらー、私も式に出たいわー。
 最近、結婚式行ってなくってねえ」

「あんた、なに言ってんの。
 でもさあ、未咲ちゃん、ここから着替えて、お披露目して出てよ」

「昔は、みんな、そうだったわよねー」
とおばさんたちの話は脱線していく。

 いや、泥棒はどうした、と思ったのだが、まあ、警察と夏目に訊く方が早いだろう、と思い、
「じゃあ、近くで式をするようになりましたら、ぜひ」
と言って頭を下げ、玄関へと向かう。

 近くで式を、か。

 堂々と挙げられるような状況になるのなら、何処でもいいんだけど、と思いながら。

「夏目さんっ」
と呼びかけると、警察官と話していた夏目が振り返った。

「こちらの方が、一緒にお住まいになられている方ですか?」

 警官は、すでに家族構成を聞いていたらしく、そう問うてくる。

 だが、まだ警察も到着して、そう経ってはいない感じだった。

「はい」

「同居人ということでしたが。
 さっき、近所の方が、此処には奥さんもお住まいだと言ってらっしゃったんですけど」

「……籍も、式もまだですが、妻です」

 夏目は少し迷ってから、そう紹介してくれる。

 振り返った夏目に、なにを照れてるんだ、という目で見られたが。

 嬉しかったのだ。

 話の上だけでも、妻になれたことと。

 夏目がそう言ってくれたことが。

 しかし、へらへらしてばかりもいられない。

「一体、なにがあったんですか?」
と問うと、

「お前が智久のところに行ってくるというから」
と言う。

 やましいことなどないという証明に、智久に話を聞きに行くとことを彼にも伝えてあった。

「残って、仕事を片付けてたんだ。

 ……一人で家にいても、落ち着かないからな」

 よく送り出してくれたな、とは思う。

 姉とのことを問い詰めに行ったのに。

 智久が逆上して、なにかしてくるような男ではないと知っているからだろう。

 意外と智久を信用しているのか。

 まあ、智久が言うように、夏目が犯人で、智久が犯人でないことを彼が知っているから、という想定も出来るが。

「さっき帰ってきたら、こんな感じだった」
と夏目は廊下を見ながら溜息をつく。

「なにか取られたんですか?」

「現金が少し。
 それより、家の中が荒らされてる。

 お前の荷物も」

「……わざわざ荒らしていったんですか。
 腕の立つ泥棒だったら、気づかれないように取っていくって言いますけどね」

「腕の悪い泥棒だったんじゃないですか?」
と警官が口を挟んでくる。

「それか、ご主人が急に帰って来られたので、慌てて出て行ったとか」

 そうかもしれないな、と思いながらも、ちょっと冷静には考えられなかった。

 ご主人か。

 いい響きだ、と場違いにも感動していたからだ。

「智久はなんて言ってた?」

 余程、気になったのか、夏目がちらとこちらを見て、小声で訊いてくる。

「貴方が犯人だそうですよ」

 聞こえたらしい、
 え? なんの?
という顔を警官がしていた。

 だから、
「宴会で酔ってくると、ドロ警始めるんですよ、この人たち」
と言うと、

「あ、うちの田舎では、警ドロって言うんですよ。
 でも、酔ってやると、足がもつれませんかねー」
とどうでもいいことで、首を捻っていた。

 いや、酔った大人が、鬼ごっこしないと思うのだが。

 心臓に来て、本気のデスゲームになってしまいそうだから。

 しかし、うまく誤魔化されてくれたようだった。

 警官が到着した刑事に呼ばれて、門の方へ行ったので、夏目に智久から聞いた話をすると、彼は、入り口で話している刑事たちを見ながら呟いた。

「智久の推理は当たってる気がするな」

「え?」

「イヤリングと日記のことだよ。
 意図的に置いたり、書かれたりしたものだってことだ。

 智久が言うように、俺が犯人だから、というのが理由じゃないと思うが」

「……ですよね」

 一緒に暮らしてわかった夏目の性格等から考えるに、彼が犯人ということはないだろうと思ってはいたのだが。

 智久と話していると、違うとわかっていても、その術中にはまってしまいそうになる。

 智久自身にそう言うと、

「お前でも、そんなこともあるのか。
 なんか弱ってるのか?」
と笑っていたが。

 完全に私をストレス解消のオモチャかなにかだと思ってるからな、あの人。

 ということは、今、ああいう行動に出てくるということは、なにかストレスがあるのだろうかな、と思ったとき、

「見せてみろ」
と夏目が言った。

「え?
 なにをですか?」

「もう一度、あの日記見せてみろ」

「持ってません」

「日記、持ってったんじゃないのか」

「いえ、あれは私のです」
と言うと、

「……お前、日記なんか書くのか」
と智久と同じことを言う。

 いやだなあ、やっぱり、この二人、結構似ている、と思った。

「待て。
 お前の荷物も一応、確かめるように言われて、確かめたんだが。

 なにがなくなってるのか、具体的にはわからなかったが。

 少なくとも、日記はなかったぞ」

「えっ?」

 慌てて、家に入ろうとしたが、鑑識の人に止められる。

「うわっ。
 ちょっと待ってくださいっ。

 まだ終わっていないので」

「あのっ、自分の鞄の中から大事なものがなくなってるかもしれなくて」
と言うと、わかりました、と取って来ます、と言われる。

 しばらくしてやってきたボストンバッグの中に、入れていたはずの姉の日記はなかった。

「ご旅行にでも行かれるところだったんですか?」
と持ってきた鑑識の男に言われ、は? と思ったが、此処に住んでいる妻のはずなのに、荷物をバッグに詰めているからだろう。

「あ、はい」
と仕方なく答えると、

「家を空けられるのなら、気をつけてくださいね」
と言われる。

 鑑識の男は室内を振り返りながら、
「まあ、続けて二度は入らないと思いますが。

 どうも家探ししてる途中で、出て行ったみたいなんですよね。

 このボストンバッグのあった部屋を探している途中で、ご主人が帰って来られたのかも。

 鉢合わせしなくてよかったですよ。

 空き巣といえども、逃げられないと思ったら、なにするかわかりませんからね」
と言っていた。


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