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祈り
吉原が開く合図
しおりを挟む渉がメガネと家に帰ると、曽祖母のカメが来ていた。
「カメばあちゃん、来てたの」
とおとぎと縁側のある和室にいるカメに話しかける。
今日は家にいたらしい穂乃果が、
「おとぎちゃんと話が合うかと思って連れてきちゃった」
と言って笑う。
「……さすがに江戸生まれじゃないだろうよ」
と渉は言ったが、カメは大正琴を弾き、おとぎは三味線を弾いて楽しそうだった。
夕暮れどきの風の吹く中。
三味線を弾くおとぎの姿は粋な感じがした。
急いで菜々子の家に行かないといけないのに、メガネとふたり、つい、聴き入ってしまう。
しっとりとしたその音色のせいか。
美しい花魁になったおとぎが三味線を弾いているまぼろしが見えた。
その姿は、綺麗だが、どこか悲しい。
「上手いな」
と言うと、
「ずっと清搔の練習などしていたからな」
と言う。
「清搔?」
「夜、見世が開くときに開始の合図として、鈴の音と同時に流す音楽だ。
芸者か振袖新造が弾くと決まっておる。
各見世によって弾き方がちがうんだが、うちのは、こうじゃ」
なんというか、狂いがないだけでなく、情感に訴える弾き方だ。
これがこの見世の弾き方なのかもしれないが、おとぎがすごいのは、素人の自分にもなんとなくわかった。
こいつはきっとすごい花魁になるだろう。
ならなくていいんだが……。
歴史に名を残すところを見たいような。
花魁になって欲しくはないような――。
「おい、菜々子が柳くれるってよ。
支度しろ。
服もくれたから」
と菜々子に渡された紙袋を差し出すと、
「至れり尽くせりだな」
とおとぎは弾くのをやめて笑った。
出かける前、渉はひとり、人気のない部屋にあるアップライトピアノの蓋を開け、ぽーん、と軽く音を出してみた。
廊下を通りかかった穂乃果が足を止め、ちょっと笑う。
「あんたはすぐやめちゃったわね」
従姉がピアノを買いかえたときに、父がもらってきたピアノ。
少し習ってやめてしまった。
「あんたって、なんでもそこそこできるけど、続かないのよね~」
器用貧乏だと人は言う。
なんでも続かないことを、なんでもすぐできるから、情熱が持てないのだと思っていた。
だけど、おとぎもなんでもすぐできるみたいだが、続いている。
それが仕事だからといえばそれまでだが。
ここまで熱心にやらない禿や新造もいるのだろうに――。
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